1972年22歳の時に横浜からロシア船に乗って英国に向かいました。
2日目の朝ハバロスクについてシベリア鉄道に乗り換えました。
驚いたのはソ連の土が赤かったことです。やはり共産圏の国の土は赤いと
妙に感心したのです。(笑い)
シベリア鉄道の中では車掌がとても親切でロシアンティーを頼んでも無いのに
何度もご馳走してくれたのです。しかしそれには裏があったのでした。
車掌は私の履いているジーパンとセイコウの時計を狙っていたのです。
たびたび部屋に来ては(部屋付きの座席)俺にプレゼントしてくれとせがむのでした。
流石に面倒になりロシアの交通局の女性に頼んで断りました。
その当時海外からの観光客には政府の交通局のスタッフが付き添う決まりでした。
外国の旅行者が怪しげな行動をしないかの見張り役なのです。
モスクワについてもレーニングラードについてもジーパンとセイコウの時計は、
注目の的でホテルを出るたびに若者たちに追いかけ回されました。
それを振り切りホテルに戻ろうとしたら、違う若者がホテルの中の売店でウォッカを
買ってきてくれとせがんできました。ホテルの免税店では安価なウォッカが手に入るからです。
共産主義の貧しさが気になったエピソードです。
レーニングラードからスエーデン経由でオランダに行き(列車移動)
そこから船でロンドンのハリウィッチという港町に到着したのでした。
その頃のスエーデンはフリーセックスの国、オランダはチューリップの国という
イメージでした。両国とも通り過ぎるだけですが、その都度出入国の手続きは
ありました。乗り換えの時間を利用して街にも出かけました。
そして最大の難所です。いよいよ英国の入国審査を受ける段階にきました。
審査官の前に立ちいくつか質問を受けたのですが「入国拒否」というスタンプが
押される寸前でした。このままユータウンして日本へ戻れと言っているのです。
冗談じゃ無いこちらは全財産を払い何日もかけてやって来たのに、何があっても
帰るわけにはいきません。
そこで万が一の時を想定して持ってきた尺八を吹いたのです。
「私は日本の古典楽器奏者で憧れの英国へ勉強しにきたのだ」と言ったら、
後ろに並んでいる人達が入れろ!入れろと声を上げてくれたのです。
そこで係官も仕方なく1ヶ月のビザを発行してくれました。
「備えあれば憂いなし」尺八に助けられたのです。
この後の珍道中も知りたいとこでしょうが、機会がある時にお話をしたいと思います。
たった1ヶ月のビザで英国に1年7ヶ月も滞在したのです。
勿論、不法滞在ではなく正式に学生ビザを取って滞在したのです。
楽しいことには時間を忘れます。でもそんな時はまたたくまに過ぎますね。
私の英国滞在も楽しくて仕方ありませんでした。
音楽づけの毎日で何を見ても何を聞いても心が震える感動がありました。
大変だったのは3か月ごとのビザの延長です。学生ビザだったので修学の成果と滞在の
ための銀行口座にいくら残っているかを毎回聞かれることでした。
アルバイト先の日本レストランの料理長が、私をとても気に入ってくれて、
英国で働く気があるのなら正式に就労ビザを取るよと言ってくれたのですが、
そうすると私の夢をここで諦めることになるので丁重に断りました。
たった1年7ヶ月の滞在でしたが帰国すると一瞬の出来事のように感じられました。
中国の諺に「壺中(こちゅう)」は悠久の時が流れる別天地で、
「日月長し」とは、時間の過ぎるのがゆっくりだという意味ですが、
ここでは時間的制約や束縛がないことと捉えます。
つまり、時間を超越した安らぎの世界のたとえです。
これは次のような話に由来します。後漢の時代、汝南(じょなん=河南省)の
費長房(ひちょうぼう)という役人が、市中で薬を売る一人の老人に身を変えた
仙人にいざなわれて壺の中に入りました。
すると、そこには別天地が広がっており、立派な宮殿の中で美味しいお酒やごちそうの
歓待を受けます。やがて費長房はそこで仙道の修行を授けられることになり、
十日ほど経ったと思い現実世界に帰ってみるとなんと十数年も経っていたというのです。
(『後漢書』方術・費長房伝)。
この話は「浦島太郎」の原典です。
狭いお茶室の中の清らかで静かな時間や、小さな草庵に隠棲する道人の束縛のない
悠々自適の境地とみることもできますが、心が静まっていれば、どこにいても同じ。
一瞬の中に、永遠の心の安らぎを見出しましょう。
出典:『虚堂録』巻八
寿崇節の上堂。至人化を垂れて、形儀有ることを示す。満月の奇姿を開き、
山天の瑞相を蘊(つ)む。会すや。主丈を卓して、ただ池上の蟠桃の熟するを
知って、覚えず、壺中日月の長きことを。
人生は一つの物語では無く幾つもの物語が集まってできているのです。
我を忘れるぐらいの一瞬の出来事に時間を失うこともあります。
何かに気を取られて壺中に迷い込むこともあるかも知れませんね。
その時にはその環境を存分に楽しむことが重要だと思います。
但し、過ぎ去った数年の歳月は世の中の大きな変化にきっと驚くと思います。
11月 10th,2023
恩学 |
壺中日月長 はコメントを受け付けていません
一流の音楽プロデューサーを目指して人の3倍は働いた。
土日も無くスタジオや宣伝活動に時間を費やした。
家庭を顧みず付き合いと称して飲み会やゴルフに誘われるままについて行った。
海外へも録音や撮影で頻繁に出かけた。そして30代後半に身体を壊した。
同時期にCBSSONYのワールド・コンベンションでマイアミへ招待された。
仕事が出来る人間に見られたいために、時間もお金も家族も犠牲にしてきた。
気が付いたら独りよがりの孤独との戦いばかりしていた気がする。
「徳」とはかけ離れた人生を送っていた気がする。
「徳不孤 必有隣」(論語)
徳は孤ならず 必ず隣有り
本当に徳のある人は孤立したり、孤独であるということは無い。
純一高潔な人や謹厳実直な人はとかく近寄りがたく敬遠されがちなこともあるが、
しかし、如何に峻厳、高潔で近寄りがたいと言っても真に徳さえあれば、必ず人は
理解し、その徳をしたい教えを請う道人や支持するよき隣人たちが集まって来る
ものである。
承福寺の開山と仰ぐ「月庵宗光禅師」は峰翁祖一禅師のもとで出家し、
厳しい鉗鎚を受けて印可(悟りの境地が認められること)が許されて、
さらに大虫宗岑禅師の下でさらに悟境を磨き、宗岑和尚の法を継がれた。
その後、行脚して悟境を磨き、但馬(兵庫県北部)の幽深静寂な黒川の里に
小さな草庵を結んで枯淡の生活を送っていました。
しかし、いくばくも無くその道香は自ずから発揮され、宗光禅師の下に雲水
(修行者)たちが集まり、民衆はあい寄って伽藍を造営しまもなく黒川の山中は
禅の一大道場となったと言います。それは今もある雲頂山・大明寺である。
その後、師の峰翁禅師は博多・崇福寺に入寺され、宗光禅師は師の峰翁禅師を
崇福寺に訪ねられたとき、承福寺の創開に当たり、禅師の徳風の大いなるを仰ぐ
懇請によって承福寺に入寺開堂説法されて承福寺の開山(初祖)となられたのである。
時の朝廷は開山様の徳を讃えて「正続大祖禅師」の贈名を賜わっている。
人はおうおうにして、自ら学び得たことや、技量が世間に省みられず、
認められないことは耐え難いことである。
ところが、それまで己の主義主張や心操を曲げて、世間に妥協し世間に迎合して
しまいがちになることも少なくない。
しかし、意志堅固に道を求め続け、学において究め続けていれば、
身に光は備わりおのずから理解者は現れ、支持する人も出てくるものなのだ。
「陰徳陽報」ということばがあるが、目立当が目立つまいが、人の嫌がる
ことや、避けて終いがちなことでも、喜んでさせていただく下座行、陰徳の行を
修めることによって自ずから身に光は備わり、徳は高まり、人々は慕い集ってきて
孤にしてはおかないものであ
「陰徳」あれば必ず「陽報」ありとは、人知れずよい行いをする者には、必ずよい報いが
あるということ。
「陰徳」とは、陰で得を積むこと。「陽報」は、はっきりと現れるよい報いのこと。
『淮南子・人間訓』に「陰徳有る者は、必ず陽報有り。陰行有る者は、必ず昭名有り
(人知れず徳を積む者には必ず誰の目にも明らかなよい報いがあり、
隠れて善行をしている者には必ずはっきりとした名誉があるものだ)」とある。
アメリカ合衆国の建国の父
ベンジャミン・フランクリンは13の「徳」全てを習慣として身に付けようと
自分に課しました。アメリカ合衆国の政治家、外交官、思想家、著述家、発明家、物理学者、
気象学者。印刷業で成功を収めた後、政界に進出。アメリカの独立に多大な貢献をした。
1.節制(temperance)
頭や体が鈍くなるほど食べないこと。はめをはずすほどお酒を飲まないこと。
2.沈黙(silence)
他人あるいは自分に利益にならないことは話さないこと。よけいな無駄話はしないこと。
3.規律(order)
自分の持ち物はすべて置き場所を決めておく。仕事はそれぞれ時間を決めて行うこと。
4.決断(resolution)
なすべきことはやろうと決心すること。決心したことは、必ずやり遂げること。
5.節約(frugality)
他人や自分に役立つことのみにお金を使うこと。すなわち、無駄遣いはしないこと。
6.勤勉(industry)
時間を無駄にしないこと。いつも有益なことに時間を使うこと。無益な行動をすべて
やめること。
7.誠実(sincerity)
騙して人に害を与えないこと。清く正しく思考すること。口にする言葉もまた同じ。
8.正義(justice)
不正なことを行い、あるいは、自分の義務であることをやらないで、他人に損害を
与えないこと。
9.中庸(moderation)
何事も極端でないこと。たとえ相手に不正を受け、激怒するに値すると思っても
我慢したほうがよいときは我慢すること。
10.清潔(cleanliness)
身体、衣服、住居を清潔にし不潔にしないこと。
11.冷静(tranquility)
つまらぬこと、ありがちな事故、避けられない事故などに心を取り乱さないこと。
12.純潔(chastity)
性の営みは、健康のためか、子供をつくるためのみにすること。性におぼれ、なまけ
ものになったり、自分や他人の平和な生活を乱したり、信用を失ったりしないこと。
13.謙譲(humility)
イエスとソクラテスを見習うこと。
東洋人と西洋人の違いは思考の深さに現れる。思考の深さとは多民族国家では法律や
ルールが無ければ秩序が乱れることである。ある程度の単一国家ではルールよりも
道徳や倫理の規範があれば秩序は保たれる。
それぞれが当たり前のことを行って、当たり前の結果を大切にしている。
量の多い少ない、成果の大きい小さい、を気にする民族と、それぞれの背丈に会った
行為があれば許せる民族の違いである。西洋人は目に見える徳を重んじるが、
東洋人は目に見えない徳を大切にする。
「分かっている」ということは言葉に出さなくても「理解している」ということである。
「徳ある人」に人々がつながる道は自然にできて来るのである。
「暗黙知」とは言葉で覚えるのではなく背中で学ぶことである。
11月 10th,2023
恩学 |
徳ある人 はコメントを受け付けていません
社会という囲いの中で正しい行いをした人が偉いのではなく、
社会という囲いを抜け出して正しい行いをした人が偉いのである。
「正直ものの頭(こうべ)に神宿る」は教育の中だけで通じるもので、
本当の正直ものが大成した話は聞いた事がない。
嘘つきは泥棒の始まりと言うけれど、
政治家も先生も親たちも嘘をつくから泥棒なのだ!
しかし嘘も方便という言葉で救われている。
明けない夜はないというが、
夜が長すぎると迷路の深みに飲み込まれてしまう。
我々は生きていく中で多くの言葉に惑わされる。
幼児期に教師から聞いた言葉、教科書に書かれた文字が頭に刷り込まれる。
常識の怖さは疑う事なくすべて信じてしまう事である。
目の前の出来事の真偽も調べずに疑いもなく信じてしまうのである。
戦争の報道もどちらかの国を正義として伝えたら片方の国は悪となるのです。
友人から紹介された人が善人だと言われれば疑うことなく付き合うのです。
母親が自転車に子供を乗せて交通事故に遭ったら全て車側が犯罪となるのです。
我々の脳は刷り込まれた常識の「善・悪」の判断で答えを決めてしまう。
たとえそこに真実が存在していなくてもそうだと断定しがちなのである。
禅語の「不思善・不思悪」とは善にも悪にも囚われないという意味です。
私たちは普段、好きと嫌い、利と害、優と劣、長と短など、
物事を2つに分けて考えています。これを分別心といいます。
一般的に「分別がある」というのは、善悪の判断や物事の道理が
わかるといった良い意味で使われる言葉ですが、
禅では「無分別」ということが言われます。
無分別智に到れば、分別己以前に、物を照らし分けて、ついに惑うことなしというのです。
分別というのは、惑いがあると書かれています。
逆に、無分別は、分別以前に物を照らし分けて惑いがないというのです。
物事を分けて考える時、その基準はいったい何でしょうか。
自分の経験や価値観、世間の常識、社会のルールなど様々な基準が
考えられますが、それらが不要だというわけではありません。
そういったものに執着しすぎると、迷いや悩み、苦しみを生じて
私たちに本来そなわっている純粋な心、仏さまの心を覆い隠してしまう
ということではないでしょうか。
臨済禅師は「随所(ずいしょ)に主となれば、立処(りっしょ)皆な真なり」と
言われました。これは、「いついかなる場所でも、何ものにもとらわれず、
常に主体性をもって行動すれば、真に生きがいのある人生を生きていける」
という意味です。「禅」とは、特別なものではなく、日常のあらゆる場面で
三昧(ざんまい)になりきることです。
三昧とは研究三昧、釣り三昧、味覚三昧など心を一つの対象に集中して
動揺しない状態を言います。
そのことが、真実の生きがいのある人生だと、臨済禅師は説かれるのです。
一般的に分別がある人とは善・悪が判断できる人です。
しかし西洋的な二項分立の考えは日本には合わないのです。
日本的な考えはそれぞれを組み合わせて中庸の価値観を大切にします。
AもあるがBもあるよね、だけどもCも間違いではないとする考えです。
「和をもって貴しと為す」聖徳太子が制定した十七条憲法の第一条に出てくる言葉です。
「何事をやるにも、みんなが仲良くやり、いさかいを起こさないのが良いということ」
という意味です。
我々世代はこの言葉が脳に刷り込まれているために「仲良く」が基本になっています。
日本人が国際会議においてもハッキリしないのは参加国に気を使いすぎて
「和」を大切にしすぎるからです。
総理大臣や各大臣は国としての意見と共に自分の意見もハッキリと述べるべきなのです。
古い常識で物事を判断するのはやめにしませんか!
世の中全体が大きく変わってしまっているのに、まだ教科書の言葉で縛られていませんか。
戦後アメリカに削除された「地理・歴史・修身」を取り戻しませんか。
日本という国の成り立ち、地理上の立ち位置、日本人としての善悪の判断を
教えることにより、「日本人の誇り」を取り戻しませんか?
我々の間違った自虐的歴史感は、GHQによって植え付けられたのはご存知の通り。
それはGHQのコントロール化にある日教組が教科書を作成したからです。
教科書には以下の様に書いてあります。
「私たちは、日本は世界征服の野望を抱き、アジア各国を侵略し、
そこでアジアの人たちを大量に虐殺した。
日本はこれを深く反省し、被害を与えた方々に謝罪と賠償をしなければならない」
果たしてこれは事実でしょうか?
真実は、日本が世界中の植民地を解放し、欧米諸国の世界奴隷化計画を
止めさせたのです。
タイは、昔から親日国家です。なぜなのだろう?と調べたらかつての
タイの首相が以下の様な発言をされていたのを読みました。
「日本のおかげで、アジアの諸国は独立できた。日本というお母さんは、
難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。
今日、東南アジア諸国民が、アメリカやイギリスと対等に話ができるのは、
一体誰のおかげであるのか。
それは日本というお母さんがいたからである。
12月8日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して
重大決意された日である。さらに8月15日は、われわれの大切なお母さんが、
病の床に伏した日である。
われわれはこの2つの日を決して忘れてはならない」
東京裁判でのパール判事の無罪判決もこの思想が根底にあるからです。
戦勝国が敗戦国を裁判することは国際法で禁止されているのです。
それほど世界は日本の強さの復活を恐れたのです。
迷路の先には明るい未来があります。
理想だけを描くのではなく、現実を話し合いながら、国作りをするのです。
それぞれの地域で、心ある人たちが立ち上がり、真剣に子供の未来を作りませんか?
これからの時代の主役は大人ではなく子供達なのです。
「老人と孫」の対話集会を各地で開き生の声で話し合いませんか。
強い日本を復活させていきましょう。
11月 2nd,2023
恩学 |
迷路の先に はコメントを受け付けていません
自分自身の興味のおもむくままに好きを好きとして追求していく。
高校生の時にビートルズよりもボブディランが好きでギターを習い始めた。
質流れの安いギターを購入して独学で耳からコピーをして歌い始めた。
首に取り付けたハーモニカーも自分の手作りで見た目を近づけた。
「ありのままに」自分を裏切らないように生きていく決心をした。
何があってもくよくよしないことである。
Don’t Think Twice It’s All Right
ボブディラン「くよくよするな」
旅をするのは君のせいさ
だけどくよくよするなよ、これでよかったのさ
小学生の時に両親が離婚してしばらくしてから父親の方へ引き取られた。
継母の家族にいじめにあったが子供の自分には抵抗が出来なかった。
18歳になれば独立できる年齢なので、それまで我慢をすればすむと思っていた。
両親や環境のせいにして悲しいとか、みじめだとか、辛いとかは、
敗北を認めることになるので思わないことにした。
「あるがままに」自分を裏切らないように行動することだと信じていた。
黄檗禅にこのようなことが書かれていました。
禅の修行を続けて行くと
タイトルにある「ありのまま・あるがまま」二つの言葉に出会うことが多い。
二つの言葉はとても近しいのだけれども
それぞれの言葉の意味を紐解いていくとその意味は微妙に、いや絶妙に違っています。
「ありのまま」といえばそう、アナ雪ですよね。
Let It Go〜ありのままで〜歌詞から一部抜粋してみます。
「とまどい 傷つき
誰にも打ち明けずに悩んでいた
それももうやめよう
ありのままの姿 見せるのよ
ありのままの自分になるの
だってもう自由よ なんでもできる
どこまでやれるか 自分を試したいの
そうよ変わるのよ わたし・・・」
そう、ありのままとは「自由」のこと。
自由というと勝手気ままとかわがままと捉えられることもあるけど
本当の自由とは
「自らに由(よ)る」
「自らを由(よ)し」とするってこと。
他人に頼らず、本当の自分の声に従って行動すること自分自身を頼って
生きることなんです。
他人の目を気にしたり、空気を読みすぎたりしないで自分らしく生きることなのです。
過去の自分をどんどん脱ぎ捨てて本当の自分に還っていく。
新たな自分に変化するのではなく本当の自分に気づき還っていくことなのです。
一方の「あるがまま〜Let It Be〜」
ビートルズのポールマッカトニーの代表曲です。
あるがままを あるがままに
全てを受け入れるのです
それは知恵のささやき
「あるがままを受け入れなさい」
世界中に住んでいる
心を痛めた人々が同意する時
こたえはそこにあるだろう
「あるがままを受け入れなさい」
こちらは自分らしく、というよりは自分の外側にある人間の作為のない
「自然」に身を委ねる自分を手放して、自然の流れに任せるって感じです。
自然とは本来「じねん」と読み「自ら然(しか)るに」
つまり自我(エゴ)や執着を捨てて自然に、自然体で生きることなのです。
ん?
自分らしく(ありのまま)と自分を捨てて(あるがまま)
って矛盾してない?って思いますよね。
そうです。
思い切り矛盾しています(笑)
でも、禅の世界ではこれは矛盾しないのです。
もう少し正確にいうと、禅の世界では
この相反したものを一体一如(いちにょ)で包摂するのです。
自分と自然(宇宙)は一体一如である。
これを「梵我一如(ぼんがいちにょ)」といいます。
本当の自分の声に従い「ありのままに」生きるという軸と
その自分を捨てて「あるがままに」生きるという二つの軸があり
この一見相反する生き方を包摂し
自らの意思で自在に使い分けて生きましょうっていうのが
禅的な生き方です。
ちなみに「自由」と「自然(じねん)」を
辞書で調べてみてください。
どちらも仏教語なんですよ。
「ありのまま」→「自由」
「あるがまま」→「自然」
そのどちらも仏教語?
ブッダの死期が近い時、弟子たちは言いました。
「ブッダ様、師匠がいなくなったら私たちはいったい
何を拠り所のにしたらいいのでしょうか?」
ブッダはいいました。
「自灯明(じとうみょう)」
「自らを灯明(あかり)とせよ、自らを拠り所とせよ」
「本当の自分の声に従いなさい」と。
ありのままに生きろってことです。
それでも人間ですからやっぱり迷いますよね。
そこでブッダはもう一つ、言葉を添えました。
「法灯明(ほうとうみょう)」
「法を灯明(あかり)とせよ、法を拠り所とせよ」と。
法とは真理のこと、真理とは原理原則。宇宙の法則、自然の法則です。
あるがままに生きろってことです。
ここまでいろんな方便を使って
「ありのまま」と「あるがまま」について説明してきましたが
最後にえいっとまとめてみましょう。
ありのままに、あるがままに生きるということは。
「自分らしく、自然体で生きる」
・・・ってことです(笑)
音楽プロデューサーに成れたのは「ありのまま」に自分の感性を信じて生きてきた
結果だと思います。英国より帰国してCBSSONYに電話をして採用されたのは
「あるがまま」の状況を受け入れてくれたからです。
無理して期待に応えるための人生だと最後まで納得いかない気持ちが残ると思います。
自分の可能性を閉じ込めて周りの言いなりになり過ごすと、
人間として「これで良かった」のかと後悔の念が残ります。
人生を考える時に若いから早いとか年を取ると遅いとかは関係ありません。
気づいた時から「新しい一歩が始まる」のです。
ありのままにあるがままに生きていきましょう。
11月 1st,2023
恩学 |
ありのままに/あるがままに はコメントを受け付けていません
足元を固める、足元を知る。
何のために「生きる」のですかと疑問を持つより、
何のために「生かされて」いるのですかと、考え方を変えることにより、
やらなければならないことが分かってくる。
人間は「生老病死」の運命を持って生まれてきます。
「生きる」とは「死ぬ」ことと理解すれば死は恐れるものではありません。
どんな苦労や悩みを抱えても「自死」を選択するのは、地獄へ落ちると
言われています。かっこよい「死に方」なんてないのです。
「小欲知足」という言葉があります。足りて知るという意味です。
貧しいから不幸か、お金があれば幸福か、人それぞれですが、
貧しさには限界があり、富めるのは限界がありません。
人それぞれが「分け合えば」戦いは起こりません。
奪い合うから戦争が起こるのです。
満足を追求すると飢餓地獄に陥り頂点で崩壊が起こります。
満足する手前で止めることが出来れば、その状態を維持することが
可能になります。しかし人間は常に「欲」との戦いの環境に置かれてしまいます。
日本人は「小欲知足」から「侘び寂び」の精神が生まれて、精神世界の第一等国になったのです。
谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」はまさしく日本の心の世界を描いた名著です。
これらのことを理解して「龍安寺の石庭」を眺めると不思議な体験が出来ます。
「龍安寺の石庭」
龍安寺の名は知らなくても、あの石庭の写真は、誰でも一度くらいは
見たことがあるでしょう。英国のエリザベス女王が絶賛したことから、
世界的に有名になり、いまでは多くの外国人が訪れる京都の代表的な
観光地になっています。
スティーブ・ジョブズも魅せられたという龍安寺の石庭とは、
いったいどんな庭なのでしょうか?
龍安寺の石庭は、三方を油土塀で囲まれた、幅25メートル、奥行き10メートルの
箱庭に、白砂を敷き詰め、大小15個の石を配しただけの枯山水の庭園です。
15個の石は一見無秩序に並べられているように見えますが、実際には緻密な
計算のもとに配置されており、庭のどの位置から眺めても、15個の石のうち、
必ず1個は他の石に隠れてしまって、見ることができないように設計されて
いるのです。
それは何故でしょう?
中国では、15という数は十五夜(満月)に結びつけられ、“完全”を意味すると
されています。しかし、この世には完全というものは存在せず、ものごとは
完成した時点から崩壊が始まるという思想のもと、この石庭の作者は15個の
石を置きながらも、完全とされる数に1つ足りない、14個の石しか
見えないように、あえて設計したのではないかと言われています。
また、世の中には完璧なものなどない、ということを表わしているとか、
人間は完璧ではないので全てを見ることはできない、見えない石は心眼で
見なさい、という意味が込められているとか言われています。
みなさんはどう思いますか?
庭の反対側に回ると、水戸光圀の寄進と伝えられている「吾唯知足」の
つくばい(手水鉢)を見ることができます。つくばいの水を溜めておく
中央の四角い穴を「口」の字に見立て、その四方に刻まれた「五」「隹」
「矢」「疋」とそれぞれあせると、「吾唯知足」の四文字になります。
「吾唯知足――われただ足ることを知る」と読みます。
「知足のものは貧しといえども富めり、不知足のものは富めりといえども貧し」という
禅の教えを図案化し、表現したものとされています。
その意味するところは、石庭の石が一度に全部見られなくても、
不満に思わず満足する心を持て、という戒めであると言われています。
人間は足りない部分ばかりを見て、悩みや不満を抱きがちですが、
満足する心を持って、素直に受け入れれば、誰でも幸せになれる、
ということでしょうか?
龍安寺の石庭には、人それぞれの見方、感じ方があり、それを自由に楽しめば
いいんです。ちなみに、実はこの石庭には15個すべてが見える場所があると
言われていて、最近はその場所を探す楽しみもあるようです。
しかし、私は「見えない石を心眼で見たい」と思います。
観光は慌てず騒がず見て回ることにポイントを置くのではなく、本来の観光は
光り輝く場所にゆっくりと滞在して景色と時と心の移り変わりを楽しむものです。
世界は混乱に満ちています。噂に右往左往するのではなく常に足元を見ながら
自分ならではの人生をお作りください。
そしてその都度、足元を固めて未来へと歩き続けるのです。
その為つねに「小欲知足」の精神で生きることを薦めます。
分け合えば平和に、奪い合えば争いが生まれるのです。
11月 1st,2023
恩学 |
吾唯知足(われただ足ることを知る) はコメントを受け付けていません
夜中にふと目が覚めた。
その時に何故か「隻手音声」という言葉が思い浮かんだ。
「恩学」は書こうとして題材(テーマ)を決める場合と、
ふと夜中の言葉から題材を決める場合の二通りである。
最近では後者の思いつきの言葉を採用することが多いように思う。
「恩学」を書き初めた頃は辞書や本などで文字を探すのと意味を理解するのに
手間暇かけていた。狭い書斎に本が山積みされているのが好きだった。
しかし最近では検索すると簡単に文字も意味も探し当てることが出来る。
そのためか記憶することが横着になり、いざ書こうとした時に漢字が
出てこないのには困ったものです。
何故この「隻手音声」を思い出したかというと禅の勉強を始めた時に、
禅問答の代表的質問の内の一つだったこと思い出したからです。
「片方の手からどんな音が聞こえるか答えてみよ」
面倒臭い質問だと思いつつ調べていくと、「己のことで一杯になった頭では
何一つ、見えも聞こえもするはずはなく、ただ我執を離れ、対象と一体になった時に
のみ、姿を現す不可思議な音と書かれていた。」
これじゃ益々分かりにくくなってしまう。
聞こうとしない者には何も聞こえず、見ようとしない者には何も見えない。
自分の頭の中の知識と経験でそのものが何かを判断しているだけなのです。
自分が見えなければそこには何も存在しなくて、自分が聞こえていなければそこに
音は無いことになる。
白隠禅師の没後、遠く250年が隔たった今も、相変わらず「隻手」は
音を発し続けています。「自分、自分」と己のことで一杯になった頭では
何ひとつ、見えも聞こえもするはずはなく、ただ我執を離れ、
対象と一体になった時にのみ、姿を現わす不可思議な音が。
玄侑宗久公式サイトより
臨済禅の道場に入門すると、まず老師から初関と言われる公案をいただく。初関とは
最初の関所。これにより、禅僧としての威儀や作法だけでなく、心の在り方も
習得させようというのだ。
私は「狗子仏性(くしぶっしょう)(趙州(じょうしゅう)無字)」という伝統的な公案を
授かった。ある僧が趙州和尚に「狗(いぬ)にも仏性はありますか」と問う。
すると趙州は「無」と答えるのだがその「無」とは何か……。
ほかに「父母未生(みしょう)以前の本来の面目」という公案も用いられるが、
要は有無や父母という二元に分かれる以前の命そのものを提示せよと迫るのである。
我々の脳は、二種類の違ったはたらき方をする。一つは二元論を駆使し、
あらゆるものを分析して精密に判断しようとする「分析知」。
これは成長と共にどんどん進化し、我々の日々の認識や分別を形成する。
ところが一方で、そうした認識や分別を「妄想」と言って切り捨て、
「仏に遠くなるぞ悲しき」と慨嘆する見方がある。
これがつまり「瞑想知」とも呼ぶべきもう一つの脳機能で、初関はそれを習得、
いや取り戻すための関所なのである。
臨済宗の公案体系を組み直した白隠禅師は、新たな初関として
「隻手音声(せきしゅおんじょう)」を創作した。両手を打てば音がする。
ならば片手ではどんな音がするか、聞いてこい、というのである。
実地に弟子たちで試し、禅師は「狗子仏性」よりも導きやすい、
肚(はら)に落ちやすいと自讃している。
私の師匠である平田精耕老師もよく用いたようだ。ある日の講席でこんなことを
仰った。「隻手の音と言われてワシの横っ面を殴ろうとする奴がおるが、
そんなんでは透らんからな」。導く側も大変である。
さて瞑想知について、少しく補説しておこう。はっきり申し上げれば禅は、
前頭前野での自己認知をはじめ、大脳皮質のはたらき全般をあまり信用していない。
外界の認識さえ自己というフィルターで歪めるし、それは世界と直に向き合うのを
妨げてさえいる。むしろ辺縁系や脳幹部などが管理する命そのものこそ大切で、
それを妨げる脳機能には時に休んでもらうほうが天真も養えるというものだ。
換言すれば坐禅とは、ああでもないこうでもないと常に過熱する「分別知」を鎮静化させ、
薄靄のなかに稲妻が走るように、直観がはたらきやすい状態になる稽古、
とも言えるだろう。
臨黄ネットより
高校生の時、アメリカの小説家サリンジャーの『九つの物語』という短編集を読み、
その扉にこんな文句がありました。「両手の鳴る音は知る。片手の鳴る音はいかに?」
―禅の公案より―
在家に生まれ、禅に親しむ機会もなかった当時の私は、この言葉が臨済宗中興の祖、
白隠慧鶴(はくいんえかく)禅師の創案による「隻手音声(せきしゅのおんじょう)」
の公案であることを知るよしもありませんでした。
それから数年のちの正月、近隣の町に住む叔母といとこ兄妹が、本家であるわが家へ
年始に訪れました。当時、いとこ達は兄の方が中学生、妹は小学校に上がったばかり
でした。
学生だった私はたまたま、例の「隻手」の公案を思い出し、二人にとんち問題の
つもりで質問しました。「両手をたたくと音が出るけど、片手で鳴る音はどんな音?」
兄妹はしばらくひそひそと相談していましたが、やがて答えが出たようでした。
二人して向き合うと、兄が右手の掌を上にして差し出しました。
すると、妹が得意満面といった表情で、自分の右手を勢いよく兄の手に打ちつけました。
「ペチャッ」という可愛い音がしました。私は彼らの機転に感心するばかりでした。
臨黄ネットより
禅の教えは意味が分かりにくいからと敬遠される人が多いと思います。
私も若い頃は御多分に洩れず一才この手の本を開くことはありませんでした。
でも予期せぬ最悪な状況を経験した時に多くのアドバイザーや危機を乗り越える本を
何冊も読んだのですが、どれもこれもしっくりするのはありませんでした。
哲学書や仏教書などは、多少はためになったのですが、これも完全納得というわけには
至りませんでした。
最終的には私の性格もあると思うのですが、「禅」が一番受け入れやすいことを
知りました。多くのことを語らずして本質を述べるには禅語が最適と思う次第です。
私の座右の書である「論語」から影響を受けているせいだと思います。
これから少しでも実例を挙げて分かりやすく解説を加えて、
「恩学」なりの禅の世界を紹介していこうと思います。
11月 1st,2023
恩学 |
隻手音声(せきしゅおんじょう) はコメントを受け付けていません
自分のことは好き嫌いで判断して他人のことは評価で判断する。
自分の好き嫌いも怪しいものでただの欲求の現れの場合が多い。
他人対しての評価は直接的な場合と間接的な場合が多い。
直接的とは印象から判断して間接的は経歴や評判から判断する。
世の中のことに関しても、高評価がついていれば手当たり次第に本を読み、
ネットでフォロワー数が多いと書かれているレストランで食事して、
テレビでここがトレンドスポットといえばその地へ出かけているだけです。
海外旅行も然り、トリップ・アドバイザーやスカイ・スキャナーから来る
お知らせメールを便利だからと言って目的地を選ぶだけで判断をしている。
そしてそれらに一体どれだけの価値と自分の意思が加わっているのだろうか?
私は昔から「ぶらり一人旅」が大好きであった。現地に飛んで、情報のない世界に
飛び込んで、好奇心全開で歩き回った。勿論、仕事で海外へ行った時もオフ日には
路地から路地の猫歩きで何かいいものは無いかと獲物を探し回った。
誰からの情報も無く自分の判断で歩く旅はリスクも多いがそれ以上に満足も多い。
ガイドブック片手に街を歩いている人を見るたびに、旅行代理店と客引きの嘘の言葉に
騙されないようにと願うばかりである。
プロデューサーの仕事柄、大勢の人に会う機会が多い。
特にオーディションの審査委員を頼まれ、若いアーティストやタレントに会う時、
机の上の資料には一切目を通さない。不要な情報が多くて惑わされないためである。
様々な経歴を自慢げに書いているアーティストは、何故オーディションに来たのか
疑問が残る。本来なら経験を活かして自力で信念を貫き通すべきである。
タレントに関しても見た目可愛くて歌も上手いが、バックには大手プロダクションが
付いていれば、私は即アウトです。でも私以外の審査員はお墨付きのタレントだと
喜ぶ人も多いのは確かである。
アメリカ屈指の美術批評家、ニューヨーク・タイムズ紙のジョン・キャナディ氏が
「絵には作品名がないほうがよい。作品名があると、見る側がそれに左右されてしまう。
自分の目で判断しているので、僕は展覧会へ行っても、作品名は見ない」もちろん、
ギャラリーからも作品の説明は一切受けない。作家本人にも会うことはしませんでした。
説明を受けたら自分の判断が鈍るかもしれない。それ以上に作家に会うと情が
移るかもしれない。自らを律した目で作品を見て、批評していました。
それだから、世界的な美術批評家として高い信頼を得ていたのでしょう。
パソコンや携帯電話を買う時に他人から説明を受けて購入すると、
何かトラブルがあるたびに他人のフォローを求めるようになる。
常に人任せの人生は楽しみを狭めてしまう。
便利だからといって安易にマニュアルを検索して分かったつもりでいるが、
本当は何もわからず操られているだけかも知れない。
好奇心はある意味で大変だから湧き起こる感情であって、安易に手に入るところには
好奇心も想像力も失われてしまうのである。
朝起きてコーヒーミルから淹れたコーヒーを飲み、窓の外の景色を眺める。
晴れた日に富士山が見えて、雨の日にはベランダの花が生き生きとして見える。
バートバカラックの音楽を流して根拠のない妄想を楽しむ。
今日は絶対何か良いことがある。
自分のために生きるとは判断に色を混ぜない方が良い。
日常生活の純粋な気持ちから生まれる感情これが正しい現実である。
個人とはその純粋性から生まれてくるものなので、
情報に色付けされた個人は「他人」であることを知るべきである。
あふれる情報から絶対に判断をしてはならない。それは資本家に
操られていることになるからです。もつと自由に生きていきましょう。
友達や同僚の話に合わせるだけの仲間付き合いはそろそろやめるべきです。
周りの大人に良い子の振りをする必要はありません。
あるがままの、そのままで、わがままな自分でいいのです。
しかし、世界の情勢や自分の人生を考えると、もっと真剣に生き方を考えなければ、
手遅れになります。もっと言いたいことを言って、もっとやりたいことをやって、
もっと人生を楽しまなければ悔いが残ります。
禅語にこのような言葉があります。
「直心」じきしん、是れ道場(維摩経)
「直心」という語には、真っすぐな心、素直な心、あるいは直接という意味で、
真実にぴったりと合った心など、いろんな意味が含まれています。
しかし、そういう「直心」を身につけることは、決して容易ではない。
直心を保つことは、自分を鍛える「道場」にほかならない。
何かにつけ素直になれず、すぐに「斜に搆える」人がいる。
そうかと思うと、たとえ自分にとって嫌だと思うようなことであっても、
他人の言うことに素直に耳を傾ける人もある。
やはり人間の生き方には個人差があって、必ずしも時代の趨勢に流されてしまう
人ばかりではない。敢然として自己を貫く人もあるのだ。
一般的に見れば現代という時代は、どう見ても決して良き時代ではない。
その中で生きようとすると、あまり素直過ぎては馬鹿を見ることが多いであろう。
だからみんなが保身的にそういう策略的な傾向に身を委ね、本来の美しい心、
素直な心、を捨ててしまうことになってしまう。
今日(こんにち)、多く見られるように、人を信じることができず、常にまわりを
気にして上目使いになり、ややもすると自分の殻の中に閉じ籠もってしまうのは、
互いに依存しなければ生きられない人間としては、決して健全なあり方ではあるまい。
われわれはもう一度、自己の殻を破って無我の心境を開き、周りの世界をその中に
包み込むような温かみのある人間関係と、自然に対しても近世以来の人間中心の
傲慢を捨てて、大自然に抱かれつつ生きるような、生き方を回復しなければならない。
そういうことは、しかし、近世以来人間の歩んで来た方向を逆転させることであり、
容易なことではない。しかし、それこそが現代人に課せられている「試練」なのである。
判断に色を混ぜないとはあなた自身の素直な気持ちに理由をつけないということです。
常に「温故知新」歴史の中から新しきことを学び実行へと移す。
過去から未来へ、あなたと同じ考えを持っている人たちは昔から大勢いたのです。
決してあなたは1人ではない。
素直なあなたの味方はいるのです。
11月 1st,2023
恩学 |
判断に色を混ぜない はコメントを受け付けていません
「恩学」原稿300編達成!
いつもその日思いついた言葉をメモ書きします。
それを少し寝かせてから文章にします。
文章にしてしばらく熟成させます。
何度も気に入らない部分を削ぎ落としてから掲載します。
読者の皆様、拙い文章ですが長い間、愛読していただき有難う御座います。
プロデューサーの独り言にお付き合いしていただき心より感謝いたします。
毎月、資料用としてジャンルを問わず沢山の本を購入してきました。
その中ですぐに読む本と寝かしてしまう本があります。
それは全て「時宜に適って」最適なタイミング(読みたくなったら)で読みます。
これは物についても同じです。欲しい物を購入しても、直ぐに使う分と
タイミングが来たら使う分と分けています。
人間関係も、今お付き合いしたい人と、長くお付き合いしたい人と、
しばらく様子を見てお付き合いする人に分けています。
こうすることによって互いに傷つけあうことを避けてきました。
全ての出会いに全力投球すると疲れてしまうし、何か問題が起きた時に
精神的にダメージを受けることもあります。
ストレス障害やうつ病の人は真面目な人が罹りやすいと言われています。
それは全てに全力投球をしてしまうからです。
自分の受け入れられる「器の大きさ」が分かれば区分けもできたと思います。
必要な時に必要な人とお付き合いする。
決して衝動的にお付き合いすることを避けていれば人間関係も上手くいきます。
今回300編にあたりこの言葉を選びました。
「時宜に適って」少しでも皆様のお役に立つことができれば嬉しいです。
この文章は熟成する前に掲載します。
たまにはボジョレヌーボーも良いかと思いました。
「時宜にかなって語られる言葉は銀細工に付けられた金のりんご」といいます。
それは、入念に作られた美しく高価な宝物です。口を開く時を知っていることは、
それを語る人にとっても、また、聞く人にとっても有益です。
それが愛や励ましの言葉であっても、叱責の言葉であってもです。
しかし黙っているのがふさわしい時と場所もあります。
人は様々な人に巡り合い、そして金の言葉に出会う。
人は救われたいと思った時に救われる言葉を求めます。
死ぬかもしれない病にかかった時に「大丈夫治りますよ」という
医者の言葉は、何事にも変え難い金の言葉です。
私も子供の時に母親と別れた時、大阪まで付き添ってくれた母親の姉から
「大丈夫すぐにお母さんと会えるから」の一言で元気に暮らしていくことが出来ました。
僅か6歳の時です。
私の座右の言葉です。「恩学」でも度々紹介しました。
「愛語よく廻天の力あり」
これは、禅宗の名僧といわれる道元禅師の言葉です。
直訳すると
「愛語には、天をも動かす力がある」となりますが
「思いやりのある真心の言葉には、
世界を変える力があり、人の運命を好転させる力がある」
と訳すこともできるでしょう。
人と話す時には、
常に思いやりのある言葉を心がける。
その愛のある言葉は、
相手を幸せにすると共に、自分をも幸せにしてくれる。
人から優しい言葉を掛けられると
、自然と喜びがあふれ心が楽しくなる。
また、第三者を通じて優しい言葉を掛けられたと知ると、
その言葉が心に刻まれ、より感動することもある。
こんな経験を皆さまも一度や二度は、
されたことがあるのではないでしょうか?
一方で心無い言葉、つまりは憎語ともいうべき言葉は、
人を不幸にしてしまう力がある、
といっても過言ではないでしょう。
それだけ言葉と言うのは、人に大きな影響を与えるのです。
ただし、その言葉を受け取る側の受け止め方、
力量によっても、その言葉の真実が変わってしまうこともあります。
言葉とは、言葉をかける側も受け取る側も、
人としての価値、人間性が問われるといえますね。
皆さんが言葉の持つ力その意味を、
今一度真剣に考えていただく機会になれば幸いです。
辛い時に救われる言葉・心が楽になる金言
【マザー・テレサ】
「神様は私たちに、成功してほしいなんて思っていません。ただ、挑戦することを
望んでいるだけよ。」
人は、何に挑戦しようとするとき、リスクを考えてためらってしまうことがあります。
この言葉は、成功するかしないかという結果よりも、まず挑戦することの大切さを
伝えています。
【ヘレン・ケラー】
「人生はどちらかです。勇気をもって挑むか、棒にふるか。」
彼女の言葉は、重い障害を乗り越えた上での言葉だけに、私たちの心を奮い立たせます。困難があっても、挑み、乗り越えることで道が開ける、
そのようなことを教えてくれる名言です。
【トーマス・エジソン】
「私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、上手くいかない方法を見つけただけだ。」
エジソンは、幼少期学校を退学になり、最初の発明が営業的に失敗するなど、
決して順風な人生ではありませんでした。しかし、どんなに失敗を重ねても
「上手くいかない方法を知っただけで、これは失敗ではない」というポジティブな
スタンスで努力を続けた結果、偉業を成し遂げています。
何かで躓いたときに後ろ向きな考えに陥ってしまった時に、ぜひ思い出してもらいたい
名言です。
禅語の世界では、
「梅花雪に和して香し」(ばいかゆきにわしてかんばし)
この禅語には、「一枝(いっし)」という語が付くことがあります。
繋げますと、『一枝の梅花雪に和して香し』となります。
一面の白雪の中に凛として咲く梅の花、互いに引き立てあい、
互いに和し(親しみ)、馥郁(ふくいく)たる香りを放つ梅花の風情を表した
語です。「馥郁(ふくいく)たる香り」とは、よい香りが漂っている様子や
匂い立つ繊細で美しい香りを意味した言葉です。
梅は、どの花よりも早く花を開き清香を放ちます。厳しい寒さに耐え、
雪や霜を被り、幾多の試練に耐えながら、そこに至ります。
その忍苦あってこその凛とした花の美しさと馥郁たる香りがあることを顕した
語です。
私たち人間にも当てはまることであります。
幾多の困難にも耐え忍び、自身の信念を貫き精進すれば、自ずとそれぞれの
花が開くのではないでしょうか。何か困難に直面した時、
この禅語をあなたの役に立ててください。
私の部屋には中国四川省の美術館で購入した「雪中梅」の水墨画の絵があります。
何度も裏切られ傷つけられたとしても、この絵を見るたびに勇気を頂きました。
厳しい雪の中で真っ赤な蕾をつけて咲く、香ある梅の花に「耐えてこそ人生」を
学びました。
これを眺めながら岐阜県白川町でいただいた高山煎茶を口に含むと、
身体中に至福の喜びが溢れます。これからもまだまだ「恩学」の原稿を書き続けます。
長い文章になりましたが最後までお読みいただきありがとうございました。
皆様との出会いも「時宜に適っている」と信じている次第です。
10月 27th,2023
恩学 |
時宜に適って はコメントを受け付けていません
フルトヴェングラーは「作品解釈について」という論文の中で、難解な表現ながら、
次のように説明していたのである。
<作曲家の状況を考えてみるならば、彼の出発点とは無であり、
いわば混沌(カオス)であり、彼の終点とは形成された作品である>
そして混沌の「形象化」は、
彼にとって即興音楽(インプロピゼイション)の行為のうちに実現する。
作品とは、いわば心的事象の似姿だといえよう。
<あらゆる偉大な芸術作品は、その性質の心技を問わず、
ある特定の表現意欲から作り出されている>
つまり音楽とは、「作曲家が、ある時点における心の状態を、“音”という素材を用いて
聞き手に伝えようとする“メッセージ”である」とフルトヴェングラーは言っているのである。
小澤征爾は坂本龍一との対談で、「音楽は瞬間の芸術」であるとも言っている。
今、出た音はすでに過去の音になっている。二度と来ない一期一会の世界だと言っている。
指揮者がおこした譜面を元に決められた旋律と音階とテンポを再現するので、
フルトヴェングラーがいうような即興音楽(インプロビゼーション)には決してならない。
しかし、指揮者は作曲家の意図するメッセージを自分なりに解釈をしてオーケストラに
再現させる。だからオーケストラの指揮をしていると毎回違うあらたな感動が起こり、
指揮者は音を操りながら作曲家の意図したメッセージを伝えているのである。
デューク・エリントンは世の中には「素敵な音楽」と「それほど素敵じゃない音楽」
という二種類の音楽しかないのであって、ジャズであろうがクラッシック音楽
であろうが、そこのところは原理的には全く同じことだ。「素敵な音楽」を聴くことによって与えられる純粋な喜びは、ジャンルを超えたところに存在していると言っている。
あらゆる表現者は「他人に理解してもらいたい」という気持ちを持っている。
自分という「人間の存在」を認めてほしい、私が必要だと他人に思われたい。
そしてその実現が“生き甲斐”というものなのだろう。これは音楽だけでの話ではない。
画家も、アスリートも、実業家も、政治家もみな同じ思いであろう。
「私は今までプロデューサーとして何かをしたのだろうか?」
多くのヒット曲やアーティストと巡り合い、いっとき世間が私に注目をしたのだが、
プロデューサーとして私は一体何をしたのだろうか?
プロデューサーの仕事は、才能は見つけるものでなく、才能を引き出すことである。
能力のあるアーティストの隠れた才能を引き出すことに意義がある。
私のようなハウスプロデューサーは、極端なことを言えば専門的な音楽分野の知識や
経験が無くても才能を見極める力があれば良いのである。
ようするに時代が求める音楽を作れるアーティストを見つければよいのである。
路上でもライブハウスでもネット上でも、ヒット件数や評判だけを見るのではなく、
直接本人にあってライブを見て才能を見つけ出さなくてはならない。
その時に、私が必ず彼らに問う言葉がある「好きな音楽・良い音楽・売れる音楽」
私とどの音楽をやりたいかである。そしてこの答えで今後の道筋が決まる。
音楽に関わった時から将来の方向が見えている人は、
技術以上にスターの座を獲得する確率が高い。
山の頂上が見えない登山家が登頂することは難しいように、
一流のプロが目指すのは準備段階でどの山に登るかかが分かっている人間である。
ゴールからスタートを計画すれば必ずゴールへたどり着くのである。
ヒット曲は偶然から生まれるものではなく、目指す山頂が見えているから、
必然的に生まれるのである。
ハウスプロデューサーは音楽家ではない。ヒットに導く水先案内人である。
時代を読み取る力と協力者を募る才に長けていなければならない。
そして多方面の人付き合いに慣れている人が適任である。
作詞家・作曲家との付き合いから始まり、放送局や雑誌社へ有線放送から代理店へも
その上、各地のレコード店もヒットするまで通い続けなければならない。
プロデューサーは24時間365日働ける人が適任者である。
(ハウスプロデューサーとはレコード会社所属のプロデューサーです)
プロデューサーに必要な能力と言えば耳が良い方が成功する可能性があると思っている。
明確な音の聞き分けが出来る能力がなければプロデューサーには向いていない。
最終作業のトラックダウンで、楽器の配置、ボーカルのポジション、左右のバランスを
作り上げる能力である。聞き手の興奮度に合わせて微妙に変えていくのである。
これらの作業をスタジオのエンジニアに任せる人が多いのだが、
私はその作業を自分でやることによってヒットエネルギーを注ぐのである。
しかし今の時代はデジタル社会である。コンピューターで音楽を作る時代である。
誰が制作してもほぼ同じレベルまで持っていくことが可能になった。
その為に音楽&音質に個性が無くなってカラオケの音源レベルである。
このような時代に私のような音の職人は不要になったのが現実です。
アマチュアが自宅で作った音源をYou tubeで流して世界デビューも果たせる時代である。
「音楽とは何か、作曲家の仕事とは」を話し合う必要も無くなって来ている。
プロのアーティストの売り込みもメディアよりもインフルエンサーと繋がれば
ヒットを出せる可能性はある。話題性先行で実力が後に来る。
更に英語が使えればYou tubeを使い海外でもデビューできるチャンスは広がる。
K-POPのグループが海外で活躍できるのはこのシステムを上手に利用しているのである。
しかし、やはりその前に売れる楽曲を作るのはマーケティングに長けたプロデューサーと
手を組まなければならない。時代を呼び寄せる技術はアーティストには分からない。
というよりはアーティストには必要のない部分である。
最後のヒット「女子十二楽坊」から約20年が経った。
そろそろ最年長プロデューサーとしてギネスに挑戦でもしてみるか?笑い
10月 26th,2023
恩学 |
音楽とは何か、作曲家の仕事とは はコメントを受け付けていません
自由を求めるなら不自由を覚悟しなさい。
成功を求めるなら破滅を覚悟しなさい。
幸福を求めるなら不幸を覚悟しなさい。
親切を求めるなら偽善を覚悟しなさい。
正義を求めるなら悪を覚悟しなさい。
何事にも原因と結果が伴います。
理想だけで世の中は成り立っていません。
努力しても叶わないこととは山ほどあります。
良いことをしているのだから協力が得られると思うと
協力が得られなかったら近隣や友人や家族を恨みますか?
そういうわけにはいかないのです。
あなたの理想で世の中は動いていません。
教師や指導者がいう正しい行いと結果は信じないでください。
経験のない人は教育から理想を描き過ぎています。
新しい船には新しい船乗りが必要なように、古い教育のままでは未来に向けて
出航が出来ません。
過去の教育に頼りすぎて「神風の吹く日本は負けない」という考え方が、
日本を敗戦に導いたのです。
あなたも過去の理念を信じすぎて子供たちに教えていませんか?
「正直者の頭(こうべ)に神宿る」悪い人たちに染まらず正直に育ってね。
悪い人とはどういう人で、どうゆう考えを持っていて、どうゆうことをする人ですか?
「善・悪」の成り立ちと構造を教えないで正直への道と歩ましていませんか?
それはまるでハーメルンの笛吹き男の後をついていく子供のようなものです。
村人(政府)の裏切りにより一番大切な子供達(国民)を奪われたのです。
原因は村人、結果は子供達。ここから学ぶことは、自分たちの都合で上手くいくと
思ったことが、相手にとって裏切り行為になったということです。
裏切り行為には必ず報復が待っているのです。
世の中の戦争の原因は、それぞれの都合が引き起こした結果なのです。
原因が民族的とも宗教的ともいわれているが、力による制圧は
負の連鎖を続けることになります。
アラブ中東の国に多いパターンです。
人道支援が正しい行為だと世界中から救援物資を集める。
国境の道路で足止めを余儀なくされる。
義援金も一部の官僚の懐を暖めていることは知っているのに、
慈善団体は目くじらを立てて寄付を募る。
ここにも大きな嘘が隠されている。
正しいとされるマニュアルを鵜呑みにする人は、将来AIに従うことになります。
「仏教の因果論=縁起説」
仏教以前からの善因楽果・悪因苦果の因果応報の
考え方に基づいている古代インド哲学の諸説に対して、
仏教では、直接因である因が内在するとするが、それが直接的に
果をもたらすのではなく、外在的間接因である縁と合わさること
(因縁和合)を条件としてはじめて、果が生じるとし、果がもたらされるのは
縁によることを強調する。
それ故、因縁説、縁起説とも呼ばれる。この事物・事象のあり方を説明する
縁起の思想は時代とともに発展し、十二因縁、頼耶(らや)縁起など種々の
縁起が説かれた。
また仏教では、あらゆるものごとが因・縁の和合によって生ずるとし、
ものごとに固定的な実体としての我が存在せず(無我)、実体は種々の
可能性に満ちた空であると説くので、仏教が説く因果は決定論ではない。
これは、自らの心身の行為(業)によって、自己の存在のあり方を主体的に
形成する可能性を示している。
業についての因果・縁起の思想は、今世における行いとその果報としての
苦楽にとどまらず、永遠の生命観に則って三世にわたって展開され、
輪廻とそれからの解脱に関する因果論となった。
はなはだ専門的になりすぎないように付け加えると、
全ての原因は個人から引きおこるものではなく、他人を介して起こるということです。
その他人も縁を通じて知り合うので結果は自分に返って来ます。
その上に悪縁は親子三世につながると言われ、両親が離婚すると子供達も離婚する
運命になると言われています。
両親が貧乏で借金を重ねると、結局、子供達にまで影響するのです。
現代科学でも解明できないのが「因果応報」の謎です。
「因果応報」は仏教用語で、善悪の因縁に応じて吉凶禍福の果報を受けること
という意味です。
あなたの努力が吉に変わらないのは、時節や状況を無視して思いをぶつけるだけだからです。
その為に凶運が身にまとわりつく負の連鎖に縛られるのです。
もっとおおらかに健康で暮らせることを感謝して、より謙虚に「利他」の心で他の人と
接触すれば福が舞い込んでくるのです。
「因果応報」は自分で始まり、自分で終わることを知りましょう。
10月 25th,2023
恩学 |
因果応報(原因と結果) はコメントを受け付けていません