アリが象をたおす

 

アリが森の中を旅している時、象にぱったり会いました。
アリは急いで穴の中に逃げ込みましたが、足を一本巣穴から伸ばしました。

それを見て不思議に思ったウサギが聞きました。
「アリさんいったい何をしているの?」アリはウサギに言いました。

「しっ、静かに。象の足をひっかけて転ばせようとしているのだから!」・・・・・」

この話を聞いて、バカバカしいと思うか、ほほえましいと思うか、無謀だと思うか、
狂っていると思うか、貴方はどう思いますか。

99%無理な戦いでも1%の望みに託して、行動を起こす事が大切だと思うのですがどうでしょうか。

勿論アリの足一本じゃ1%にも満たないと思うのですが、
諦める行為より、諦めない行為の方がずっと未来に繋がると思います。

例えば大手会社を相手に入札で競争した時、最初から諦めてしまうか、
違う方法で勝ち抜くことを考えるかが大事ではないでしょうか。

勿論、結果は予想通り大手会社が入札を取ったとしても、自分達の企画と提案はそこに残るのではないでしょうか。

その上に大きなものに挑戦した経験は、必ず次の入札の時に無駄にはならないと思います。
小企業が生き残る為に、一番無難な方法は、大きな仕事を狙うのではなく、
身の丈に会った小さな仕事を多くこなす方が良いという考えがあります。

しかし、その考えからでは、ソニーやトヨタやパナソニックは生れなかったと思います。

敗戦国の日本がアメリカの市場を目指して、アメリカに乗り込んだ時は、
正に巨大な象に立ち向かうアリのようなものだったと思われます。

自分より大きなものに立ち向かうのはとても勇気のいることです。

大国アメリカに戦いを挑んだ日本の企業の勝算は何処にあったかです。
力では敵うわけは無いのですから、頭を使うしかないのです。

なぜこの象はこんなに大きくなったのか。この象はこれから何処に向かうとするのか。
なぜこの象を皆が恐れるのかを考えるのです。

一つの例を取ると車が有ります。アメリカでは富の象徴として大きな車を好んで乗っていました。
当然経済効率等は考えていなかったのです。

それでも売れ続けたから世界一の車所有国になったのです。

しかしいつまでも好景気が続くわけがなかったのです。
国全体が不景気になり所有者は困り始めました。

燃費の悪い大きなアメリカ車を自由に乗り回すには、維持費が続かなくなって来たからです。

その時を狙って、コンパクトで経済効率の良い日本車が乗り込んで行ったのです。
最初の頃は、こんな猿が乗るような小さな車を、アメリカ人は絶対のらないと、馬鹿にしていたらしいです。

車の部品だけなら買ってやるとまで言われたそうです。

しかし日本車は、車自体の装備がしっかりしているのと、車を楽しむ為の備品が豊富にあったという事です。
それ以上に購買者にとっては価格が安い事が一番魅力だったと思います。

そして徐々に乗り心地の良さが評判になり、多くのアメリカ人が買い求めるようになったのです。

そして、その後にアメリカの大手自動車会社を廃業に追い込むまでになったのです。
まさにアリの足一本で象を倒した事になったのです。

現在、我々の前には未曾有の大不景気と云う大きな象が立ちはだかっています。

この象を倒さない限り安心して道を歩く事は出来ないのです。

前例の無い事ですから、あらゆる智慧を出し合わなければなりません。
大きさに怯えるのではなく、勝負に立ち向かう勇気が大切だと思います。

アリにだって勝機がある事を忘れないで下さい。

老醜のライオン

 

潅木の木陰で昔を思い出しながらサバンナを眺めているライオンがいる。

若い頃は誰よりも力が強く、サバンナの雄ライオンには一目置かれた伝説のライオンである。
立て髪を揺らしながらサバンナを歩く姿は、他を寄せ付けない威厳をそなえていた。

正にライオン中に尊敬される百獣の王ライオンだった。

それが今では年老いて、数多くいた家族とも離れ、一匹で暮らしている。

時折、目の前で若い雌ライオンの群れが狩りをしている。
年老いたライオンは狩りを眺めながら何も言わない。

若い雌ライオン達は、いつも木陰に居るライオンが、伝説の百獣の王ライオンだった事は知らない。

いつものように獲物を捕獲した後に「爺さんお前も食べろ」と、残り物を放り出されて馬鹿にされた。
少し前なら年老いた誇り高きライオンは、絶対におこぼれ等には口にしなかった。

しかし、近頃では猟も出来ずに腹をすかしているので、みじめな思いをしておこぼれにあずかった。

プライド(領域)にいる若い雄ライオンは、必ず年老いたライオンが獲物を食べ終わった後に説教をするのであった。
ライオンというのはと云う「ライオン論」から、雌を従わせ幼獣を育てる紀律から、
狩りと云うのはどの時間にどの場所にいて、獲物をどのように捉えるかを、長々と話すのであった。

それはその昔、百獣の王ライオンが作った王の教えばかりである。

年老いた百獣の王ライオンは、狩りが出来ないのである。
それは優秀な狩人である、雌ライオンを従わすことが出来なくなったからである。

それなのに、その若い雄ライオンは百獣の王ライオンに向かって、
お前はいつも大物ばかり狙っているけれど、それじゃ駄目なのだ。
小さな弱い動物ならすぐに捕まえられるのに何故それを獲らないのか。

生きる為には目の前の昆虫でも食べるべきだろう。

百獣の王ライオンにとっては、小さな動物や、弱い昆虫は、守るべき対象であって、食べる対象ではなかった。
いくらサバンナが、日照り続きで獲物が少なくなっても、それは王としての誇りがゆるされなかったのである。

潅木の木陰で休んでいる時に若い雄ライオンが来て、その場所を俺に譲れと噛みついてくる。

そして獲物をくわえている若い雌ライオンに、「少し譲ってくれ」と頼んだら、非常識なライオンだと笑われた。

百獣の王ライオンはその時初めて死を覚悟した。
誇りを失ってまでも生きている意味はない。

もう俺の時代は終わった。

老醜のライオンは群れを離れて、遠くのサバンナへ死に場所を探しに出かけたのである。

 

カタルシス

 

人間は大きな悲劇を見る事によって脳内に強く目覚める部分がある。

喜怒哀楽の哀楽の部分である。
悲劇を見る事により誰もが哀を感じて手を差し伸べようとする。

哀しい心は万人共通の一定した負の意識である。
その負の意識を共有する事によって、救済の連帯感が生まれてくる。

悲劇の中で泣く人も、叫ぶ人も、喚く人も大きな興奮から解放された時に、哀楽の楽に包まれる。

放心する事による魂の浄化が行われるからである。
普段の生活では身の周りの事柄に追われて、怠惰な一日の中で、鋭敏な感情は不要になってしまう。

喜怒哀楽の根本は、精神世界の中の喜びであり、怒りであり、哀しみであり、楽しみである。

それは人間としての感情構成の基本である。
動物には無い人間としての特権である。

しかし欲望のみで、喜んだり、怒ったり、悲しんだり、楽しんだりして過ごしていると、
他人に対する慈しみや憐みが薄れてしまい、情が感じられなくなってしまうのである。

その情のバロメーターが揺れ動く事も無く、止まったままの状態でいると、
本来の喜怒哀楽の機能が働かなくなってしまう。

何に対して感情を表現しているのが分からなくなる。
感情に敏感であれば心の奥底は見えるのだが、感情が鈍感になってしまうと、
目に見えるものだけが全てになってしまう。

母親が幼児の泣き声から喜怒哀楽を聞き分けられるのは、
敏感に反応するから聞き分けられるのであって、意識をしなければ同じ泣き声にしか聞こえないのである。

喜怒哀楽のデーター全てを曖昧にしてしまうと、意識は無機質な状態で脳内に刻まれるだけである。

しかし、そこに大きな天災や人災が起こり、もしくは戦争などが勃発すると、
使われていなかった感情にスイッチが入ることになる。

一瞬にして鋭敏な感情が覚醒されるのである。
五感が研ぎ澄まされる事にもなる。

その為に悲劇はマイナスの要素ばかりではなく、第三者が当事者の悲しみを共有する事によって、
第三者の抱えていた問題の解決にもなり、同時に鬱積していたストレスが発散するのである。

悲劇の当事者にとっても、過去を忘れて新たな未来を創り出すプラスの作用が働き始める。

この時点から感情の起伏に囚われずに強い意識を持った行動に転じて行く。
それを傍観している第三者にとっても、そこから生まれる連帯感や助け合いの行為が、
自分達にとっても大きな救いになる事は確かである。

「カタルシス」ギリシャ語で浄化の意。

古代ギリシャの哲学者アリストテレスが「詩学」の中で展開した説で、
悲劇を見る事によって日頃の鬱積を解放し、精神的な浄化を得ること定義した。

 

堕落論

 

終戦後、我々はあらゆる自由を許されたが、人はあらゆる自由を許されたとき、
自らの不可解な限定とその不自由さに気づくであろう。

人間は永遠に自由では有り得ない。
なぜなら人間は生きており、又死なねばならず、そして人間は考えるからだ。

人間は変わりはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。

人間は堕落する。義士も聖女も堕落するそれを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救う事は出来ない。
人間は生き、人間は落ちる。その事以外の中に人間を救う便利な近道はない。

戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。

人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。
なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。

人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなるものであるが、堕ち抜く為には弱すぎる。
人は正しく堕ちきる道を堕ちきることが必要なのだ。

そして人の如くに日本も亦堕ちることが必要であろう。
堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。坂口安吾の「堕落論」より

現状の日本を憂いている時に坂口安吾の「堕落論」を読み直した。

血気盛んな青春時代にこの本を理解する事は難しかった。
あの頃は純粋に憧れ、身代りに義を感じ、処女に純粋を求め、美しい物は美しいままで存在して欲しと願っていた。

永遠の正義という御旗に誓いを立てていたのである。

堕落して分かる真実なるものが、本当にあるのかが想像できなかった。
それは、街にみにくい堕落した男女が溢れていたからである。

その中に入り込むなど到底考えられなかった。

そして、そこに人間としての真理や自由があるとは思えなかったからである。

「人は正しく堕ちきる道を堕ちきる事が必要だ」と言われても、堕ちる事に正しいという道筋があるのだろうか。
あるとすればそれは決して堕落ではなく自堕落ではないだろうか。

運命や宿命によって決められた、抵抗なき人生が、その道筋なのかもしれない。

購うことなき絶望、それを甘受して、立ち上がれないほど打ちのめされ、
煩悩の世界が立ち切れてから、香煙の先に現れて来るのかもしれない。

果たして我々は現在堕ちきった人生を過ごしているのだろうか、
悩みはある、苦労もある、精神的な痛みもある、将来の行き詰まりを感じながら、
身動きが取れない状態にもなっている。

しかしそれは堕ちきっているわけではない。
「人も国も堕ちきってからでないと救われない」という。

それでは堕ちきる為の入り口は何処にあるのか、探し出さなければならない。

そして人間の持つ本来のエゴを揺り起こさなければならない。
無様な姿を曝け出し肉体の塊とならなければならない。

正義と云う国の力で押しつぶされて、愛と云う言葉で裏切られ、豊かさの代償で破壊されて、
怯えたままの姿で、いつまでもうずくまるのか。

美しい物は永遠では無い、開花した花は枯れるのである。
美名も長く留まると醜名になる。処女も男を知った時点で娼婦となる。

枯れるのである。腐るのである。堕ちきった所から、
新たな人生の価値観が生まれ、自由になれるなら堕ちてみよう。

恐れるな、その手すりから手を離せ、そして救われるんだ。

堕落が復活への第一歩であるならば、奈落の底まで堕ちてみよう。

 

 

ハニートラップ

 

一般的には馴染みの無い言葉です。

外交官が海外に出向いた時に、先方の国から接待と称して女性を紹介される事です。
そして甘い誘惑に負けて情報を要求される事です。

勿論、多くの場合は女スパイが担当するのですが、時には接待専門のプロの女性が担当する事もあります。

2004年上海総領事館員自殺では何度もこの「ハニートラップ」という言葉が飛び交いました。
カラオケルームで知り合った女性(この女性がハニートラップ)をネタに、
中国側から機密文書の提供を何度も迫られたのです。

そして、日本の国を守る為にはこの方法しかありませんと書き遺して自殺をしてしまいました。

まるで映画の様ですが、現実に起こった話なのです。
元外交官佐藤優氏の著「諜報的生活の技術」の中にも
セックスと情報という手法は頻繁に使われているという事が書かれています。

最近では2011年5月に元IMFの専務理事が、NYのホテルで女性従業員に猥褻な行為をしたという事で、
騒がれていたのが記憶に新しいかと思います。

本人はフランステレビのインタビューで「今回の件は仕組まれた罠であり陰謀だと」
強行に身の潔白の主張をしていました。

その後アメリカの検察側からこの件の取り下げが行われたのです。

怪しいですね。裏取引がにおいます。
しかしいずれにせよ、女性の絡んだ事件は立証が難しいのです。

一つの部屋の中での出来事に真実は図りかねないからです。

政治的・経済的重要人物が突然失脚する裏には、ほとんどの場合女性スキャンダル、
この「ハニートラップ」によるものが多いのです。

女性の誘惑による甘い罠なのです。

その代償は計り知れないほど大きいのです。
ハニートラップでは無くても、元アメリカ大統領クリントン氏は、
女性秘書とホワイトハウスの中で卑猥な行為をしたとして、世間から非難を浴びて失脚を余儀なくされたのです。

日本の元総理大臣宇野宗佑氏も就任後3日目に神楽坂の芸者からの情報で失脚したのです。

大阪の元府知事横山ノック氏も、選挙カーの中で女子大生アルバイトに猥褻行為をして辞職するはめになりました。

全ては女性側からの訴えによるもので、その確証はどのようにして得たのかが疑問である。

しかしこの「ハニートラップ」は、決して珍しいものではない、
世界三大美女の一人であるクレオパトラこそ「ハニートラップ」の元祖のような女性であった。

ギリシャの英雄カエサルもアントニウスも彼女の甘い罠にはまったのである。

古今東西どのような強靭な男達でも「権力と金と女」を与えると三日で駄目になるということは真実である。

余談であるが、最近この様なワシントンポストの記事を読んだ。

アメリカのビジネスマンの中では中国で使用したIPODは中国を出る時に使い捨てる人が増えているそうだ。

「もしあなたがiphoneやBlackBerryを使えば、連絡先やカレンダー、メールなどその中のすべての情報は
瞬時にダウンロードされてしまう。地下鉄であなたのそばに座っている誰かは、
あなたがそれらの電源を入れるのを待つだけで良い。それだけで情報を盗み出すことができる」などを述べ、
「中国は他の国より安全ではないため、旅行者は携帯電話やPCに自衛策を講じるのが賢明だ」としている。

「ハニートラップ」よりも巨大な「インフォトラップ」(造語)一瞬にして情報が盗み出されるのである。

女性の甘い誘惑を使わなくても通信機器だけでスパイ活動が出来る時代である。

 

無目的

 

「うを水をゆくに、ゆけども水のきはしはなし」現成公案

魚が川や海を泳ぐときに、けっして、あそこまでは泳いで行こうというような、目的は持っていない。

道元の提唱する生き方は、「無目的」の生き方である。
先の目的を定めて今日を生きる事では無い。
何も考えずに流れに従いなさいという事である。

苦悩は目的を持つことから始まるからである。

私が、若い人には目的を定めて生きて行きなさいと言っていた言葉の相対する言葉である。
しかし「無目的」という「目的」を持って生きている事に変わりが無い。

禅僧は目的を持って修行をするのではなく、「無目的」で修業を続けることを道元は言いたかったのである。

即ち、魚のように水のきはし(目標と定める位置)を意識しないで泳げと言うことである。

禅僧たちが望む、「悟り」という目標自体が、形の無い物で有るから、形の無い物を目標として、
修行を励む事は意味の無い事であるとの教えである。

唐代の禅僧香厳智閑が、悟りを得られずに悩み苦しんでいた時に、庭を竹ぼうきで掃いていた所、
弾き飛ばされた石ころが竹やぶに飛んで行き、カランコロンと聞こえた音で悟りを得た話や、

同じく唐代の霊雲禅師は、新しい師を求めて旅をしているとき、春の季節の山里が目に入り、
そこに咲く桃の花をみて「ああ、なんと美しい桃の花」なんだろうと、自分の一言に悟りを得たという話がある。

「無意識」の中で人間の本来持つ尊い姿を、大自然の中からから呼び覚まされるのである。

所謂、何万冊の経典を読んだところで、何千時間座禅を組んだところで、
何回難行苦行を繰り返したところで、悟りなど得られないのである。

「悟り」という目的を目指すから到達点は無いのである。
「只管打坐」(しかんたざ)ただひたすら座禅せよなのである。

日本を代表する俳人正岡子規が「悟り」について記した言葉がある。

「悟りということは、いかなる場合にも平気で死ぬることかと思っていたのは間違いで、
いかなる場合にも平気で生きることであった」

二十二歳で肺結核、さらに脊髄カリエスとなり、三十五歳で死ぬまで、
身動きできない病床で、優れた作品を書き続けた正岡子規は、坂の上の雲にも登場する秋山兄弟の大親友でもあった。

「悟りということは、いかなる場合にも平気で生きていることであった」という言葉に深い感銘を受ける。

しかし、果たして日常の生活で「無目的」に生きてゆくことは可能だろうか。

「無目的」は、将来の財産や地位や名声に執着して生きるなよという教えである。
一人の人間として、精神的な高みを望みながら、人生を全うしなさいという事である。

勿論、生きる為の煩悩にまみれた生活を放棄しろという事では無い。

人は生れた時から、「死」の到達点を見すらえて生きている。
人生における四苦「生老病死」の宿命は消えないのである。

全ての出来事に、慌てず、騒がず、なすがままに生きるだけである。

貧富の差や、地位の上下や、有名無名で、一喜一憂するなということである。

水のきはしを考えずに泳ぐだけである。

先の事を考え過ぎずに、日々、日常を大切に真面目に全うしながら「生きよ」ということである。

 

箍(たが)が外れる

 

柔道金メダリスト内柴正人選手の事件が世間をにぎわせている。

情けなくて声も出ない人がほとんどだと思う。
正しく「驕りと増長」の典型である。

健全な肉体に健全な精神が宿るという教えは何処に消えてしまったのだろうか。
世界最高峰の金メダリストである。

世界中の柔道ファンを落胆させた責任をどう償うつもりであろうか。

彼個人の問題では無い、彼を取り巻く全ての関係者に被害が及んだのである。
どう彼が弁解をしても取り返しのつかない事である。

勿論、被害者にも被害者の家族にも、また彼の家族や親類にも、その飲み会に同席をしていた全員にも及ぶのである。

「郷土の誇り」が一瞬にして「狂土のほこり」になってしまったのである。

朝青龍が店員をなぐったことだけでも横綱の地位を失ったのである。
市川海老蔵が暴走族と喧嘩をしただけで半年以上も謹慎を言い渡されたのである。

内柴選手の行為は愚劣であり最低の行為である。

自分の教え子である。ましてや十代の学生である。
「合意の上」だったという言い訳が通用するとでも思っているのか、
酔った勢い等の言葉では取り返しの使い卑劣な行為なのである。

彼の妻子の事を考えると言葉がつまってしまう。

英雄の家族が一瞬にして犯罪者の家族になってしまったのである。

日本と云う国は、昔から性に関してはおおらかであった事は確かである。

現在、あらゆる性関係の情報が街中に溢れている。
ネットの中、携帯電話の中、チラシの中、ありとあらゆる所にアダルト関係の情報が氾濫している。

多くの子供達も眼にしてしまう。

また世界中のテレビの中で、酒と性に厳しい制約を設けていないのは、おそらく日本だけである。
私が行った外国のほとんどは厳しい規制が掛けられていた。

性を隠す必要はないのだろうが、一定の規制を掛けなければ、野放し状態で歯止めが利かなくなる。
性関係の情報に規制を掛けろと言えば、必ず言論の自由を叫ぶ馬鹿な有識者達が登場する。

現在、学校では正しい性のあり方の教育はなされているのだろうか。
日本は世界中から清潔好きで、礼儀を守り、互助精神の優れた国民という良き評価を受けているのに、
今回の件で性に対してはだらしない国民という不名誉なイメージを植え付け兼ねない。

宗教家たちは声をあげて言うだろう、「この国には宗教が確立されていないからモラルと云う紀律が無いのだ」と。
哲学者たちは言うだろう、「飽食暖衣逸居して教えざるは即ち禽獣に近し」。

正しく内柴選手は箍を外したのである。

箍は竹で編んだ輪で、樽や桶などをきちっと締め付けるものである。
内柴選手はきちっと締め付けなければならない所を閉め忘れたのである。
というよりも彼は最初から箍が外れていたのかもしれない。

今回の彼の行為も予兆があったはずである。
柔道界の先輩も、学校関係者も、教え子たちでさえも分かっていたはずである。

誰も「注意、指導」と云う、掛け声をかけなかった原因は、何処かにあるはずである。

金メダリストだから野放しにしたというのならば、言わなかった関係者も同罪ではなかろうか。

 

恋水

 

鎌倉の明月院(あじさい寺)に度々出かけた。
風情を求めたとしても男一人で行くところでは無い。

やはり着物を着た女性と一緒に出かける場所である。

紫陽花の花言葉は確か「移り気」だったような気がする。
日本の古来種「ひめあじさい」は淡い青から深い青へと色を変える。

その鮮やかな青に梅雨の雨が降り注ぎ、少しずつ青に赤みが掛って、
その赤みも薄くなる頃に紫陽花の季節は終わる。

紫陽花は学名「水の容器」という。梅雨時の長雨で土中にたまった水が、
根から吸い上げられて花に辿り着き、その学名が付いたらしい。

紫陽花の名前は、中国唐の詩人白居易が「ライラック」に付けた名前を、
平安時代の学者源順が間違って明記したらしい。

本当の名前は藍色が集まったもの「集真藍」(あづさい)が訛ってあじさいになったと言う。
雨の季節の紫陽花を眺めている時にふと「恋水」という言葉を思い出した。

「恋水」という言葉は、万葉集の中で恋をして流す涙を「恋水」と、表現したのが始まりだと聞いている。
柿本人麻呂「今のみの、行事(わざ)にはあらず、古の人そまさりて、哭(ね)にさへ泣きし」

恋煩いは今の時代だけじゃなくて、その昔にはもっと恋に悩み、大声で泣き暮らしたはずだ、という事である。
簾(すだれ)や几帳のとばりを下ろして、その中に身を置きながら、思い通りにはいかない恋の切なさに、
声を押し殺して泣きながら流す涙を「恋水」と言ったのである。

紫陽花はやはり女性なのである。恋に移り変わる女心を花弁の色で現して伝えようとしているのだ。

私達の青春時代は簡単に恋など出来ない時代であった。
学生が女性にうつつを抜かしていると軟弱な奴だと皆から笑われたのである。

しかしときめく恋心は誰にも抑える事が出来ずに、一向(ひたすら)に悶々としていた時代であった。

男には硬派と軟派がいて私は一応硬派に属していた。
硬派の男子学生は女性とは目を合しても口を利いても掟破りなのである。

帰り道で偶然好きな女の子と一緒に居る所を見られたら、次の日は鉄拳制裁が待っていた。
誰しもが恋にはあこがれて、恋をしたかった時代である。

男心を悶々とさせる不思議な生き物、女性を知る事が、学問を究めるより先であったことは確かである。

恋の手引書代りにハイネ・ゲーテ・若山牧水の詩集を読んだ。
軟派な連中から、気に入った詩を選んで、手紙にして出せば、必ず女性は落ちると聞いて、その通りにした。

次の日から好きな女の子との間に気まずい空気が流れてからかわれたのだと知った。

しかし文化系の男達は、好意を寄せている女性には、執拗に詩を送り続けたのである。
純情一途な青春である。

好きになる事に時間がかかり、手紙のやり取りに時間がかかり、
手を触れる事に時間がかかり、親しくなるまでには相当の月日が流れた。

お互いを知る為の情報交換をするには、あまりにも時間が少なかった。

それ以上に親密になる為の特別な空間が一切無かった。
今でも好きになった女性にメールで詩を送ったりするのだろうか。

今でも恋の為に出す手紙は「ラブレター」と言うのだろうか。
恋の始まりのときめきや、何度目かのデートで、やっと手を握った時の緊張感は同じだろうか。

会ったばかりなのにすぐに会いたくなり、眠れない長い夜を過ごしているのだろうか。
世界の美しさは、好きになった女性から始まっているのだと錯覚をした事があるのだろうか。

彼女の家の周りを何度も行ったり来たりして、偶然の出会いに期待をした事はあるのだろうか。
そして片思いの結果、失恋して大酒を飲み、この世の終わりだと、一晩中泣き通したことはあるのだろうか。

そんな男の涙も「恋水」と言うのだろうか。
親父達の純情一途な時代が懐かしい。

もうすぐ紫陽花の季節が終わる。

「はじめて恋をするとき、女は恋人を恋し、また恋をするとき、恋を恋する」ラ・ロシュフコオ作。

「かって胸の深い傷口から咲き出した、この赤い花と青い花とを、
わたしはきれいな花環に編んで、美しい君よ、貴方に贈りましょう、
このまことの歌をどうぞやさしくお取りなさい」ハイネ作。

「いつも変わらなくてこそ、本当の愛だ。一切を与えられても、一切を拒まれても、変わらなくてこそ、」ゲーテ作。

「白鳥は哀しからずや空の青海のあおにも染まらずただよふ」牧水作。

紫陽花の季節に思い出した、懐かしい詩(言葉達)である。

手遅れ

 

手遅れと言う言葉が有る。大切な場面で言動が遅れることである。

苦労ばかりかけた、両親の死に際に間に合わず、「ありがとう」の一言が言えず悲しい手遅れである。
一年中仕事ばかりにとらわれて、家族に「約束は守るから」と言いながら、守り切れずに、時が過ぎて手遅れである。

良友とのもめ事も、「ごめんね」が言えなくて、ちいさな誤解がそのままになり手遅れである。
電車の中で老人に席を譲ろうとして、「どうぞ」が言えずに次の駅に着いてしまえば手遅れである。

「手遅れ」は「手おくれ」なのである。この瞬間に手を貸して下さい、そうでなければ間に合いませんという意味です。
とっさの場合に、手遅れにならない為にも、少しだけ準備を怠らない事です。

それは、周りで起きる出来事に、気持ちを集中して、次の予測を立てることです。
自分を中心に考えるのではなく、できるかぎり対象者の事情を察して判断をすべきです。

言葉だけの約束や優しさがあったとしても、時期を逸して、行動が伴わなければ意味がありません。

手遅れである。

丸山真男「現代政治の思想と行動」の中にマルチンニーメラー「牧師の告白」という一文が有る。

「ナチが共産主義を襲ったとき、自分はやや不安になった。
けれども結局自分は共産主義でなかったので何もしなかった。

それからナチは社会主義者を攻撃した。

自分の不安はやや増大した。けれども依然として自分は社会主義者ではなかった。
そこでやはり何もしなかった。

それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、
その度に自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかった。

さてそれからナチは協会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であった。」そこで自分は何事かをした。

しかしそのときにはすでに手遅れであった。

こうした痛苦の体験からニーメラーは、「端初に抵抗せよ」而して「結末を考えよ」という
二つの原則を引き出したのである。初期に解決を見なければ手遅れになる。

その時には同時に結末も考えなさいと言う事である。

「対岸の火事」では無いが、自分に火の粉が掛らなければ他人事で済まし、
自分に火が及べば慌てるのである。しかし、その時には、ほとんどの場合手遅れなのである。

拉致被害者の会の報道がなされる度に心が痛みます。

1977年11月15日、北朝鮮に拉致をされた横田めぐみさん(当時13歳)は、
生死も分からないまま、既に34年という時が過ぎてしまいました。

御両親は、娘を取り戻す為に、被害者の会で先頭に立って活動をしています。
しかし、既に高齢に成り命の灯が削られるようにして生きています。

愛娘の安否を確かめる術もなく、悲痛な面持ちで日々を過ごしているかと思われます。

我々は、親子の再会が「手遅れ」にならないように祈るばかりです。

運命

 

「運命というものはただ単に人間にふりかかって来るものではない。
運命を愛し、運命にうち克つことを知らなければならない。

「運命への愛」(amor fati」、それによって初めて心の平静は得られる」モーリス・パンゲ

人は幸福な時に「運命」という言葉を使うのだろうか。
自ら招いた失敗の時にだけ「運命」という言葉で弁護するのだろうか。

不幸に翻弄されて悩み苦しんだ時に「運命」という意味が理解できるのだろうか。
青年は常に「運命」という言葉を思い浮かべる事は無いだろう。

「運命」が引き起こす挫折も容易に打ち克つことが出来るものと信じ、
決して「運命」に支配される事は無いと思うからである。

壮年期から「運命」という言葉が身に滲みて分かるようになる。
それは知識や経験だけでは乗り越えられない数多くの問題に、
心と体の自由が奪われて身動きが取れなくなるからである。

そして老年期になると「運命」はもっと重く圧し掛かってくるのである。

後悔しても取り戻す事が出来ない過去と、残り少ない未来の狭間で「運命」を、最後の友人としてしまうからである。

パンゲの言うように「運命を愛し、運命にうち克つことを知らなければならない、
それによって始めて心の平静は得られる」。

その打ち克つことが出来ないから心の平静が得られないのである。

「運命」に翻弄されて悩み苦しみ、初めて人生の実体が分かるのである。
「運命」に含まれる、ありとあらゆる挫折や困難を受け入れて、乗り越えなければならないのである。

大和の古の言葉に「知命楽天」という言葉がある。
自分の運命を知った上で日々を楽しく生きよということである。

たとえ不遇でも、貧しくとも、悩み多くても、それが自分に与えられた運命ならば、それに従い楽しめという事である。

それを理解して甘受すれば何も恐れるものは無いのである。
悩まずに「運命」の波に乗れば良いのである。それがパンゲの言う「運命を愛し、・・・」なのである。

ここに中国の教育の基本骨子がある。中国の教育心理学である。

「思想という種を播き、行動を刈る。行動という種を播き、習慣を刈る。
習慣という種を播き、性格を刈る。性格という種を播き、それはやがて運命を収穫する。運命は性格で決まる。」

子供の時からこれを学ぶのである。「正しい考え方を学ぶ事が正しい行動を起こす事になる。
正しい行動から日々の習慣が生まれる。正しい習慣を続ければ持って生れた性格ではなくて君子の性格が備わる。
そしてその性格が自分の運命を導く事になる。
すなわち運命は全て自分の性格から生れるものである。」

一生懸命学び労働をしなさい。
そうすれば幸福の運命を手にする事が出来ると言う教えである。

共産主義での幸福は、全て神様や仏様からの授かりものでは無くて、自分達の努力によって収穫するのである。
そして、それらは万民が平等に分かち合う事で、幸福な人生を感じる事になる。

余談ですが、世界的に有名なベートーヴェンの交響曲第五番「運命」は正式な題名では無い。

弟子が「この交響曲の最初の四つ音は何を示すのか」という質問に対して
ベートーヴェンが「このようにして運命は扉を叩くのだ」と答えた。

よって正式な題名のようになったのである。
「運命」は通称だがこの題名が世界に広く知れ渡ったのである。

まさに、ダダダダーン「運命」の悪戯なのである。