言葉の重みと人間の軽さ

 

「がんばらなくてもいいんだよ」
たった一言により「うつ病」から抜け出した話を聞きました。

うつ病患者に「がんばれ」という言葉は絶対に使わないで欲しいそうです。

何故なら苦しいのは、本人がいちばん病気を知っているからです。

「うつ病」は「なまけ者」と誤解される事が多いそうです。

身体が重い、やる気が出ない、仕事に出かける事が出来ない、
そんな症状をみると、最初は家族も友人もなまけていると思うそうです。

本人も「がんばろう」として努力するのですが、身体がいう事をきかず
追い詰められて行ってしまうのです。

そして、周りの人から毎日「がんばれ・がんばれ」と言われ続けてしまうのです。

「がんばれ」という言葉はとても簡単に使う事が出来る言葉です。

我々は、日常の生活で「がんばれ」を、何気なくエールを送るつもりで使ってしまっています。

私も一昨年の3月11日以降、どれほど不用意に被災者の方々に
「がんばれ」を、言い続けて来たことか、深く反省をしております。

「がんばれ」は、心をこめなければ逆効果になってしまいます。
心無き人から何度「がんばれ」と言われても迷惑なだけだと思います。

これからは相手のことを考えた上で慎重に「がんばれ」を発したいと思います。

そして「がんばれ」と同じような言葉に「ごめんなさい」があります。

「ごめんなさい」も何気なくふと挨拶代りに使っています。

本来の意味は、敬う相手に対して
許しを求める気持ちと、相手の寛容と自分の無礼を詫びることです。

哀願と謝罪の気持ちが込められて、始めて「ごめんなさい」の言葉が成立するのです。

お詫びをする時に使う言葉は「もうしわけない」です。

申し開きが出来ないほど、お詫びしますという、謙遜語です。

しかし不用意に「ごめんなさい」を、英語の「ソーリー」代わりに連発すると
大きな失敗を招く事があります。

全てに対して非を認めて謝ったとされてしまうからです。

決して丁寧で礼儀正しい人とは思われないから注意しましょう。

政治家は問題が起きると必ず最初に自己弁護の強気な発言をします。

「そんなつもりで言っている訳ではない」。
しかし、マスコミや世論が騒ぐと、すぐに撤回して「もうしわけない」を連発します。

深く反省すると言いながら、その心には本来の「ごめんなさい」が感じられません。

人間も言葉もとても軽い人達です。

普段、我々が使っている言葉は、意志の伝達を第一の目的とします。

それ以上の言葉の意味を考える事は無いと思います。

しかし「苦しい」という言葉は、その苦しみまでが相手に伝わるのでしょうか。
「痛い」という言葉は、その痛みまでが相手に伝わるのでしょうか。

そして「好き」だという言葉は、その切なさまでが相手に伝わるのでしょうか。

言葉での理解と感情の重みが伝わって、初めて会話が成立したと言えるのです。

貴方は信頼している友人に人生の悩みを打ち明けたとします。
友人は親身になり心から同情をして心配をしてくれました。

しかし本当に貴方の悩みは友人に理解されているのでしょうか。
貴方の悩みと同じ体験を持たない友人ならば、貴方の言葉だけの苦しみに同情をして
相槌を打つだけです。

決して悩みの本質には触れる事がありません。
残念ですが感情の重みまでは、伝える事ができないのです。

ギリシャの哲学者ソクラテスの言葉に、
「この世に悩みなんて無い、悩みを持つ人間が居るだけだ」
と云うのがあります。

まさにその通りかと思います。
だからこそ信頼のおける人間には、悩みを共有して欲しいと云う願望が生まれるのです。

会話を通じて人に悩みを伝えるだけで悩みが半減するからです。

大きく痛みを伴う病気の場合も同じです。

「苦しい・痛い」という言葉の意味は理解出来るのですが、
相手の本当の苦しみ・痛みまでは感じる事は出来ません。

それこそ自分も同じ状況にならない限り、
本当の苦しみ・痛みまでは理解する事は出来ないのです。

感情の重みを知る事は相手の感覚を想像する事です。

相手の感情を知る気持ちが理解を深める上でとても重要です。

いたずらに同情的な言葉を多用すると最終的には後悔をします。
口先だけの同情と無責任な優しさは、逆に信頼関係を失くしてしまうからです。

一方的に投げ掛けた言葉で相手に全ての意志が伝わったと思わないでください。
相手の言葉の意味と感情の重みを理解しなければ軽い人間になってしまうのです。

言葉の重みを知らない人間は、深い人間関係を築く事が難しいのです。

その結果、自分の気持ちは誰にも理解してもらえないのだと被害妄想になります。

同僚や友人達との付き合いにも臆病に成り、いかなる話題の核心にも触れず、
当たり障りの無い話だけに反応するだけになります。

全ての言葉に反応する必要はありません。
相手の言葉の中に感情の重さを感じた時にだけ、自分の言葉を選び慎重に話をするのです。

自分の言葉に責任を持ち、相手の言葉の重みを受け止める事が大人としての良識です。

軽い人間にならない為にも言葉の重みを感じましょう。