辰年に想いを寄せて




2024年は辰年です。
私の名前が瀧文なので皆様から来年は稲葉さんの年ですねと言われます。
でも私は1949年(昭和24年)の丑年です。笑い
しかし昔から龍を祀る神社へは足繁く通いました。
一般の神社でも清めの手洗いの場所へ行くと龍の形の蛇口が付いています。
何故かどこの場所でも龍を見ると安心します。

干支は十二支のほかに10種類の十干(じっかん)を組み合わせたもののことを
言います。それぞれを組み合わせると60種類あることから、六十干支
(ろくじっかんし)とも呼ばれています。季節や運勢、吉凶などを表す暦注
(れきちゅう)の多くは古代中国の陰陽五行説や易経から起こり、
その代表となるのが干支です。

十二支と月
十二支「 子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」
読み ね うし とら う たつ み うま ひつじ さる とり いぬ い
対応月 十一月 十二月 一月 二月 三月 四月 五月 六月 七月 八月 九月 十月

十干
十干 「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」
読み こう おつ へい てい ぼ き こう しん じん き

五行と
読み 木の兄 きのえ 木の弟 きのと 火の兄 ひのえ 火の弟 ひのと
土の兄 つちのえ 土の弟 つちのと 金の兄 かのえ 金の弟 かのと
水の兄 みずのえ 水の弟 みずのと

2024年の「甲辰」の干支でいう意味
十二支や十干は数や方角だけでなく、それぞれ独自の意味を持っています。
例えば「甲」が持つのは第1位であり、優勢であることを表す他、まっすぐに
堂々とそそり立つ大木を表しています。
「辰」は十二支の中では唯一の架空の生き物、龍(竜)を意味します。
水や海の神として祀られてきた龍は、竜巻や雷などの自然現象を起こす
大自然の躍動を象徴するものであり、「龍が現れるとめでたいことが起こる」
と伝えられてきました。
この2つの組み合わせである甲辰には、「成功という芽が成長していき、
姿を整えていく」といった縁起のよさを表しているといえそうです。

皆様どうでしょうか。
これほど強い運気がある年になるのですが準備はできていますか?
今年もウクライナとパレスチナの戦争はまだ終わりません。
世界的に物資とエネルギーが不足して物価が高騰しています。
自然災害も今まで経験したことがない規模で起こっています。
行き場を失った若者たちが犯罪と隣り合わせで暮らしています。
給料は上がらず税金は上がります。
お年寄りが増えて子供が減っている状況は亡国の兆しです。
与党自民党の腐敗は誰も止められないのでしょうか?
節約ばかりしていると経済が止まり悪い方向へと進んでいきます。

今こそ若者たちへ伝えるのは世界へ飛び出し頑張ってほしい。
もっと生きるための努力をしてほしい。
日本語と円だけの守られた暮らしから抜け出してほしい。
この国は鎖国をしているのではない、
自由に開かれた国なのでグローバルな生き方をしなければ生き残れない。

みなさんは「茹でガエル」という言葉を知っていますか?
カエルを釜に入れて少しずつ温度を上げていきます。
温かいお湯に入れると勢いよく飛び出すカエルも、
水から徐々に温度が上がると気がつかないのです。
勿論、茹で上がったカエルは死にます。

今の日本人は茹でガエル状態なのです。
30年間所得が上がらず物価が上がっているのに誰も釜から出ようとしません。
平和慣れして危機感が麻痺しています。
あと数年もすればアジア諸国の中でも最貧国となる可能性があります。
それでよいのでしょうか?

何故このような状況になってしまったのでしょうか?
戦後アメリカの政策で強い日本人が骨抜きにされたのです。
この政策に反対せずに奴隷のように従っているのが自民党です。

自民党は我々の税金で私腹を肥やす大犯罪人なのです。
アメリカの言いなりの妾の根性です。
札幌オリンピックは中止になったのですが、大阪万博は開催するつもりです。
予算を大幅に超えて何か利益につながると思っているのでしょうか?
この不景気で世界に見栄を張る必要があるのでしょうか?

これには裏がありそうです。コロナも戦争もネオコンやフリーメイスンが
関わっているという噂です。ディープステート(闇の政府)といわれている
組織が世界を動かしているとも言われています。

来年の干支の辰の語源を見ると漢字の「辰」の原字は「蜃」。「蜃」は、
二枚貝が開き、弾力性のある肉をピラピラと動かしているさまを描いたもので、
「振」「震」の意味をもつ。
『漢書 律暦志』では「動いて伸びる」「整う」の意味とし、草木が盛んに成長し
形が整った状態を表すと解釈されている。
この「辰」を「竜(龍)」としたのは、無学の庶民に十二支を浸透させるために
動物の名前を当てたものであるが、順番や選ばれた理由は定かではない。

過去、辰年にはこんなことがありました
最近では2012年、2000年、1988年が辰年にあたります。
起こった出来事を抜粋すると次の通りです。

2012年:2006年、京都大学の山中伸弥氏は、成熟した細胞を多能性幹細胞
(IPS細胞)へと初期化できることを発見しました。この発見は、
再生医療の分野に革命をもたらす画期的な成果として、
2012年12月にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

2000年:2000年9月15日から10月1日までの17日間、シドニー五輪が
開催されました。女子としては史上初の金メダルを獲得した女子マラソンの
高橋尚子や、日本女子柔道史上初の金メダルを獲得した田村亮子などの活躍で
過去最多の18個のメダルを獲得しました。

1988年:1988年3月13日、世界最長の全長53.85kmの青函トンネルが
開通しました。開通までに1400万人を超える作業員が携わり、工事期間は
約24年間にも及びました。これは、日本の土木史上空前のスケールを誇る
仕事でした。

努力した成果が実を結ぶような出来事が多く起こっています。
これらは、甲辰年の「成功の芽が成長し、姿を整えていく」という
傾向の表れかもしれませんね。

あくまでも干支は統計学です。その時代、その年に何が起こったのかをデーター化した
ものです。当たる確率はフィフティー・フィフティーです。
神社のおみくじと同じで大吉が出れば喜び、凶が出れば慎重にすればよいのです。
みなさまも来年の上昇運気に乗ってみませんか。

良いお年をお迎えください。
2023年12月31日


本日365作目




いよいよ「恩学」が365作目となりました。
2011年から書き始めて12年目になります。
途中、定職についてからしばらくお休みをしていたのですが、
2019年コロナ禍が始まった時期からまた書かなければならないと思ったのです。
お休み中も時折、あの「恩学」のあのタイトルの文章が心に響きましたと、
たくさんお便りをいただきました。

大阪の見知らぬ女性の方から、この言葉をラジオ番組で使用しても良いですかと
問い合わせをもらったこともあります。
北海道の老舗和菓子屋さんの経営者の方からも、この文章を使っても良いですか
と連絡を頂いたことがあります。
英国在住の日本人の方からも母がとても楽しみに読ませていただいておりますと
メールを頂いたことがあります。
最近ではロックシンガーの伊丹谷良介さんが若者たちに向けて、教科書代わりに
読みなさと言ってくれていることには感謝の言葉もありません。
こういう一言がとても励みになりました。

元々音楽プロデューサーの独り言で「恩学」を書き始めたのですが、
改めて哲学書や仏教書を読み直すと、人が「生きる」という貪欲さの中から
「文化・芸術」が生まれ、育ったことを再認識して、これは稚拙な文章でも
書き伝えなければならないと思った次第です。

デジタルが進化すればするほどアナログ的な感情が大切になります。
100回「好き」という文字をLINEやメールで伝えるより、
1回会って言葉で伝える方が効果はあります。
「ありがとう」の言葉も直接対面で伝える方が感謝の気持ちが伝わります。
お年寄りには効果抜群です。

あなたにとって心に響いた文章はありましたか?
もしかしたら「恩学」の一番の愛読者は自分だったかもしれません。
ときたま自分の文章を読み返した時に励まされることがあります。

これからも良き文章が書けるように努力します。

一年は365日 私の一念は365作

2023年12月30日


燃ゆる想い




気の置けない仲間たちと夜通し夢を語り合い、
希望が沸々と湧き上がる時に、恐れるものは何もなくなり、
この燃ゆる想いを大切にして生きていこうと決心する。

与えられた運命に一寸の悔いも残さず、
この情熱を燃やし尽くして、
誰かの勇気になれば本望だと笑いが込み上げる。
仲間がいる、一緒に泣き笑いする仲間がいる、
未来にどんな困難が待ち受けようと乗り越えられる自信がある。

たとえ傷つき倒れそうになっても支え合える仲間がいる。
来た道を振り返り、行く道に希望を持てば、未来が近づいて来る。
そう輝く明日を無駄にせず出来ることの最大を発揮しよう。
俺たちにはかけがえの無い音楽がある。

ガキの遊びと言われてもやり続け、
バカな事はやめろと言われてもライブハウスに通い、
音楽で成功するのは1割もいないから、
定職につけと怒鳴られても平気だった。
俺たちは金のために音楽をやっているのではなく、
最高の仲間と生きる為に音をだしつづけているからだ。

そこには惜しみない拍手をしてくれるファンがいる。
人気のあるバンドを追いかければ良いのに、
わざわざ無名の俺たちのギグを楽しみに、
バイトで稼いだ金を払って遠くから来てくれるファンがいる。
みんなの声援や拍手は俺たちにとっては最高の楽器なのだ。
一緒にセッションをしてくれているバンドメンバーと同じだと思っている。

楽器車もなく、ローディーもいなくて、もちろんマネージャーもいなくて
毎回みんな自分で機材を運ばなければならない。
セッティングから音合わせも1人でこなしリハーサルを始める。
演奏後いくら汗をかいてもシャワールームもなくてグダグダの状態、
楽屋の壁に書いてある「夢を追いかける」という落書きを見ながら、
今日も燃え尽きる。

仲間と別れた後に夜の道を自宅に向かって歩き出す。
何故だろう疲れより沸々と湧き上がる「燃ゆる想い」が身体を包む。
一瞬笑いがこみ上がり大きく息を吸う。
これで良いのだ、これが俺たちの求めていた世界なのだとつぶやいた。

「燃ゆる想い」に包まれると、

今まで高い壁だと思っていたのに低く見え始める。
今まで遠い国だと思っていたのに近くに感じられる。
今まで無理だと思っていたのに全てが叶うと思い始める。

「たとえ九十九人が、川の向こう岸で騒いでいようとも、
自分一人はスタスタとわが志したこちら側の川岸を、
わき目もふらず川上に向かって歩き通す底の覚悟がなくてはなるまい。」
森信三

嘘だらけの世の中に合わせるより、自分たちの人生は自分たちが作る。
大変な人生も仲間といればいつでも怖く無い。
大きなステージが成功ではなくて、仲間と目の前のファンの笑顔が、
何よりもの俺たちの成功の証なのだ。

この文章を書いているときに思い出したバンドがある。
ニルヴァーナ(英: Nirvana)は、アメリカ合衆国出身のロックバンド。
オルタナティブ・ロック、またはグランジ(汚れた)の先駆者として知られている。
1987年にワシントン州アバディーンで、リードシンガー兼ギタリストの
カート・コバーンとベーシストのクリス・ノヴォセリックによって結成され、
チャド・チャニングなどのドラマーを経て、1990年にデイヴ・グロールを加入させた。
ニルヴァーナの成功は、オルタナティブ・ロックを世に広め、ジェネレーションXの
代表的なバンドとして言及されることが多かった。また、彼らの音楽は人気を維持し、
現代のロック文化に影響を与え続けている
ドラッグにのめり込んでいたカートは、自殺未遂や奇行を繰り返していた。
ついには1994年4月5日にシアトルの自宅にてショットガンで頭を撃ち、
自殺。(享年27歳)とても気になるバンドでしたが残念でした。
興味があればカートの詩を見ながら聞いてみてください。
同時代1985年日本ではブルーハーツがデビューをしていた。
甲本ヒロトと真島昌利が解散の1985年まで10年間、日本のパンクロッカーとして
一世を風靡していた。余談であるが甲本ヒロトは禅学をこよなく愛していたという。

私の周りには情熱に燃える熱きアーティストがたくさんいる。
純粋に音楽が好きでファンの喜ぶ顔を見るのが大好きな連中です。
私は彼らと「恩学」でつながることによってメンバーになった気分です。
彼らと夢を共有できることに感謝でいっぱいです。
ありがとう、これからもよろしく!


やさしさに包まれて




小さい頃は神様がいて
不思議に夢を叶えてくれた
やさしい気持ちで目覚めた朝は
おとなになっても奇跡はおこるよ

今の世の中に神様がいるのならこんな世の中にはなっていない。
どれだけ多くの子供達が泣いているのか神様は気づいているのだろうか?
何故キリストの生誕の地でイスラエルとパレスチナは争っているのか!
家族全員を殺し民族虐殺を許している神なら神など不要である。
ロシアにもロシア正教があり神がいるにも関わらずウクライナを占領しようとしている。

そしていつも被害者は罪なき子供達である。
世界中の宗教(神)は誰を救うために存在しているのか理解に苦しむ。

神がいるとすれば神は自分の中にだけ存在している。
自分の中に理想とする神を作り出し崇めれば良いのである。
誰にも邪魔されず厳粛な儀式を行えば良い。
徒党を組むから悪が芽生える。悪の大王が正直な国民を騙して勧誘を募る。
それらの上納金で巨万の富を得る。
そしてもっと強欲になり信者の心までコントロールしてしまう。
合同結婚式など神聖な結婚式を冒涜する何ものでも無い。

「神は人類発生の遥か以前より、そして人類滅亡の遥か以後までの存在なり。
人類の存在は神の存在に較ぶれば一弾指の間なり。
神といふものを人間の形で考える事は愚な事なり。
形を与へれば限定され、小さなものになる。
神を茫漠たる形でならば自分にも考える事が出来る。」
志賀直哉

一般人なら何故あのような宗教を信じてしまうのかと理解に苦しむ。
彼らは騙すことが目的で人々を救う気持ちは微塵もない団体である。
それどころか反日をうたい日本を陥れる邪悪な団体である。
いくら身内や報道が真実を伝えても脱会しないのは、信者以外は悪魔の集団だから
耐えることが一番の徳を積むという嘘の教義を刷り込んでいるからである。

優しさと安らぎを求める困った人たちを利用して巨万の富を築き上げる。
それに加担した日本の政党自民党の罪は大きい。
彼の宗教団体と同じで裏金作りに奔走するだけの卑しい政治家集団である。

子供達に必要なことはいつの時代にも「やさしさに包まれて」生きる事である。
人間の際限なき欲望が地位と名誉と財産であっても幼き子供達には必要が無い。
あらゆる国のリーダーたちが簡単に戦争を仕掛ける時代である。
ここに崇高な愛の良識が消えたのは何故だろうか?

小さい頃は神様がいて
不思議なことに願いを叶えてくれた。

我々が「Love & Peace & Freedom」で動き出さなければならない時代に入った。
ジョンレノンが「イマジン」を歌い、
マイケルジャクソンが「ヒール・ザ・ワールド」を歌い、
ボブ・ディランが「戦争の親玉」を歌うことによって世界は変わってきた。
反戦運動を叫ぶ活動家の演説よりも一曲の歌の持つ力の方が影響はある。

ボブ・ディランの2ndアルバム「The Freewheelin’ Bob Dylan」(1963年) の
3曲目に収録されている曲です。
強いメッセージが込められたプロテストソングです。
すこし長い歌詞ですが最後までお読みください。

「戦争の親玉」
Come, you masters of war
おい、戦争の親玉ども
You that build the big guns
大砲を造る奴ら
You that build the death planes
戦闘機を造る奴ら
You that build all the bombs
爆弾を造る奴ら
You that hide behind walls
壁の後ろに隠れている奴ら
You that hide behind desks
机の後ろに隠れている奴ら
I just want you to know
お前らに知らせておいてやる
I can see through your masks
お前らの本性などお見通しだ

You that never done nothin’
But build to destroy
破壊行為以外
お前らは何もしないよな
You play with my world
Like it’s your little toy
お前らは小さなおもちゃのように
俺の世界をもてあそぶ
You put a gun in my hand
お前らは俺に銃を握らせ
And you hide from my eyes
俺の視界から身を隠す
And you turn and run farther
When the fast bullets fly
そして銃声が響いたら
一目散に逃げていく
Like Judas of old
いにしえのユダのように
You lie and deceive
お前らは嘘をつき、欺いている
A world war can be won
世界大戦は勝てるんだと
You want me to believe
俺に信じさせる
But I see through your eyes
だけどお前らの視線も
And I see through your brain
お前らの考えも
Like I see through the water
That runs down my drain
下水の水(俺の小便)のように
透けて見えてやがるのさ
You fasten all the triggers
For the others to fire
Then you set back and watch
お前らは自分の引き金は固定しておきながら、
他人には平気で発砲させ
自分は後ろで眺めている
When the death count gets higher
死者の数が増えたなら
You hide in your mansion
お前らはお屋敷に身を隠す
While the young people’s blood
Flows out of their bodies
若者たちの遺体から
血が流れ出し
And is buried in the mud
泥の中に埋められていく、その間にも
You’ve thrown the worst fear
お前は最悪の恐怖を振りまいた
That can ever be hurled
Fear to bring children
Into the world
お前の恐怖が世界中の子供たちに
振りまかれたんだ
For threatening my baby
Unborn and unnamed
まだ生まれてもいない、名前さえついていない
俺の赤ん坊を脅かしている
You ain’t worth the blood
That runs in your veins
お前らに赤い血が
体に流れる資格は無いぜ

How much do I know
To talk out of turn
俺が身の程知らずな
口をきいてる事はわかる
You might say that I’m young
お前らは俺をまだ若造だと言うだろう
You might say I’m unlearned
学が無いと言うだろう
But there’s one thing I know
Though I’m younger than you
確かに俺はあんたより若造さ
Even Jesus would never
Forgive what you do
だけど神様だって
お前らの事は許さないはずだ
Let me ask you one question
一つ訊きたい事がある
Is your money that good
そんなに金って大切かい
Will it buy you forgiveness
Do you think that it could
金があれば許してもらえると
思っているのかい
I think you will find
お前らはきっとわかるだろう
When your death takes its toll
お前らの死が代償を払う時
All the money you made
お前らが稼いだ金でも
Will never buy back your soul
魂は買い戻せないと

And I hope that you die
お前らは死ねばいいのさ
And your death’ll come soon
もうじきその時がやって来る
I will follow your casket
By the pale afternoon
薄暗い午後に
俺はお前らの棺桶についていく
And I’ll watch while you’re lowered
Down to your deathbed
お前らが葬られるところを眺めて
And I’ll stand over your grave
‘Til I’m sure that you’re dead
お前らの死を確かめるまで
お前らの墓の上で見張っているんだ

Written by Bob Dylan

高校生の時にこの曲と出会って必死に覚えました。
ギターで練習をしてハーモニカースタンドを手作りして首から下げて歌いました。
大学生の時に反戦のデモ隊から頼まれて大声で歌ったことが懐かしいです。
正に、今このような歌が必要なのです。

子供達を守りやさしさで包むように音楽家たちが立ち上がる時です。


自信を持つ




自信を持つことと過信することは違います。
私のブログでも常に挑戦が素晴らしいと書いていますが気をつけることがあります。
誰もやっていない事に自分一人で挑戦して大きな結果が出た時に落とし穴があります。
それはこうすればうまく行くのだと勝手に記憶に刷り込まれてしまう事です。
何回かこの状況で成功すると知らないうちに「過信」が育ってくるのです。
自信よりも過信が増えると真実の声が聞こえなくなってくるのです。

その対処法は「謙虚」しかありません。
謙虚になると他人の言葉がよく聞こえるようになり、見える景色も大きく広がるのです。
私がプロデューサー時代、自分一人ではヒットは出せないと思いつつも、
忙しくて他人に対する「思いやり」の時間を作れなくなってしまったのです。
いつしか裸の王様になり人の話を聞けなくなっていました。
ある時、先輩のプロデューサーから稲葉が「実るほど頭を垂れる稲穂かな」が、
分かるようになれば幹部社員に推薦するのにもったいないとも言われました。

謙虚は失敗から学ぶことが多く抜き差しならぬ状況になって初めて気づきます。

常に見栄を張り湯水の如くにお金を使い、自分よりも収入の多い人たちに
ご馳走して六本木や青山・原宿と毎夜歩き回っていました。
プロデューサーとしては情報収集のために当然の行為と勘違いしていたのです。
家族も友人も過信には気づいているのですが止めることは出来ません。
成果が上がっているし、マスコミにも注目されているし、収入も増えているので
ブレーキが掛からなくなっていたのです。

「躓いて初めてわかる人の声」

もっと肩の力を抜いて一歩下がってもヒットは作れたと思います。
新しい時代の音楽を作るのだという意気込みが勘違いの原因でした。
自然界では水を生み出す雲が重要な役割を担っても偉そうにするわけではありません。
そんな時にこの禅語に出会いました。

「行雲流水」
これは禅語で、空行く雲や流れる水のように澱みなく、一定の形をもたず、
深く物事に執着しないで自然の成り行きに任せることとあります。
行雲流水は決して「自由奔放に行動することがよい」と言っているわけではありません。

一般には細かいことは気にしない、ありのままを受け入れるという意味で、
使われることが多いです。

茶道では、山や岩にぶつかっても形を変えてするすると動いていく
雲や水のように、起きたことにも柔らかく対処していく心構えを示すことも
あります。

雲は山にぶつかり雨として降り注ぐと、川を流れて海にたどり着き、
水蒸気となって再び空を行く…。水の循環を魂の巡りに重ね、
禅では輪廻という解釈も。さらに、恐いものと考えがちな死や老いを自然の
流れだと受け入れて、気持ちよく年を取っていく道理を説いているという
考えもあります。

また「和光同塵」 (わこうどうじん) 慎みという美徳「老子」
個性や自己主張をアピールして、自分を立派にみせることが現代流の生き方で、
それが主流のようになっています。現代は少しでも他人よりすぐれ、
自分の長所を磨き抜きん出ることが評価されているようです。

あからさまな自己主張の時代に失われてゆくのが、謹みや謙虚さ、
奥ゆかしさなどです。派手な光を放つことはないけど、いぶし銀のような
深みのある人、ピリッと鋭い意見をさりげなく言えるような人は
少なくなっています。

こんな時代だからこそ、見直したい言葉が「和光同塵」です。
老子は「その光を和らげてその塵に同ず」と言いました。
「和光」とは自分が勉学、修行によって得た道徳性や知性、才智の輝きを和らげ、
顕(あらわ)にしないこと。
「同塵」とは塵やゴミに汚れた現実世界に同化すること。

聖人であっても、悟りを開いた禅師であっても、その学徳や才智を表面に出さず、
俗塵の中にまみれて衆生済度をするという意味です。と記されています。

禅者のようにいかないまでも、私たちにも出来ることはあります。
自分の行いを自慢せず、謙虚に奥ゆかしく、困った人や助けを必要としている
人たちにささやかでも役に立つことをする。

私はその昔プロデューサーになりたての頃、ある雑誌の編集長から言われた言葉が
あります。一流のプロデューサーになるためには、
「電車の乗客を見て物語が書けるようにならなければなりません」
働く女性を見て彼女はどのような人生を送っているか、疲れた中年の男性を見て仕事は
何か役職にはついているのか、子供連れの母親を見ていま幸せなのかと考えるのです。

私は一生懸命車内を見まわしました。その時に気付いたことがあります。
電車の中の誰もが疲れていて楽しそうではないことにです。
見た目だけでは分からない苦しみを抱えてみんな頑張っているのだという事をです。

少し肩が当たっただけで怒る人、バッグが邪魔だと怒鳴る人、高齢者に席を譲れと
文句を言う老人を見て、寂しくもあり悲しい気持ちにもなりました。

それらの風景を見ていつか心を癒せる文章が書ければ良いなと思っていました。
常に音楽プロデューサーとして見たこと、聞いたこと、感じたこと、学んだことを
書き続けて来たのです。誰かの評価を期待していたわけではありません。

そのような経験を経て「恩学」が誕生したのです。

数年前から私は出せる範囲の中で子供達への寄付を続けています。
そしていくつかの団体の理事としても所属しています。
私を必要としてくれる人がいる限り参加するようにしています。
残りの人生は恩を返す人生ですから。

色々な講演会の依頼もあります。無理がないところでお引き受け
させていただいています。感謝でしかありません。

新しいプロジェクトの参加要請も来ています。
村おこしを兼ねて若者たちを育成する養成所の話です。
きっと私の「恩学」が教科書として役に立つと思います。

死ぬまでワンサード精神を貫きとおします。
3/1は自分の為に、3/1は自然の為に、3/1は未来の子供たちの為に
「あとから来る者のために」出来ることはすべて行いたいと思います。


無思考・無関心




何も考えない、何も求めない、たまには人間を離れて人に還ろう。
人間は意識の動物、人は無意識の動物、魂の赴くままに行動しよう。
昨日は昨日、明日は明日、全ての存在を否定して、今を生きる。

何故、人間は、誰しも身体は洗っても心を洗おうとしないのか。
生きることが精一杯で外見を良くして中身を洗うことを忘れてしまっている。
頭の中は常に上位を目指し、財産を増やし、快楽に溺れ、欲望に捕らわれている。 

煩悩まみれになって外見は幸福でも内面は地獄のことが多いのです。

我々は安っぽい知識(常識)に支配されて権力者の操り人形になっている。
学校で嫌というほど社会に従うことを教育されてしまっているからです。
経済不況だから右手をあげて、戦争が始まりそうだから左手をあげて、
AI時代になるから両足を挙げてと、思うがままに振り回されている。

健康な老人まで安心のために朝からサプリメントを大量に服用する。
老人達は歩けば健康に良いからと寒風雨吹き荒ぶ中徘徊している。
意識は健康の事ばかりなのでクリニック通いが日課となる。
製薬会社や医者から脅されてありもしない病名を言われて更に病院通いをする。
「減るのは貯金残高、増えるのは診察券」笑い事ではない。

自分が「自分という存在」に自信が無いから世の中頼りになって騙される。
言いたいことを言って、好きな場所へ行って、食べたいものを食べて、
数着のお気に入りの服があり、お芝居や音楽会へ行ければそれで十分満足である。
それがフランス流の生き方である。彼らはいつもセラヴィー「これが人生さ」という。

たまには芸術作品に触れ、哲学的な話をして、綺麗な川のそばを歩ければ良い。
老人は経済的な心配も、健康の心配も、孤独の心配も、合わせて3Kあるが、
最後まで人を好きになり、オシャレして、わがままに暮らしても良いのでは
無いか。わがままこそ老人に与える最高の福祉である。

誰しもが思考に縛られるから悩みに纏わりつかれて身動きができなくなる。
個人の欲求を満たすために酒やギャンブルやモバイル中毒に溺れる。
そこに答えがないのにいっときの快楽が救いの神だと勘違いをしている。
目的もなく「生きるために生きる」のは結構辛いことである。

「思い邪無し」(おもい、よしまなし)と読みます。
『論語』にある言葉です。

「思い邪無しというのは、道徳思想を説いている論語のことばです。
これが禅の世界で使われると、思いというのは人間のいろいろな想念、
邪(よしま)とは分別の心を表わします。

つまり人間の想念の中に分別の心がなくなったことを表わしています。
それが「大悟徹底」の心境です。

道徳的にいわれる善とか悪とかの悪を思わないということでは決してありません。
仏教的な意味で、それこそ善いことも悪いことも全部超えてしまったところを、
思い邪無しということばで表現していますが、そこまで徹底しないと、禅でいう
心の本当の姿を自覚することはできません。」

思いそのものは生きている限り消えてなくなることはありません。
そこに分別の心がはたらくのがよくないというのであります。
もっとも、分別もなくしては生きていけませんので、禅では一度「無分別」を
体験して、その上で、自在に分別をはたらかせてゆくことを説くのであります。
邪(よしま)な心というと、仏教ではなんといっても「煩悩」を思います。
円覚寺 官長横田南陵「今日の言葉」より

お金があればお金がある暮らしをして、お金が無くなればお金がない暮らしをして、
悩みながらあるがままの暮らしをしていけば良い。今あるもので満足すれば良い。
そのような考えに至るのは心の洗濯を忘れないことです。

そろそろ人間を解放して人に戻ることをしなければ、
短い人生の中で個人の存在がないままで消えていくことになる。
無思考・無関心の学びを取り入れるべきである。

縄文時代は、昼間は人の時間、夜は神(妖怪)の時間とされていた。
人間が光を作り出してから夜遊び(悪行)が横行するようになった。
文明は破壊をもたらし、文化は創造を作る。文化とは人間の知恵である。

「高齢者の田舎暮らし」
自然の中では都会の高齢者は暮らせないという常識を変えるべきである。
買い物の不便さや、病院の不便さは、地元の若者たちと解決は出来ます。
今やドローンが活躍する時代です。AIも解決のために仲間になります。
あれこれ思考する人間をやめて、欲望に無関心になり、
自然と共に人を取り戻しましょう。

人間的な知識を頼りしすぎて怖がるのはよしましょう。
文明社会の欲望にも無関心になりましょう。
これからの人生を心の洗濯も兼ねて第六感の旅へと出かけるのです。

仏教では「無分別」という教えがあります。
知識であれやこれや考えるのを止めて人本来の姿に戻りなさいという事です。
心の洗濯をすればスッキリしますよ。

年末年始の大切な時間に「心の洗濯」をしてみてはどうでしょうか?
良い年をお迎えください。


世間流より自分流




自分の意思を貫き通さないから世間に歩調を合わしてしまう。
経済的な安定を求めて無難な道を選んだのが満足は得られなかった。
医者が聞く、死ぬ間際の言葉として「もっと好きなことをやっていれば良かった」
というのが上位に出てきます。世間や会社に合わした人生で
自分の意思を通さなかったのが悔やまれるということです。

皆様はどうですか?自分流を貫き通していますか?

若い時ならいざ知らず社会に出てからは世間流に合わせるしか無いですよね。
会社での与えられる仕事は拒否権は無く従うしか無いので自分流を出せない。
やりたいことが沢山在ったはずなのにいつしか社畜になり果てる。
学校で習った勉強が活かされずにいつもスタートラインに立たされる。
高校・大学の7年間で学んだことは意味がなかったことに気づく。

そんな中でも自分流を貫き通しているスタートアップ企業の経営者もいます。

① 会議で地方から来た研修生のために友達と寝袋(エアーベッド)を提供する
事業からAirBnBは生まれました。今や3兆円企業として運営されています。
世界の空き部屋シェアーサイトの会社です。
現在12カ国にオフィスを構えてまだまだ躍進を続けています。

➁ ネットで販売する靴の会社のサービスが話題になりブランドとして認められて
アマゾンが12億ドルで買収したザッポス。電話で顧客と話し合って商品を選定
する。自社の商品に無ければ他社の商品まで見つけて紹介する。
数々の「伝説のサービス」で顧客満足度No1の会社です。

② 中国では北京大学の学生が広い校内を自転車で行き来できるように考えて、
貸自転車モバイクが生まれました。今や世界最大の自転車シェアリングの
事業者になり、中国の美団点評が34億ドルと評価して買収をした会社です。
町中に置かれた自転車をアプリで開錠して乗り捨てが自由なシステムです。

どの事業も時代を揺るがす成功企業として認められたのです。
自分たちのできることを自分たち流にアレンジしたアイデアで成功したのです

一部の少数派が、たまたま運が良くて上手くいったのだ。
普通は怖くてできないよなと考える人は自ら世間流を選んでいるのです。
私がCBSSONYに電話一本で入った経緯を説明しても、たまたま偶然で稲葉だから
出来たことで我々は無理だよと諦めてしまう人も世間流です。

自分流は冒険も挑戦も苦手だし嫌いだという人には勧めることはないのですが、
死ぬ間際に「もっと好きなことをやっていれば良かった」と
くれぐれも後悔しないようにしてください。

学生時代を無事に過ごし、社会へ出ても順調に出世しているし、家庭も円満だし、
何も問題が無い。あまり世間には同調しないで、自分なりに過ごすことができれば
良いと考えている人には自分流を勧めます。
どの時点で満足するかではなく、何処にたどり着き満足するかが重要です。

また無理に挑戦などしなくて済むのならそれに越したことはありません。
先祖から続く家柄もよく資産もあるという方には冒険は進めません。
しかし一度でも良いので鎌倉時代から江戸から明治までの歴史を調べてください。
日本はどのようして作られてきたのかと関心は持つべきです。
金持ちが作るディープステートがあらゆる出来事に援助を行っていたのです。

自分流でも世間流でもなく、もう一つ「時世流」という考え方も必要です。
今の世の中を見据えて未来をどのように作るかを考えて欲しいのです。
これは自分のためにではなく未来の子供達の社会を作るために、
やらなければならない大人の義務です。

「時世流」とは戦争、飢餓、自然破壊、自然災害、経済危機、家庭崩壊、疫病、貧困、
今、全世界で起こっていることを眺めるのではなく身近に感じることです。
その為にどのような形であれ行動に起こさなければ手遅れになります。
大人の動きを子供達は窺っているのですよ。
今の子供達は大人が思うほど子供では無いですよ。
コンピュータで鍛えたデジタル脳で反論してきます。頭の良い子が沢山います。

現在、私は「老人と孫」の対話討論のゲストとして参加しています。
お誘いしてくれた主宰者の代表から聞いた話に共感したのです。

日本の童話で物語の中に登場するのはほとんどが主人公とお爺さんとお婆さんです。
不思議なことにお父さんとお母さんが出てきません。
昔は相談事や悩みの解決は全部子守役であるお爺さんとお婆さんに聞いていたのです。
桃太郎やかぐや姫も桃や竹から生まれてきて両親不在です。

現代でも子供達は悩み事をお父さんとお母さんには言いません。
直接両親に相談するのはいろいろな面倒なのですることはしません。
親には自分の弱みを見せたくないのです。
(これは生物学上当たり前で子供は親を乗り越えようとするからです)

だから我々のような老人(70歳以上)が孫からの相談事を聞くのです。
老人からの回答を聞いて人生の方向性を決める参考にして欲しいのです。
父親は争いに勝つ方法を教えます。老人は争わず平和について教えます。
世界中の老人が孫の話を聞くことになると戦争は起こらなくなるのです。

孫たちはデジタルネイティブですから社会のことと人間関係は本能的に理解しています。

我々は学校ではないので最初から決して教えることはしません。
孫から相談事を受けて解決に導くだけです。
あくまでも孫たちを中心に物事を進めていきます。
孫たちが計画したことに組織の紹介や資金の提供や、海外のネットワークまで、
フォローしていけるように考えています。

今の世間は決して誉められる世の中ではありません。
こんな世の中にしたのは政治家と教師と大人達です。
長いものに巻かれる考えの世間流は終わりにした方が良いのです。
新時代はAIと融合して自分流を追求できる社会にしていきたいと思います。

2024年は辰年(ドラゴンイヤー)
全ての計画が上手くいく12年に一度の年です。
皆様も輝く新時代に自分流で活躍するように願っています。

我々の来年の合言葉は、
「Love & Peace & Freedom」です。


女優と読書




「芦田愛菜」天才子役は只者ではない。
現在慶應義塾大学大学院法学研究科・法学部に在籍
子供の頃の面影を残しながらも親しみやすい笑顔は健在である。
最近ではテレビコマーシャルで見ない日はないほどの売れっ子である。
同じように綾瀬はるかもテレビコマーシャルで見ない日は無いのですが、
彼女の魅力は役になりきれることと映像映えがすることです。
これは女優にとってとても大切なことです。

その昔、国民的女優の吉永小百合が大学受験を発表した時には、
女優に学問は不要という風潮があった。1965年(昭和40年)
大学入学資格検定に全科目合格は出来ていなかったが、
早稲田大学に高卒と同等以上の学力があると認められ、
早稲田大学第二文学部西洋史学専修に入学。
(俳優業多忙のため、精華学園女子高校は中退していた)

「芦田愛菜天皇陛下即位に対する祝辞」
2分半のスピーチを披露(一部抜粋)

陛下は松尾芭蕉の「奥の細道」をお読みになったことがきっかけで
水にご関心を持たれ、長きにわたってご研究をなさっているとお聞きしました。
そして、水を通して世界のさまざまな問題をとらえ、
そのことが平和につながるとのお考えをお持ちであると知るに至りました。

私も大好きな読書を通じ、知識を得ること、そしてその知識を踏まえて、
行動に移す、その事が大切であるのではないかと考えるようになりました。
陛下の御心を受け、どんな事でも思い立ったことは迷わず
実行できるようになりたい、そう思っております。

新元号「令和」は、万葉集からの出典だったという事を知り、
昔の日本の書物から新しい時代の元号が作られるということは、
なんて素敵なことなんだろうと深く感動しております。
古くからわが国に伝わる文化を大切にしつつ、新しい日本へと躍進していく、
そんな時代になっていくことを切に願っております。
最後になりますが、いつまでも両陛下がお健やかであられますよう
お祈り申し上げ、御祝いの言葉といたします。
令和元年 十一月九日 芦田愛菜(15歳)

一説によるとこの文章は芦田愛菜が書いたとされていて、スピーチと合わせて
大変な評価を受けているそうです。芦田愛菜は高校・大学と目指す位置が
明確にあり、仕事と学業を両立させていたのです。
CMは短時間で済むので仕事は受けていたのですが、
ドラマは長時間の拘束があるのでお断りをしていたということです。
今回、大学入学をキッカケに女優業も再開するという事で、
来年はすでに主演ドラマが数本決まっているとのことです。

それと芦田愛菜の読書好きも評判で先日も作家五木寛之と本のことについて
対談を行なっていた。

〔超異世代対談〕芦田愛菜さん × 五木寛之さん 「本は幸せの架け橋」(中編)
 家庭画報「カルチャー&ホビー」から抜粋

文壇の重鎮、五木寛之さん91歳と、俳優にして現役大学生の芦田愛菜さん
19歳。ご本人たちも驚く超異世代対談は、活字中毒という共通項もあり、
72歳の年齢差を感じさせないものに。和やかなやり取りから、
お二人にとっての幸せはいつも、本とともにあることが伝わりました。

五木 取り上げている本が一定の傾向に沿っていなくて、手あたり次第というか、
雑ないい方をするとそうなるけど、よくいえば、ものすごく幅広くて、
その偏見のなさに感動しました。『古事記』や『日本書紀』から始まって、
『赤毛のアン』もあれば、村上春樹さん、百田尚樹さんの本もあり、
古典も現代も、右も左も関係なく読んでらっしゃる。
その幅の広さにはびっくり。

芦田 恐れ入ります。確かにやや手あたり次第に読んでいるようなところは
あるかもしれません。

五木 今の学校教育だと、どうしても、読む本の傾向が決まってきてしまう
ものなんですけどね。遠藤周作さんが対談のとき、「自分がいちばん幸せだと
思うのは、子どものときに、あれは読んじゃいけない、これはダメと、
一切いわれなかったことだ」とおっしゃってましたけど、そういう意味で、
芦田さんは自由にのびのびと、いろんな本を読んでらっしゃるから、
ほんとに幸せだと思うな。

芦田 私は今大学生なのですが、先生はどんな大学生活を送られましたか。

五木 僕は1952年に大学に入ったんですが、当時の学生はみんな貧しくて、
生活していくのが大変でね。親の援助がある人も、少ない仕送りのなかで
1か月間、どうやりくりするか頭を悩ませていて。そういうフィジカルな
問題で、みんな必死でした。当時、皇居近くに学生援護会という団体の
建物があってね、朝の6時、7時に行くと、その日のアルバイトを斡旋して 
もらえたんです。でも、大勢集まるので、なかなか全員にはいきわたらない。
あぶれると、製薬会社に血を売りに行ったこともある。
200ccで400円くらいだったと思うけど、比重が足りないと断られることも
あってね。血を買ってもらうのもダメかと肩を落として帰ったこともあって。

芦田 今の私たちには想像ができないです。

芦田 私は本を開くと、別の世界にいける気がするというか、なんかこう、
   没頭できるところが好きで読んでいる気がします。よく、「悲しいときに
   読みたくなる本は何ですか」といった質問をされるんですが、
   あまり思いつかないんです。私はこういう気持ちのときはこの本を読む、
   といった見方で、本をとらえたことはないかもしれません。

五木 そう、本はそんなに便利な道具じゃないですからね。読んだことで、
   かえって気持ちが沈んだり、暗くなったりすることもあります。
   今、ドストエフスキーがすごく人気だけど、落ち込んでいるときに励まして
   もらおうと思って読んだら、かえってつらくなる人もいるかも。

芦田 そうですね。ただ、テーマが重い本でも、「自分はこのテーマを
   どう思うだろう」と考えながら読むと、落ち込むことはないので、それが
   本の不思議なところだとも思います。私にとって読書は、用意された食事を
   食べるのではなく、材料だけ用意されていて、好きに調理していいよ、
   といわれている感覚なんですね。だから、その本の世界に浸ることも
   ありますが、それ以上に、自分が本の内容について考えることで満たされる
   気がします。

芦田愛菜(俳優)2004年兵庫県生まれ。5歳でドラマ『Mother』に出演し、脚光を
浴びる。『マルモのおきて』で連続ドラマ初主演。現在、映画、TV、CM等で幅広く活躍中。

第34回日本アカデミー賞新人俳優賞、第54回ブルーリボン賞新人賞ほか受賞歴多数。

15歳で初の著書『まなの本棚』を上梓。

五木寛之(作家)1932年福岡県生まれ。早稲田大学文学部ロシア文学科中退。
1966年『さらばモスクワ愚連隊』でデビュー。1967年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞受賞。

代表作に『青春の門』『大河の一滴』『親鸞』など。『七〇歳年下の君たちへ』は高校生、大学生との対話集。近著に『新・地図のない旅』(全3巻)。

家庭画報「カルチャー&ホビー」から抜粋

私は子供の頃は勉強もせずに家の手伝いばかりしていました。
全校生徒550人弱(当時は1クラス40数人が当たり前で、12クラス~13クラス)中、
成績はいつも250~280番目だったと記憶している。
勉強もせずにそれなのによく高校も大学にも入れたものです。
1972年に英国から戻りCBSSONYへ入ってからは音楽誌、情報誌、業界誌、
ベストセラーの本、本屋の山積みの本も、海外のファッション誌も、映画雑誌まで
手当たり次第読んでいました。

しかし読書狂いになったキッカケは2000年に人生最悪の危機迎えた時からです。
哲学書、宗教本、偉人伝、歴史本、ビジネス本などジャンルを問わずに
多数読み漁りました。ハーバードビジネスレビューはほぼ全集読み終えたと思います。
不思議なことに今まで使っていなかった脳が、スポンジが水を吸うように読書内容を
吸収していったのです。脳は年齢に関係なく記憶できることに自分で驚きました

読書の面白さは作家が意図する世界へタイムトリップが出来ることです。
そこから中心人物に乗り移り思索の世界へ誘われることです。
時代背景や人物の生き方や物事の捉え方に、関心が高まれば昼夜問わず
一気に読み終えることにしています。

私の特技は同時に4〜5冊読めることです。そうすることで内容と文字に飽きが
こないようにしています。誰よりも早く大量に読むことによって、自分の人生の価値観や
過去の過ちを調べたかったのも要因としてあります。
読書はお芝居を見ると同じで映像が目の前に現れます。夢で何度も再現されました。
私の人生は本なしでは存在しなかったと思います。
皆様も今月は何冊読むぞと目標を決めて読書に努めてください。
きっと人生の役に立つことだと思います。

素晴らしい女優の演技を見るような気分で読み始めてください。


耐えるところから




幼い時に寺の住職から言われた言葉です。
「真珠はな、あこや貝の稚貝が石ころを飲み込んで、貝殻やサンゴの破片を飲み込んで、
痛さに耐えて時を経て光り輝く真珠になるのじゃ。
お前も人生の試練を早くから経験して、それに耐えてこそ立派な人間となるの
じゃ、頑張れよ」
子供の時に不遇だった自分の人生を嘆いていた時にかけられた言葉でした。
絶対に不幸だからと言って悪の道には入るまい、
この不遇を活かして成功するのだと決心した瞬間でした。

私たちの時代は未だ儒教の「男女席を同じにせず」の風潮が残っており、公で恋愛を
することはありませんでした。目を合わせるのに一年、会話するのに2年、手を
握るのに3年はかけていたのです。そのためにハイネやゲーテ、北原白秋、などの
詩集を購入して自分なりの表現を探したのでした。

その当時流行ったのが「交換日記」です。クラスの思いを寄せた人へ
お願いをして「交換日記」をしたのです。
友達も親も知らないところでの秘密のやり取りは、まるでシェークスピアの演劇の
主人公になったようでとても興奮しました。
人を愛するとは気持ちを抑えて耐えるところから始まるのです。

山本常朝「葉隠」忍ぶ恋(しのぶこい)

「恋死なん、後の煙にそれと知れ、つひにもらさぬ中の思ひは」
恋い焦がれたまま死のう。最後まで告白しなかった胸の内は、自分の亡骸を焼く
煙を見て、それと知ってください。

忠=真心」+「義=正しい行い」=真心をもって正しい行いをすること、
正しいと信じる事に真心をもって尽くすこと、というような意味合いになります。
むしろ、主君が間違った方向へ進もうとするなら、命をかけてお諫(いさ)めする
ことこそ「忠義」本来の意義であって、主君への盲信などは、媚びへつらい
として嫌われていたようです。
そういう視点を持ってみた上でこの和歌を読んでみると、「忠義」というものが
ほんの少し身近に感じられたりしませんか?

「好きな家族のために」とか「愛する人のために」とか、時には「仲間のために」、
「自分の属する組織のために」、そして「故郷のために」など、偶然か必然か、
自分が属する世界や、その中にあるものを守りたいというような感覚は、
誰にも少なからずあるものでしょう。

そういうもののために「何かしら役に立ちたい!」と思うこと。
絶対的主君とその家来という関係の中ではなく、もっと根本的な「愛」の中に
本来の「忠義」はあるのだと思います。

偉大な芸術家や作曲家も耐えるところから作品を作り出していたのです。

モーツァルトの例え
「交響曲第3番変ホ長調」は、モーツァルトの作品だとされてきましたが・・・
1912年他人の作品を移した写譜だということが判明しました。
ロンドンで出会ったカール・フリード・アーベルの作品でした。
同時代の作家を写譜したのは、インスピレーションを高めるためで、
一生努力していたようです。

どんな曲でも真似したり、自分のものにできる・・・色々な場所で、多くの作曲家の
影響を受けるモーツァルト。
ロンドンでは他に・・・ヨハン・クリスティアン・バッハに夢中に。
パリではヨハン・ショーベルトの曲を研究。
イタリア・ボローニャでは、マルティーニ神父と出会い、彼の収集している膨大な
楽譜を研究しました。

後にモーツァルトは・・・
「旅をしない人は、全く哀れな人間です
 凡庸な才能の人間は、旅をしようとしまいと凡庸なままです。
 でも、優れた才能の人は、
 (僕自身それを認めなければ、神を冒涜するものです。)
 いつも同じ場所にいれば駄目になります。」
と言っています。

モーツァルトは、貪欲に研究し、絶え間ない努力をしていたのです。

伊東若冲の例え
「若冲が個性的というのは、誰もが感じられることだと思いますが、どれほど
個性的だったのか理解しようと思ったら、彼が何を参考にして自分の絵をつくって
いったのかを知る必要があります。ふつう模写をすると、模写の絵は死んでしまう
のですが、若冲が模写すると原本よりも生き生きとしたものになる傾向があります。

それは、自然を生命力のあるものとして描きたいという気持ちが若冲にはあって、
それが模写をしても彼の絵に現れてくるのだと思います。若冲の絵は、ニセモノを
つくるのがとても難しいんです。マネして描こうにも、肉眼でできる最大限の細かい
描き込みがあるからです」

青物市場の裕福な問屋の跡取りとして生まれた若冲は、40代で家督を弟に譲るまで、
家業を継いで働いてもいた。マーケットの、生き馬の目を抜く世界でのストレスを、
現実にはない美を追求することで、若冲は精神のバランスをとっていたのではないかと
考える。

山本常朝「葉隠」の例え
万治2年(1659)生まれの佐賀藩士で、「葉隠」の口述者。通称神右衛門。童名不携。
市十郎、権之丞とも名乗った。佐賀藩士山本神右衛門重澄が70歳の時、その末子として出生

。重澄は中野神右衛門清明の3男で山本助兵衛宗春の養子となり、山本家を継いだ。

幼少の頃の常朝は、20歳以上は生きながらえることはできないだろうといわれるほどの
虚弱な体格の持ち主だった。しかし、臨終の病苦に耐えて呻き声を出さなかったほどの
剛の者の父重澄は7歳の常朝に武者草鞋をはかせて、小城市三日月町の勝妙寺までも
墓参に赴かせるほどのスパルタ教育を行なった。

常朝は9歳で佐賀藩2代藩主鍋島光茂の御側小僧になり、次いで小々姓、成人後は
御傍役、御書物役となり、光茂に近侍した。
その間、儒教、仏教の造詣深く、当藩第1の碩学とうたわれた元佐賀藩士石田一鼎宣之の薫陶を受けた。

一鼎は、そのころ松梅村下田(佐賀市大和町下田)に閑居していた。

また、同村松瀬の華蔵庵にいた禅僧湛然にも師事した。元禄13年(1700)藩主光茂が
没すると、常朝は出家剃髪して金立山麓の黒土原の草庵に隠棲した。
佐賀藩士田代又左衛門陣基がその庵を訪ね、宝永7年(1710)から7年間をかけて、
常朝の談話を筆録したのが、「葉隠」の中核となった。
常朝の法名は旭山常朝、墓は、佐賀市八戸の龍雲寺にある。

ワンピースの例え
大人気の『ONE PIECE』で知られる尾田栄一郎さんが「嫉妬した漫画」について
取り上げた。尾田さんの出演はならなかったが、アンケートに直筆で回答してもらえた
ことによりその作品が明らかとなった。

尾田さんはネットで面白そうな漫画を調べては購入して読むという。
原稿の締め切りが迫っていたある日、気分転換に1、2巻読むつもりだったところ
「全巻読んでしまって、こっちが原稿を落とすところだった」
「グイグイ引き込むんじゃないよ! 冗談じゃない!!」とまでに彼を夢中にさせた
作品こそ、新川直司さんの『四月は君の嘘』だった。

「雰囲気のある1カット…次のコマに目をやるのがもったいないくらいイイ」と
絶賛するこの漫画は、神童と呼ばれる中学生ピアニスト・有馬公生と同い年の
ヴァイオリニスト・宮園かをり、2人の恋と音楽家としての成長を描いたもの。
なかでも尾田さんは「聞こえる音楽、漫画の苦手ジャンル“音楽”の表現がまあ見事」と
ヴァイオリンの音色を絵で表現した1カットを示した。

日本のみならず海外のファンも多い『ONE PIECE』の尾田栄一郎さんがその表現力に
嫉妬したのだ。「『四月は君の嘘』公式(shigatsuhakimi)ツイッター」では、
放送後に原作担当者が「尾田栄一郎先生が嫉妬した作品として紹介されました!!」
「それにしても、話を伺ったときにはびっくりしました」と明かしている。

最後に「鋼は叩かれて名刀になる」例え
私のところへ沢山の相談事が持ち込まれます。その中でも多いのが中小企業の社長さん
だった。ある時経営不振から倒産を余儀なくされた社長さんがお見えになりました。
私は詳しい事情を聴いてから一言「善かったですね」と答えたところ社長さんは
激怒されました。毎日・毎夜借金取りが押しかけてその対応に苦しんでいるのに
何が「善かったですね」だと興奮して席を立ちあがりました。

もう一度席に戻っていただき同じ経験をした私のいきさつを詳しく話をして、
最後に「鋼はハンマーに叩かれて名刀になる、叩いているハンマーは幾ら叩いても
名ハンマーにはならない」。今は叩いている人に「ありがとう」と言葉を伝えるだけで
いいのですよ。「ありがとう」と言われたら取り立てに来た人も、返済で追い込むことは
しなくなります。社長さんは涙を流して笑いながら帰っていきました。

耐えるところから人生が磨かれます。みなさまも耐えてより良い人生をお過ごしください。


無駄の論理




有意義だと思うものばかり追求する人生。
無駄をなくして効率よくできたと得意顔をする大人達。
お金も時間も人間関係も有意義なことしか頭にない。
学習とは無駄をなくして有意義にすることなのか?

人生の目的が有意義な図面通りに作られるのなら何のための人生なのか分からない。
これでは生成AIに自分たちの人生が乗っ取られてしまう。
人間は自由な発想のもと予測不可能なことをするからAIに負けないのだが、
予測通りなら必ず生成AIに乗っ取られてしまう。

「好奇心」も「疑問」も有意義な生き方をする人達にとっては無駄なのである。
それは常識という辞書の中には無駄を奨励していないからである。
つまらない、本当につまらない、無駄のない人生なんてつまらない。
結果が分かっている人生を過ごしても悔いは残らないのだろうか?

そんな有意義を尊ぶ大人達が大きな過ちを犯している。
自民党議員のキックバック問題、女性議員のエッフェル塔問題、県会議員の
パワハラ問題、ダイハツの不正部品問題!ビッグモーターの不正請求問題など
枚挙にいとまない。世の中、真面目人間ほど不真面目な人間はいないのである。
有意義を主張する人間ほど不正が多いのは何故だろうか?
自分達が犯した罪は裁かれないと勘違いをしているのだろう。

科学者も芸術家も音楽家もみんな無駄な人生を真剣に生きている。
疑問を持つことが現状を進化させる最良の方法だと知っているからである。
未知の領域では失敗が当たり前で笑われても気にすることは無い。
子供の時の道草と同じで遊びながら好奇心を育てている。
星を見れば天体に興味を持ち、草花を見れば植物学に興味を持ち、野球を見れば
大谷翔平に興味を持ち、将棋を見れば藤井聡太に興味を持つのである。

音楽プロデューサーは無駄な発想のもとに生きている。
世代に応じた旬の音楽は何かをいつも考えている。
若い子たちの会話の内容も聞き耳を立てて参考にしている。
日本で最初に売られた携帯電話も持っていた。
話題のレストランへは足繁く通ったのである。

そうして集めた情報を参考にして何枚もアルバムを制作してきた。
素晴らしい楽曲もヒットしたら文化になるがヒットしなければただのゴミになる。

私の一番の無駄は大学へ行ったことである。
人生の一番輝く時にアルバイトばかりして、ギリギリの旅費で英国へ行った。
そして多くの時間を費やしてロンドンへたどり着いた。

ロンドンでは週に何回かレストランの皿洗いをして音楽の勉強をしていたのだが、
もっと効率よく英語も勉強して音楽の勉強も出来たはずである。
あえて、無駄な道を選んだのは自分の好奇心を信じていたからである。

単独でライブハウスへ行き、コンサートへ行き、楽器屋へ行き、アーティストフェス
へ行き、ミュージカルへ行き、出会いのチャンスを楽しんだ。

あらゆる好奇心に理性が負けたのである。無駄な時間を楽しんでいたのである。

休みの日にはポートベローへ行って古着を買い、美容室サスーンでヘアーカット
のモデルをしてカット代をうかしていた。歯が痛くなればロンドン大学の歯科医療部へ
行って無料で治療をしてもらった。勿論、インターンの医者達に簡単に虫歯を抜かれるのは
苦痛を伴った。また、小遣い稼ぎに地下鉄の通路で歌も歌っていた。
貧乏に無駄はつきものであるが、その対価として智慧が付くことは確かである。
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ただ無駄をおろそかにしなかっただけである。

篠田桃紅  
「107歳になってわかったこと」

人は、用だけを済ませて生きていくと、真実を見落としてしまいます。
真実は皮膜の間にある、という近松門左衛門の言葉のように、
求めているところにはありません。

しかし、どこかにあります。
雑談や衝動買いなど、無駄なことを無駄だと思わないほうがいいと思っています。
無駄にこそ、次のなにかが兆(きざ)しています。

用を足しているときは、目的を遂行することに気をとられていますから、
兆しには気がつかないものです。無駄はとても大事です。

無駄が多くならなければ、だめです。
お金にしても、要るものだけを買っているのでは、お金は生きてきません。
安いから買っておこうというのとも違います。
無駄遣いというのは、値段が高い安いということではなく、
なんとなく買ってしまう行為です。
なんでこんなものを買ってしまったのだろうと、ふと、あとで思ってしまうことです。

私の日々も、無駄の中にうずもれているようなものです。
毎日、毎日、紙を無駄にして描いています。
時間も無駄にしています。
しかし、それは無駄だったのではないかもしれません。

最初から完成形の絵なんて描けませんから、どの時間が無駄で、
どの時間が無駄ではなかったのか、分けることはできません。
なにも意識せず無駄にしていた時間が、生きているのかもしれません。
つまらないものを買ってしまった。
ああ無駄遣いをしてしまった。

そういうときは、私は後悔しないようにしています。

無駄はよくなる必然だと思っています。
もし仮に、無駄のまったくない人生を生きてきた人がいたとしたらどうだろう。
やることなすことすべてうまくいき、日の当たる場所や、近道だけを選び、
効率的で全く無駄のなかった人生。

もしいたとすればの話だが、およそつまらない人間が
そこに存在していることになる。

人は、寄り道をしたり、道草をくったり、どん底を味わったり、失敗や嫌な目に
遭うという、人生の無駄を経験するからこそ、人としての味や深みが出る。
「人生の余白」ともいうべき、人としての遊びや余韻の魅力だ。

篠田桃紅(日本の美術家・版画家・エッセイスト)

「無用の用」という老子の言葉がある。
一見すると役に立たないようなことが、実は大きな役割を果たしていると
いうこと。無駄のある人生も、時にいいものだ。

サン・テグジュペリの『星の王子さま』にある、
「愛とは相手のために時間を無駄にすること」という言葉を教わりました。
「きみのバラをかけがえのないものにしたのは、きみが、バラのために
費やした時間だったんだ」と『星の王子さま』にはあります。

禅僧の修行時代には、常に無駄骨を折れ、無駄骨を折れと言われたものでした。
修行のほとんどは、無駄といえば無駄なことでしかありません。
「雪を担って古井を埋む」という禅語があります。
井戸にいくら雪を埋めても、埋まるはずもないのです。それでも埋め続けるのです。

ある時、宮大工西岡常一の弟子小川三夫さんのことを語ってくれていました。
小池さんが「人は無駄をしないと、何が無駄なのか本当の意味で分からない。
たくさん無駄をして、その人が、ああこれが無駄なんだと気づくことが大事なんだ。
気づいたことではじめてその無駄をなくせるのだ」と語っていました。
大本山「須磨寺」寺務長小池陽人

この忙しい世の中に、坐禅しているということが無駄なのかもしれません。 
この我々僧侶という存在自体が無駄なのかもしれません。
しかし、その無駄の尊さもあるはずなのです。
臨済宗大本山「円覚寺」 官長横田南陵

人生に無駄はありません。無駄こそが有意義に繋がるのです。
無駄をした人は少しの違いに気づく力を授かります。
科学者も芸術家も音楽家もみんな無駄な人生を真剣に生きているのです。

皆様もこれは「無駄かも知れない」と思えることをどんどんしてください。
私は来年も無駄な時間を費やして年齢を重ねたいと思います。