悩みのもと




一鏃破三關 (いちぞくさんかんをやぶる)

悩むとは?
漢字の成り立ちで検索するとこのような解説がなされていた。
「なやむ。思いわずらう」
惱の右側は、まるい頭の上に毛のはえたさまで、頭脳の脳(=腦)の原字。
惱はそれを音符とし、心を加えた字で、頭脳をなやますこと。
予期せぬことへの悩みか、起こりえることへの悩みか、
それとも無理難題な要求の元への悩みか分からない。
いつの世も悩みは単純で解決するのは自分自身である。

「ちょっとした覚悟と工夫で難関もあっけなく通り抜けます」

一本の矢で鹿の群を全部射倒すことができますか?
そんなことできるわけがない、というのは常識の人です。
禅の世界ではそれができると言います。どうするのでしょうか。
簡単に言いますと、弓も矢も捨ててしまえばいいのです。
簡単すぎましたか。
 
さて、同じような言葉、一本の矢で三重の関門を射抜く、
とはどういうことでしょうか。

人の真のあり方を求めても、それは何重もの煩悩や関門に
取り囲まれたごとくで、何一つ思い通りになりません。
その難関を一挙に突き破る、という力強い表現で、
禅の奥義を示しています。
 
「三関」は三つの関門。いくつもの難関の意味です。
それを打ち破るには矢を、つまり標的を自分の心に向ければいいのです。
そうすれば難関は一挙に消え去ってしまうのです。

仏だの凡夫だの、悟りだの迷いだの、全部とっぱらって、
ただ信ずる道を真っ直ぐに突き進む。
その瞬間、目指すべき到達点は足元にあります。
出典:『碧巌録』第五六則

良禅客、欽山に問う、一鏃もて三関を破る時、如何。
山云く、関中の主を放出し看よ。そこに真理が存在する。

いつでも矢を放つのは自分の心です。
目の前の問題にあたふたするのでは無く
自分の中に取り込み解決する方法を導き出すのです。
そうすれば悩みから解放される。他人のせいにするのでは無く、
全て自分の心が起因していると思えば、自ずから解決の道は開かれる。
悩みから逃げるのでは無く、悩みの中に飛び込む勇気が必要です。

私が誰に対しても物怖じしないのは、子供の時に聞いた
仏教語「生老病死」の言葉です。
人間なんてどんなに偉くなっても、どんなに金持ちになっても、
道端に寝転んでいる乞食と同じで、僅か70年の人生しかない。
生まれて、老いて、病気になって死んでいく。
これは誰にも平等に訪れる運命なのだ。

この言葉を聞いてから教師に対しても大人に対しても
医者や政治家に対しても怖さがなくなったのです。
それは馬鹿にしているのではなく、人間皆対等だという意識が芽生え、
みんな同じ人生の長さでしか生きられないじゃないかということです。

自分の人生がどんな状況でも他人に向けて悩み苦しむのであれば、
一切そこを的としなかったのです。自立心の芽生えです。
自分で高校・大学を選び、自分で海外に出掛けて、自分で会社を選び、
問題が起こっても、うまくいっても判断は自分だったのです。

子どもの時からやりたかった事を正直にやって来たので、
問題が起こるとすべて自分で解決することを覚えたのです。
他人に委ねると上手くいっても、失敗しても他人の結果でしかありません。
もしあなたを守ってくれる人がいるのならもっと冒険をするべきなのです。

子供の時からむやみに憧れを持ったり、自分を卑下したりしないで
その時、その時を大切にして生きてきました。
そうすると自分のしたいことが足元にある事を知ったのです。
それはいつでも自分の望む事、直観の感性を大切にする事でした。
誰もが本当にしたいことが分かっているはずです。

それを表現できないから悩み苦しむのです。
「夢」という感情を引き出しの奥にしまい込んでは駄目です。

悩んだ時には、他人に矢を放つのでは無くて、
自分の心に矢を放ってください。
そこから見えるもの、気づくものがあります。
他人の行動や結果を羨ましく思うのではなく、
また他人から言われる言葉に一喜一憂するのではなく
自分の心に聞いてみるのです。

私が禅語を愛しているのは論理的に考えて答えが出ない場合、
あらゆる問題を一言で教えてくれるからです。
皆様も悩んだ時には禅語をお調べください。スッキリします。

例えば「莫妄想」
「莫妄想」とはどういう意味かというと、
「莫」とは、なかれのことで、禁止の意味を表わします。
「妄想」とは、一般的には実体のない虚妄の想念のことで、
色気、食い気、欲気などの邪念、空想、迷心を意味しますが、
禅ではもう少し深く考えます。
私たちは、常に、生死、善悪、是非、勝敗など、
二つの相対する概念を作り出し、その一方に執着して苦しみ、
迷うのですが、この二つに分けて見る相対的な分別心
そのものが、すでに妄想というのです。

故に莫妄想とは、生死、善悪、是非になり切ってやって行け!
というわけです。“莫かれ”という消極的な言葉に反して、
より積極的に、生死、是非、善悪、勝敗などにこだわることなく、
全身全霊を挙して一心不乱にやり貫けというのです。

最後に「自動扉は近づかないと開かない」
悩みや困難から逃げていると一生扉は開きません。
勇気をもって悩み困難の扉に立ち向かってください。
想像している以上に扉は簡単に開きますよ。