言葉によって生かされて




人が作った言葉に感動して、人が作った言葉で傷ついて、
人が作った言葉で慰められる。
人間に取ってコミュニケーションの最大の手段として言葉があります。
その言葉を悪用して人を大勢騙す人もいます。
それは詐欺師だけでなく政治家にも相通ずるものがあります。

私達は100人対象の演説より、目の前の一人の一言で
人生が変わることを知るべきです。
どれほど美辞麗句な言葉を山ほど使うより、
素朴な一言に勇気が湧いてくるのです。

日々の悩みを、お酒を飲んで騒ぐより、カラオケで憂さを発散するより、
人に絡んで喧嘩するより、いい言葉の方が、効果が大きいのです。
しかしいい言葉ばかりを求めて、自分の口からいい言葉が出ないと
恥ずかしいですよね。もうふざけた話ばかりをするのをやめましょう。

大変とは大きく変わる時のことを言うのです。
苦難・困難・災難は難から逃れたい時に使う言葉で、
それは無難から出てくる言葉の「大変」です。
「無難」から逃げずに「有難」とすれば有難いになるよね。
一字違っただけで世界が変わる。大変じゃなくなる。

辛いという字に一本線を加えれば幸せになるよね。
この一本線が何か分かりますか?
現状の辛さから逃れる方法は、努力を一本加えるだけです。
それは、一つの笑顔でも叶いますよ。

愚痴を吐くという字も、散々愚痴を「吐」いてマイナスが
一本取れば「叶」うとなる。
たまには大声で「馬鹿野郎」って言ってごらん。
願いが叶うから。漢字を作った人は天才だね。

人は優しさや平和を求めるが本当に大切なことは感謝と謝罪である。
生命は生きる為に命を奪うことから始まり独占の心理が働く。
母親の体内から栄養を奪い母親を独占する行為もこれにあたる。
子供は成長するために多くの時間を母親から奪ってしまう。
感謝しなければバチが当たる。(バチとは太鼓のバチのことを言います)
そして母親に謝罪しなければ感謝の気持ちが生まれない。

もし平和の定義を求めるならば、最初になぜ人間は奪うことに
執着するのかを哲学的に宗教的に考えなければならない。
生物そのものが生命を維持するために弱者を征服しなければならない。
エントロピーの法則、動的平衡などによって解釈を深める。
常に細胞は入れ替わりまた別の細胞によってつくられる。

科学と芸術の関係は、科学が自然を破壊して進化を求めた人間のエゴです。
それを大変申し訳ないと思い芸術が謝罪しているのです。
大切なことは休みなく前へ進むばかりではなく地球に謝罪しながら、
少しでも地球の回復に努めなければなりません。
これからの化学は地球の修復のために使うべきです。

芸術とは生きていることが芸術です。人間の身体そのものが芸術です。
目の前の景色を見て考えて感動することが芸術です。
一分一秒、細胞が、生命が、躍動することが芸術です。
私たちはこんな素晴らしい芸術の人生を過ごしているのです。
喜びと感謝を毎日伝えなければなりません。

宇宙から届く光は何万年も前の光です。地球に届いた時には、
その星がすでに消滅している可能性もあります。
我々の短い人生の中で出会える人は限られています。
言葉も科学も芸術も一瞬だと思えば、1日も早く己の強欲から抜け出して、
生きて行ける時間を個人のために使わなければなりません。
強欲とは財を独占することでは無く、自分の時間を自由に使う事です。

どんな人生の重みも一つの言葉で軽くなります。
「愛語よく回転の力あり」(道元禅師)ですよ。
良き言葉はその人の人生を変える力があるのです。
そのためにも愛語を学ぶ必要があります。

仏教用語「涅槃寂静」

涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)は、
仏教用語で、煩悩の炎の吹き消された悟りの世界(涅槃)は、
静かな安らぎの境地(寂静)であるということを指す。

無常の真実に目覚めないもの、無我の事実をしらないで
自己をつかまえているものの刹那を追い求めている生活も、
無常や無我を身にしみて知りながら、それを知ることによって
かえってよりどころを失って、よりどころとしての常住や自我を
追い求めて苦悩している生活も、いずれも煩悩による苦の生活である。

それを克服して、いっさいの差別(しゃべつ)と対立の底に、
いっさいが本来平等である事実を自覚することのできる境地、
それこそ悟りであるというのが、「涅槃寂静印」の示すものである。

良き言葉を求めてください。
良き言葉が溢れて来ると人格が変わります。
人格が変われば人生が変わります。

今日も静かで落ち着いた人生をお送りください。