「木のいのち・木のこころ」
西岡常一・小川三夫・塩野米松(著作)
最後の宮大工西岡常一さんの職人の育て方には感動した。
私が一番感動した言葉は「宮大工なんて仕事は頻繁に来るわけでは
無いので、見習いの時には畑仕事をさせて自分の食い物は
自分で作れとおしえた。」
それに耐えて工房に残る弟子は忠実にいうことを聞くが、
すぐにやめる子はなんだかんだ理屈を言ってくる子です。
この本を読んで「暗黙知」という言葉が浮かんだ。
親方の仕事をみて、また道具を手入れさせてもらって、
指導の言葉ではなく背中でみて覚えることを「暗黙知」というのです。
言語化できない知識の事です。
これは弟子の感性を磨く訓練にもなります。
素直な弟子はその内に親方や兄弟子の道具の手入れを任されて
様々な道具から、自然に職人の癖や仕事の仕方を覚えていくのです。
同時に作業場で親方や兄弟子の背中を見ながら覚える
「暗黙知」が養われていくのです。
人は木と同じ。型にはめない。癖を見抜く。
西岡家は歴代法隆寺専属の宮大工であった。最後の棟梁と呼ばれた
西岡常一氏は,法隆寺や法輪寺の補修,薬師寺再建に尽力をされた方。
祖父から技術を学び,大工として技術一筋で生きてきた。
教え方としては「技術を丸暗記したほうが早く、
世話はないんですが、
なぜと考える人を育てるほうが大工としてはいいんです。
丸暗記してもろうても後がありませんわな。
面倒でも各時代の木割りがなぜ違っているのかを考え、
極めるには大変な時間と労力がいりますが、
後で自分流の木割りができますのや。
そうして初めて本当の宮大工といわれるようになるんですな。」
丸暗記するだけでは新しいものに向かっていけません。
ですから物覚えがいいということだけでは,
その人をうまく育てたことにはなりません。
丸暗記には根がありませんのや。根がちゃんとしてなくては
木は育ちませんな。根さえしっかりしていたら、
そこが岩山だろうが、風の強いところだろうが、
やっていけますわ。
なんでも木にたとえてしまいますが、人でも木でも
育てるということは似ているんでしょうな。
ただ、育て方にも棟梁の形がありますな。全部,無理矢理、
自分がしたようにせなならんというて、
それに押し込もうとする人もあるでしょうが、それは無理ですな。
木の使い方と同じように癖を見抜いて、その人のいいところを
伸ばそうとしてやらななりませんわな。
育てるということは型に押し込むのやなく、
個性を伸ばしてやることでしょう。
それには急いだらあきませんな。
人を育てるっていうのは「場」を与えて
その環境に置いてやればいいとわかっているけど,
なかなか難しいものです。
暗黙知によってより良い社会を実現できるとはいえ、
実は「暗黙知の次元」は、暗黙知を説明するために書かれた本
というよりも、暗黙知の持つポテンシャルを開花させることによって、
よりよい社会をつくりたいと思うマイケル・ポランニーの
希望の書なのである。
「この二、三千年で、人類は、暗黙知の能力に言語と書物に
文化機構を装備させて理解=包括の範囲を桁外れに拡げてきた。
こうした文化的環境に浸りながら、いま私たちは、その範囲が著しく
拡張した「潜在的思考」に反応しているのだ」
暗黙知によって開かれる思考が、新しい社会と倫理を展望する。
より高次の意味を志向する人間の隠された意志、
そして社会への希望に貫かれた書」AIなどの技術が進化し、
それを人間が上手に使うことで「探究者の社会」に入りつつある。
常に「新しい意味」を模索しながら積み重ねることである。
今こそ、読むにふさわしい希望の書である。
「暗黙知」の解説より引用
私がプロデューサー業を始めた時に日本にはお手本はなかった。
強いて言えばCBSSONYに入った時に見たスタジオの仕事である。
アーティストがいてアレンジャーがいてスタジオミュージシャンがいて、
それを手配するインペッグ屋がいてチームが動いていた。
普通の歌手の場合は事務所手配の作詞家がいて作曲家がいて
編曲者がいて、最初からワンセットであった。
レコード会社のディレクターはレコード会社の社員であり、
音源を作り、工場へ送り、レコード盤を作る、各種手配の担当であった。
それを見よう見まねで覚えたのです。
私は英国で手に入れた海外のプロデューサー情報を
お手本にして新人の発掘から育成、制作、宣伝、営業と
全部をこなした。テレビ局も、ラジオ局も、雑誌社も、
代理店も勝手にプロデューサーを名乗って駆け回った。
新人アーティストの売り込みもさることながら、
私もプロデューサーとして売り込んだのです。
音楽ビジネスの世界でもプロデューサーは
まだ新しい職業であったことは確かである。
先日亡くなったビートルズのプロデューサー、ジョージ・マーティンの
回顧録を読んでこの情報が40年前にあったらと悔しく思った。
「我々は現代音楽界を代表する真の創造者に対して敬意を表したいと思う」
みなさまはみなさまなりに様々な育て方の方法を活用してください。
人を育てるという事は自分を育てることかもしれませんね。
そして自分の成長に終わりはありません。
2月 22nd,2024
恩学 |
人が育つ方法論 はコメントを受け付けていません
日本人のペンキ画家SHOGEN「今日、誰のために 生きる?」
現在、アフリカで体験したことを一冊の本にして啓蒙活動を続けている。
Youtubeでは「長老から日本人への警告」としたタイトルで
人気ユーチューバーとの対談映像も流されています。
「日本人の本当の姿」
全ての日本人に伝えてほしい。
全ての日本人に思い出してほしい日本の心、
縄文時代から繋がる自然への愛。
今日は誰のために生きるの?自分を愛し全てを愛す。
足りないものを探すのではなく足りているものを補い合う。
人は全て未熟なデコボコ。
デコボコ同士が家族のように活かし合う。
日本は私たちの希望の光なのです。
☆見ず知らずのアフリカの村の長老が
私を日本人というだけで受け入れてくれた。
しかし、私は日本人の心を忘れていて、村の子供たちからも
沢山の気付きを貰うことが出来た。彼等から教えられる日本人・・・
子供の好奇心を尊重する。
今日何があったかと聞くと楽しい話ばかりする現地の子供達。
父親が居て母親が居て三食食べられることに感謝すること。
陽が沈むと「諦める時間」として仕事から完全に離れること。
月明りで海上に道筋が出来て友情が芽生えること。
分け合うことも補うことも当たり前のようにできること。
何よりも愛と平和と奇跡を信じていることなどを
だれも疑わず信じていることです。
村の村長が世界の中で日本人が一番
「愛を知っている」人種だと言い切る。
それは一万年から一万五千年続いた縄文時代の歴史を
お爺さんのシャーマンから聞いていたという。
遺跡から掘り起こしたミイラの骨に傷跡が一切なかった。
紛れもなく平和国家だったという事実が証明されているのです。
これはアフリカの未開の村の作られたおとぎ話ではない。
日本人のペンキ画家SHOGENが経験した実話なのです。
村長との約束の中で「この村で経験したことを日本国中に
いや世界国中に広めて欲しい」と頼まれてSHOGENは
活動を積極的に行っているのです。
彼の話を聞けば、学校の在り方、友達との接し方、学びの本質、
自然のありがたさ、規則の在り方など、多くのことが学べると思います。
大自然なのかで学びたいことを学ぶ。
それは強制ではなく自由に選べることが重要です。
教える側が教えやすい環境を作るために、
学校があるわけではありません。
子供達の自由意思を尊重して運営されるのがあるべき姿なのです。
学校において最も根幹的な問題は、
「学校とはなにか」ということであり、
そこからいじめの蔓延とエスカレートも生じるのはなぜか?
わたしたちが「あたりまえ」に受け入れてきた学校とはなんだろうか。
いじめは、学校という独特の生活環境のなかで、
どこまでも、どこまでもエスカレートする。
不登校になれば来ない理由を聞くのではなく、学校へつれ戻すことを優先する。
子供の人権を無視してまでの教育とは意味がある事なのだろうか?
現状の学校教育にはいくつも大きな疑問が残る。
「学校とはどのようなところか」
日本の学校は、あらゆる生活(人が生きることすべて)を囲いこんで、
学校のものにしようとする。
学校は水も漏らさぬ細かさで集団生活を押しつけて、
人間という素材から「生徒らしい生徒」をつくりだそうとする。
これは、常軌を逸したといってもよいほど、しつこい。
生徒が「生徒らしく」なければ、「学校らしい」学校がこわれてしまうからだ。
たとえば、生徒の髪が長い、スカートが短い、化粧をしている、
色のついた靴下をはいているといったありさまを目にすると、
センセイたちは被害感でいっぱいになる。
「わたしたちの学校らしい学校がこわされる」
「おまえが思いどおりにならないおかげで、わたしたちの
世界がこわれてしまうではないか。どうしてくれるんだ」というわけだ。
そして、生徒を立たせて頭のてっぺんからつま先までジロジロ監視し、
スカートを引っ張ってものさしで測り、いやがらせで相手を意のままに
「生徒らしく」するといった、激烈な指導反応が引き起こされる。
この「わたしたちの世界」を守ることにくらべて、
一人ひとりの人間は重要ではない。
人間は日々「生徒らしい」生徒にされることで、
「学校らしい」学校を明らかにする素材にすぎない。
多くのセンセイたちは、身だしなみ指導や挨拶運動、
学校行事や部活動など、人を「生徒」に変えて「学校らしさ」を
明徴するためであれば、長時間労働をいとわない。
ある中学校では、目の前で生徒がいじめられているのを
見て見ぬふりしていたセンセイたちが、学校の廊下に
小さな飴の包み紙が落ちているのを発見したら、
大事件発生とばかりに学年集会を開いたという。
(見て見ぬふりをされた本人〈現在大学生〉の回想より)。
こういったことが、典型的に日本の学校らしいできごとだ。
こういった集団生活のなかで起きていることを深く、深く、
どこまでも深く掘りさげる必要がある。
逆に社会では名誉毀損、侮辱、暴行、傷害、脅迫、強要、軟禁監禁、
軍隊のまねごととされることが、学校ではあたりまえに通用する。
センセイや学校組織が行う場合、それらは教育である、
指導であるとして正当化される。正当化するのがちょっと苦しい場合は、
「教育熱心」のあまりの「いきすぎた指導」として
責任からのがれることができる。
生徒が加害者の場合、犯罪であっても「いじめ」という名前をつけて
教育の問題にする。こうして、社会であたりまえに許されないことが、
学校ではあたりまえに許されるようになる。
子供達の自由な発想と自由な行動が
学校という名の刑務所で歪められてしまう。
社会はこの状況を決して見過ごしてはならない。
日本人の子供達を学校という刑務所から解放させましょう。
理想は理想を眺めていても何も起こりません。
自由で開放された学びの場を作り始めることにしましょう。
2月 21st,2024
恩学 |
学校という名の刑務所 はコメントを受け付けていません
意識して判断するのと無意識で判断するのは大きな違いがある。
特に戦場では無意識に判断しなければ殺されてしまう。
上官は意識して判断するが、戦場の兵隊は無意識に行動しなければ
生きながらえない。会社においても経営者達は自己の学習と経験で
意識して判断するが、現場に出ていく社員は取引先で無意識に
商談を成立させなければならい時もある。
瞬時の判断で答えを出して功を制したケースもある。
無意識とは経験から自然に出てくる場合と本能から出てくる場合がある。
本能を鍛える訓練は経験を地道に重ねるしか無い。
プロボクサー井上尚弥は打つ瞬間に相手の行動を予測して
2、3手先まで見えるという。だから対戦相手は戸惑って打てなくなる。
過去の戦歴を意識して打つ場合と本能で備わっている無意識が働いて
打つ場合の非方向を兼ね備えているのである。
私の人間観は「無意識は広大な洞窟のようなもので、
意識はそれをスポットライトで照らすようなもの」と考えています。
さらに言えば無意識と意識の境目なんてそんなにない。
例えばスポーツの行為はあまりにも早い判断が迫られるために、
眼などから情報を得て神経を通り中枢に到達し、
脳が判断し神経を通って身体を動かしている暇がありません。
むしろ中枢を通らず自律分散的に身体が反応しているのに近いと
考えています。脳という中心があり、そこに意識があり、自我が生まれ、
その自我こそが私であり、身体は脳に扱われている、というデカルト的
世界観はスポーツの世界は成立していません。
為末大
脳の中には地図があり意識という矢印が方向を示すから
自宅に帰ることができる。
それでなければ外出先から自宅に帰ることは出来ない。
脳の凄いのはその地図を上からも見ることができる能力がある。
それはサッカーやラグビーなどのスポーツは、
目の前の見えるところばかり見ていると負けるので
常に上空から全体を見なければ勝つことができない。
脳にはまだまだ解明できていない部分が多くある。
右手は左の脳から指示が来て、左手は右の脳から指示がくる。
脳内出血で右と左の神経を離さなければならなくて
そうしたら、その患者の行動に大きな変化が現れた。
外出する際に靴下を履こうとしてもなかなか履けない。
よく見ると右手は履こうとしているが左手は脱ごうとするからである。
いわゆる、片方の手は出かけるために用意をするが、
もう片方の手は出かけたく無いので用意はしたく無いのである。
ドアも然りで開けようとする動作と、閉めようとする動作が
重なり合うのでなかなか外に出る事は出来ない。
養老孟司
近所の立ち飲み屋で飲んでいる人たちが大盛り上がりしているが
小芝居感がすごくて煩い。おじさん達は特に新橋や歌舞伎町界隈だと
騒いでベロベロまで飲んでレトロな雰囲気を楽しんでいるが、
ここも小芝居感がすごくて煩い。Xより
久しぶりに会う昔の仲間と飲み会で会うと
瞬時に昔に記憶が戻り大声ではしゃぐ親父達も多い。
人間の意識の中には場面が変わるとその場に溶け込もうとする
本能があるのかもしれない。俺は昔と変わっていないよと
虚勢を張りたいのもわからないでも無い。
私は高所恐怖症だから高いのは苦手で高層ビルさえも苦手である。
バンジージャンプやスカイ・ダイビングなど絶対無理である。
意識して飛び降りる人たちは何を考えているのかわからない。
スリルが楽しいというが、なるべくなら
このようなスリルは楽しみたく無い。
多分意識して覚悟を決めるので怖いという感情よりも
楽しみたいという感情が勝るのであのような行動ができるのだろう。
無意識の状態で背中を押されて飛び出せば、怖いという前に
心臓麻痺で死んでしまう。
水難事故で溺れて死ぬ人はほとんど水を飲んでいない。
同じ水難事故でも生き延びる人の方は大量に
水を飲んでいるということを聞いたことがある。
人間は意識するとその場面で怖い、死ぬと思ってもがくので溺れてしまう。
逆に無意識にもがくと体力を奪われるので、波任せにして息の確保だけすれば
助かると思う人の方が生存率は高くなる。
良寛さんが71才の時、三条市を中心に大地震が起こりました。
良寛さんの住んでいる地域は被害が少なく、
与板の方は被害が甚大であったそうで、
良寛さんは杜皐さんへ見舞の手紙を送っています。
「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候
死ぬる時節には死ぬがよく候
是はこれ災難をのがるゝ妙法にて候」 かしこ
と、見舞の一文の中に書かれていました。
その意味は、「災難にあったら慌てず騒がず災難を受け入れなさい。
死ぬ時が来たら静かに死を受け入れなさい、
これが災難にあわない秘訣です」ということです。
聞きようによっては随分と冷たい言葉です。
しかし、これほど相手のことを思っての見舞いの言葉があるでしょうか。
「大変でしょうが、頑張ってください」とは誰でも言えます。
「頑張って」の一言も書いていないのに、受けとった杜皐さんはきっと、
「この災難の中で生き抜いていこう」と思われたに違いありません。
今の時代は自然災害もウィルス感染も戦争もいつ起こるか分かりません。
咄嗟の場合には「瞬時の判断」が生死の分かれ目になると思います。
日ごろから覚悟していれば慌てることはありません。
2月 20th,2024
恩学 |
瞬時の判断 はコメントを受け付けていません
働く女性を奨励するために「男女平等」という制度が作られ、
「男女雇用機会均等法」によって女性も簡単な事務職だけではなく、
一般職に就き、はては管理職にもなる事も許された。
しかし夫婦共働きで収入は増えたが親の面倒や子供の面倒が
おろそかになり、すべて他人任せ(保育園・塾・習い事・介護など)に
なってしまう。その為に収入の大半がそちらに流れていってしまう。
共働きで収入が増えて豊かになったと思う勘違いである。
昭和の中期、女性が美しく着飾って颯爽と歩く姿は
アメリカの女性に近づく為の様相であって日本人らしくはなかった。
敗戦後、完全にアメリカの属国と成り果てたのである。
高度成長のお陰で一般人はローンで家と車を買って、
白物家電を買い揃えて、家の中に風呂を作ったのである。
古い世代の親たちは借金してまで物を買えそろえることは、
恥ずかしいことなのだときつく教えて来たのです。
戦後、半ば強制的に自由と贅沢をアメリカから持ち込まれて
3Sを植え付けられた。(3Sとはスポーツ・セックス・スクリーンの
三つの頭文字を表したもの)
若者たちはアメリカのライフスタイルを真似することに
夢中になり、大人はTVでホームドラマを見て
一億総中流階級を目指したのです。
アメリカに作為的に甘やかされて日本は赤ん坊のように扱われ、
無防備な状態で抱かれてしまった。
幼児の笑顔が何故天使のような顔をするのかというと、
自分一人では生き残ることが出来ないので
母親へ訴えているのである。
私を守ってくださいと甘えるのである。
無力な生き物として生存方法は好かれることを本能で知っている。
日米安保締結はアメリカという継母に日本が抱かれた日なのである。
男尊女卑という言葉は何故生まれたのか?
これは今でも未開国にはあるルールとされている。
男は生きるために野山を駆け巡り狩猟をして、
女は家族を守るために子供の面倒を見ながら家で火を起こす。
男は村を守るために先人の教えを学び外敵からの侵入を防ぐ、
女は子供を作って食事の用意をするだけの役目だとされていた。
江戸時代男の子は家督を継ぐから大切にされ、
女の子は嫁ぐから家事の手伝いだけをすれば良いとされ、
学問の必要は無いとして学ぶことも許されなかった。
近代史の入り口、江戸時代は「これぞ男尊女卑だ」と
誰しもが思う時代だったようです。
戦国時代の「男児によるお家相続意識」がより色濃くなった
この時代は、「男児が生まれなければお家断絶・取り潰し」が
行われました。そのため名の知れた家は
男児を持つことに必死であり、その家の嫁や娘へのプレッシャーは
かなりのものだったと考えられます。
当時の風俗史・女性観を知る上で欠かせない書物に、
儒学者「貝原益軒」による「和俗童子訓」というものがあります。
全5巻から成るこの書物は、基本的に良い家庭や良い子を育むための
教育論書なのですが、その中には「いい女とは、
主人や舅姑に慎みを以て仕える・子どもを産める・男の言うことを
なんでも聞くなどの女のこと」や「悪い女とは、子どもを産めない・
悪い病気になる・おしゃべりが過ぎるなどの女のこと」といった具合に、
現代ではにわかに信じられないような女性評の記述がありました。
仮にも教育論を語る書物の中で、平然と「子どもが産めない女性は悪い」
などと書き、それが評価されたことを考えると、やはり当時は「女性蔑視」
の意識が社会全体に根付いていたと考えられます。
山川菊栄の「武家の女性」と藤原ていの「流れる星は生きている」を
読めば女性の壮絶な生き様が描かれており感動する。
「武家の女性」
幕末の下級武士の家に生れ育った母千世の昔話をもとに、
武士の家庭と女性の日常の暮らしを女性の眼で生き生きと描き出した
庶民生活史。動乱に明け暮れる水戸藩で女性たちがどのような
躾を受けて暮していたのかが、巧みな筆致で描かれる。
お家騒動で断首が決まり処刑される場面では母と子の会話に息が詰まります。
女性解放運動の優れた思想家であった著者による
滋味溢れる生活史・民俗史である。
「流れる星は生きている」
終戦後満洲の気象台につとめていた夫(=新田次郎)とはなれ、
子ども(=藤原正彦)をつれて当時の「満州国」の「首都」であった
新京から陸路、朝鮮北部を通り、朝鮮半島を南下して日本に引き揚げる
主人公親子のストーリーである。想像に難くない壮絶な逃避行である。
当時のソ連占領地域の実態をあらわした記録として評判になった作品です。
女性哀哭史としても記録される秀作の一冊です。
そして現在「デジタル社会における女性の働き方」が変わる。
働き方がデジタル社会になって大幅に変わり自宅にいても
仕事ができるようになり仕事と家庭の両立ができるようになった。
何でも前向きに取り組もうという気持ちに変わったのです。
「二つの働き方の例」
1つ目は、気の利く秘書のごとく個々人の働き方に応じて
業務をサポートする「パーソナルアシスタント」です。
現在、業務時間削減への取り組みが活発化していますが、
時間を短縮すると同時に仕事量も減らさなければなりません。
膨大な業務に優先順位を付けて仕事の進め方を提案してくれたり、
受信したEメールの内容を読み取って、求められているアクションを
教えてくれたりします。
2つ目が、「エキスパートアドバイザー」という分野です。
業務に必要な情報を社内の担当者やインターネットで調べるのに、
かなりの時間がかかってはいないでしょうか?
必要な情報がどこにあるか、あるいはどこに専門家がいるのかを
瞬時に知らせてくれたり、学習した専門知識や学習から得られた
鋭い視点を教えてくれます。
その時代、時代において働き方が大幅に変わる時代です。
女性なりの特性を生かして辛い仕事と思うことから解放され、
子育てと暮らしを楽しむことも大切にしてください。
女性が悲しむ時代は終わり、生き生きと働ける時代です。
仕事と家庭の両立で楽しい人生をお過ごしください。
そして人生の目的を学び、心を解放してください。
2月 19th,2024
恩学 |
女性という立場 はコメントを受け付けていません
チャットGPTから得る情報は知識に値するか?
メタバース内で行われるビジネスは行動に値するか?
ディトレードでの売り買いは「知識と行動」に結び付くのか?
我々は「温故知新」で古きを知っても、
それを置き換えて新しいものは作れないのではないか。
AIに知識を乗っ取られても最新の学びを
取得することは可能なのか?
日本の伝統文化「歌舞伎や能楽」で行われる、
教育と修行はこのままの形で継承されるのだろうか?
技能がデーター化されて最新ロボットにプログラミングされて
古典と近未来が融合される日が来るのだろうか?
新人類が誕生しても「思考方法」は変わらないで欲しい。
それは人間が身体と心を磨き切磋琢磨して
初めて得られるものだからです。
中国の代表的学問方法の「朱子学と陽明学」は、
現代でも活かすことは出来るのか!
いわゆる朱子学の「知先行後」は学びを優先して
科挙に受かり役人になってから行動に移せと説いている。
王陽明の「知行合一」は知識と行動が伴わなければ
意味をなさないと言っている。
これは朱子学に対する反論で科挙を批判するものである。
朱子学(しゅしがく)とは、
南宋の朱熹(1130年-1200年)によって
構築された儒教の新しい学問体系。
日本で使われる用語であり、
中国では朱熹がみずからの先駆者と位置づけた
北宋の程頤と合わせて程朱学(程朱理学)・
程朱学派と呼ばれる。
また、聖人の道統の継承を標榜する学派であることから、
「道学」とも呼ばれる。
陽明学(ようめいがく)は、中国の明のときに
王陽明がおこした学問である。
陽明学の命題のひとつ。知(知ること)と行(行うこと)は
同じ心の良知(人間に先天的に備わっている
善悪是非の判断能力)から発する作用であり、
分離不可能であるとする考え。
論語の為政第二にある「先ず其の言を行い、
而して後にこれに従う」が元になっている。
王陽明は、知って行わないのは、未だ知らないことと
同じであることを主張し、知っている以上は
必ず行いにあらわれると述べた。
「知行合一」(ちこうごういつ)
真の知行とは「好き色を好むが如く、悪臭を憎むが如し」と説く。
例えば、好きな色というものはそれを見た(知った)瞬間に
好んでいるのであり、色を見て(知って)から好きになろうと
判断するわけではないのである。
朱熹の学(朱子学)が万物の理を極めてから実践に向かう
「知先行後」であることを批判して主張した。
これら二つの学問が江戸時代初期の陽明学者である中江藤樹や
幕末の頃の陽明学者や維新の志士たちに大きな影響を与えた。
吉田松陰も特攻隊も三島由紀夫もこの「知行合一」とともに
最終的には自死を選択した。
若者たちへ指導者の立場で教育した結果の回答が自死であった。
時代の学問は時には残虐で非情である。
この「知行合一」と同じように「葉隠」も志高き人たちに影響を与えた。
「武士とは死ぬこととみつけたり」これが日本人の精神文化です。
「葉隠」は冒頭に、「この書は必ず全部焼き捨てよと言われた」
(堅く火中仕るべき由、返す返すも御申し候なり)と書かれています。
これは藩士の失態や衆道をめぐるいざこざが、
山本常朝の手厳しいコメント付きで記されていたためのようです。
「葉隠」(はがくれ)より
人は死ぬよりは生きる方がいい。死にたくない、
生きたいと思えば思うほど行動が臆病になり、
結果的に恥をかいて切腹に追い込まれることになる。
むしろ、死のうと思い切ってしまえば腹が据わり、
切羽詰まった場にあっても適切な行動がとれる。
「神風特攻隊」に代表される出陣学徒兵の手記
「きけわだつみのこえ」を読むと、決して「思考停止」せず、
悩み苦しみながらも諦観して死地に赴いたのではないかと感じられます。
しかし、マインドコントロールされて「死を本望」と信じ込んでいた
兵士もいたことでしょう。
新しく教育関連の「塾」を山梨県で開校して世直しをしていきます。
私も指導者としての立場で現地へ頻繁に行くことになります。
そこを拠点として全国へネットワークをつなぐ予定です。
古民家と農地の提供があればすぐにでも移住するつもりです。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ」
山本五十六
塾生と共に農地を耕し、頭脳を耕し、技術を耕していきます。
その中で私はこれから「晴耕雨読」の人生へも挑戦します。
天下一の富士山のふもとで「知識と行動」を共に行う「知行合一」です。
人はどれだけ学んでも基本は「愛」である。
愛なくして家族を、地域社会を、国家を守ることは出来ません。
子供達は「未来から来た留学生」です。
彼らの無関心の先には愛が溢れています。
2月 18th,2024
恩学 |
知識と行動 はコメントを受け付けていません
全般的に他の人と比べてさほど人生に優劣の違いはない。
大きな偉業を成し遂げた人も、名もなく頑張って生きてきた人も、
少しの高低差があったとしても、
皆、同じ人生の距離を歩んできたはずである。
昔の仲間と話をすると顔は忘れてもみんな声でわかると言います。
不思議なことにその懐かしい声は、一瞬にして記憶を鮮やかに蘇らせる。
かなりの時が経ち姿形や経歴が変わっても、
その人の持つ声は変わらないのです。
本来、声は年齢と共に変わるのだが話し方の癖が変わっていないので
そう思うだけかもしれない。
若い時には他人より少し聴覚が優れていたのだが
年と共に高音域が聞こえなくなっている。老人性難聴である。
音の輪郭は高域の音で作られるので
中域の音ばかりだと何度も聞き返してしまう。
昨夜35年ぶりに仕事仲間と会った。
彼は一瞬私の顔を思い出せずに戸惑った。
他の友人が一緒に仕事した稲葉さんだと言ってもキョトンとしていた。
きっと彼は彼なりに私が会社を辞めた後に、
沢山の出会いと沢山の仕事をして、
どこのだれか分からなくなってしまっていたのである。
それも仕方のないことだと諦めていたら、
私の話し声で当時の仕事を克明に思い出し始めた。
そんな彼からそうだ稲葉さんは妖怪の一種だと言われた。
どこのレコード会社にもいないパワーと企画力を持っていた。
他社の大物アーティストまで平気でひっぱり込んでくる。
その為、現場は恐る恐る大物アーティストと作業を進めてきた。
でも稲葉さんの「売るぞ」と決めたら必ずヒットにした実績は凄かった。
稲葉さんの場合は曲のよしわるしよりも気合で売ってしまう。
雑誌社の特集も放送局のヘビーローテーションも代理店のCMも
必要であれば必ず取って来る。
彼は完全に私を思い出して私の独特の話ぶりと理屈を懐かしがってくれた。
その夜後輩は喉頭がんを患いドクターストップがかかっているにも
関わらず酒を飲み続けた。
何度も何度も私の年齢でこの元気さと体調に目を丸くしていた。
やっぱり妖怪だと言い続ける。
私が2000年に入り韓国で映画会社を作り
韓流ドラマを日本へ紹介したことや、
その後に北京に出向いて音楽事務所を作り、
女子十二楽坊の大ヒットを作ったことや、
今でもアジア各地を飛び回っていることに、
やはり妖怪だ!妖怪だと!連呼していた。
この年齢のお決まりの話題と言えばふつう同僚の病院通いの話と、
先輩たちが亡くなった話である。聞けば同僚も大勢亡くなった。
しかし、私たちのチームには私とは別に
妖怪一号が存在していてまだ元気なことを知った。
妖怪一号は、現在現役を退き芥川賞を狙い小説を書いている
とのことで、80歳を前にして相変わらず妖怪ぶりを発揮している。
当時、その妖怪上司がいつも無理難題な仕事を持ってくるのだが、
みんなは反対するのに稲葉さんは全部引き受けてしまう。
その為に稲葉さんの部下は土・日も夜もなく働き詰めだった。
今なら完全にパワハラで訴えられていただろうと
ほろ酔い加減で話してくれた。
そして我々の会社の他のチームにはもう一人大妖怪も存在していた。
業界でも有名なプロデューサーで数多くのヒット曲を残している。
その後、紫綬褒章も受賞した人だが残念なことに数年前に亡くなった。
普通の社員はあまりにも強いオーラを放すので、
怖くて近づけない存在の人であった。
そんな人でも稲葉さんは恐れずに、
旅行に行ったり一緒にパーティーを開いたり、
休み時間にはその人の部屋でのんびりとお茶を飲んでいた。
この妖怪三人組は会社でも音楽業界でもいつも噂になっていた。
時代が変わる時には規格外れの人間が圧倒的な勢いで変えてしまう。
常識の尺度では測れない強さで世の中に挑戦状を突きつける。
そして周りに迎合しない分だけ嫌われる。
好かれるよりも嫌われる方が数倍エネルギーを使う。
岡本太郎も「好かれるヤツほどダメになる」と書く、
みんな自分を大事にしすぎる。自分に甘えているんだ。
ほんとうに自分の在り方を、外につき出していない。
だから、裏目が出てきてしまう。
自分でもそれを感じるだろうし、相手も感じて、
深くつきあおうという気にならない。
相手に会わしてばかりの好かれる奴はロクなものでもない。
我々妖怪三人組は社内外おいて嫌われまくったのである。
しかし周りはいつも仕事を欲しがる人で溢れていた。
メディアも広告代理店もファッション関係者も
さまざまな人が会いに来てくれた。
私にとっては楽しい時間であったが、家族やスタッフには
迷惑をかけてばかりの人生だったのかもしれない。
勿論、多くの事務所関係者やアーティストとタレントにも迷惑をかけた。
その夜は妖怪話で盛り上がった。
今度はどの業界で妖怪ぶりを発揮しようかな?笑い
2月 17th,2024
恩学 |
声は変わらない はコメントを受け付けていません
アメリカでこのような実験がなされた。
参加者はアンケートにすべて回答したら5ドルもらえると告げられた。
アンケートは実験とは何の関係もない。回答を終えると、
彼らは5ドルを現金で受け取った。ただし、その現金が入った封筒には、
国際援助団体のセーブ・ザ・チルドレンから寄付を募る手紙が同封されていた。
それにはアフリカ南部で起きている食糧危機について書かれており、
参加者はその手紙をじっくりと読むように指示された。
一つのグループの封筒には「マラウイで食料が不足し、
300万人以上の子供達が苦しんでいます。
アンゴラでは400万人が、家を捨てて避難せざる状況に追い込まれています」
というものなのだ。平均1・17ドルの寄付。
別のグループの封筒には、統計データを一切与えなかった。
こちらの手紙には、マリに暮らす7歳のロキアという少女とともに、
飢餓のせいで彼女が直面している窮状が描かれていた。
平均2・83ドルの寄付。
何百万人の情報よりもたった1人の情報を提示した方が、
アフリカ南部の食糧危機について説得力があったという
解釈が成り立つ。
テレビでも統計的な数字を専門家が延々と述べることよりも、
街頭インタビューで2〜3人の答える方が説得力を増すということである。
私はこの手の手法をテレビというメディアが、さもしたたり顔で
アナウンサーに述べさせている画面には納得がいかない。
2012年に起こった反日運動の時にも中国人の、
今の反応はと言って北京からの街頭インタビューに答える
2〜3人の市民の顔が映し出された。
中国は14億人が暮らしており、その中の2〜3人の意見を
多数の意見であるかのように報道するのは、
詐欺ではないかと憤りを感じてしてしまう。
しかし上記のアメリカの事例でも分かるように、
大方の人の心を動かすのは大数の法則ではなく
少女の涙の方に心が動かされます。
資本主義社会の「数の論理」では既に心が動かなくなっているのです。
それよりも具体的で身近な事例の方が大衆の心は動くのです。
広告代理店が子供の顔と動物の遊ぶ仕草をCMで取り入れる手法です。
でも、みんなは既にこんな嘘には気づいているのです。
子供達を含めた若者達はどう思っているのだろうか?
若者たちは年齢に応じて就職して、結婚して、子供ができて、
ローンでマイホームを手に入れる。
車も家族のためにワンボックスカーを買いキャンプに出かける。
しかし今の時代は大手企業が簡単に倒産する時代である。
経済的な安定の絶対という保証は誰からももらえない。
だから短絡的に今すぐの幸福を求め奔走するのです。
30年ごとの流行サイクルというデータがある。
トレンド(流行)は、新しい、斬新なモノを作り出すことを目指し、
企業が企画・立案して市場に送り出す。
企画の中心は、ある程度の経験と頭が柔軟な現場の30代で行われるのです。
その時のベースとなっているのが、過去の思春期の10年間に
自分が何を求めていたかを思い出して、現代風にアレンジして企画立案する。
又、意思決定権を持つのは管理職の50代で、全く新しいモノには、
売れ行きのリスクを考え躊躇するのですが、昔、流行ったものは懐古的に、
受け入れ易い傾向があり、明確に20年ではありませんが、
「1世代は30年」、「思春期は10年」をタイムラグと考えると
「20年周期」は、ある程度の説得力のある数字だと言えます。
厚生労働省「令和元年(2020年)人口動態統計月報年計」によると
25年前の1995年時点の平均結婚年齢(初婚年齢)より、
2020年時点で男女とも3歳ほど上昇していて、
夫31.0歳、妻29.4歳で結婚している。
思春期的に考えると、社会がより複雑・多様化し、思春期が終了し、
結婚の決断にも時間がかかる傾向にあると言えます。
過去の平均寿命は男性65歳で、女性68歳というのがあり、
それを逆算して人生設計を考えていました。
結婚は男性25歳女性22歳ぐらいでした。
しかし今は人生100年時代です。
全てが平均的に年を増やす考えを取り入れないといけないのです。
結婚適齢期がずれて出産も平均年齢が30代半ばになっています。
その為に定年退職も今の65歳から75歳にして
就労年数を増やすべきなのです。
それを、選挙権を前倒しにして18歳にしたのは無策の政策です。
一層のこと中学生から選挙権を与えた方が面白くなると思います。
本来は100年時代を考えると選挙権は30歳からでもおかしくないのです。
大数の論理を無視して結果を求めると危険な状況になります。
地球の温暖化も20数年前から言い続けているのに何も変わらない。
二酸化炭素による地球の温暖化で自然災害が増えると数字で表している。
にもかかわらず政府も企業も自分たちの利益ばかりを求めて具体案を出さない。
皆様も決断する時期に来ています。
世界を動かしているのは、自分の思考を動かしているのは、何か。
常識で知っている数の誘惑と、目の前の現実の間には
大きなギャップがあり真実が隠されていることを知るべきです。
SNS内の「直接事例」にも惑わされないようにしてください。
統計を信じるか事象を信じるかはあなた次第です。
ものごとをどうとらえるかの判断力が必要な時代です。
2月 16th,2024
恩学 |
「直接事例」人の心は数字で動かない はコメントを受け付けていません
平常心(びょうじょうしん)
一般的には(へいじょうしん)と読まれる。
政治家たちがよく政治姿勢を問われて「平常心です」と返答する。
この場合の平常心は普段のとおり、格別の構えた思いも無ければ、
気負いもなく、淡々とした心境で政治に取り組みます
という意味で用いられることが多い。
力士も横綱の昇進伝達式での口上で「平常心」の言葉をよく使うが、
意味としては横綱の品格を守り、常に揺れ動くことのない心で
取り組みに専念しますということである。
一般的に平常心と言えば何事にも心が動じない、
揺れ動かないことのように思われている。
しかし、波乱万丈の人生では、一喜一憂、
悩んだり苦しんだり、泣いたり、笑ったりしながら
心は揺れ動くのが常である。
この揺れ動く心そのものがそのときの真実の心であり、
さまざまな状況、状態に応じて、変化し現れるのが、
人の心であり人間としての自然の姿である。
緊張すべきときに無理に平常心を作ろうとか、
落ち着こうとあせる心に、不自然な心が働き、かえって変調をきたす。
このままじゃいけない、何とか落ち着こう、堂々としていようと
すればするほど緊張は高まり、不安になることも少なくない。
むしろ緊張している我が心こそ、今の自分の真実の姿であり、
ありのままの心なのだ、ということを素直に認め受け入れることである。
ありのままの心、ありのままの姿を素直に認め受け入れるとき、
そこには自らが否定し排除しようとした虚栄心はなくなり、
平静の平常心があるのみとなる。
道元禅師の言われる
「ただわが身も放ち忘れて仏のいへになげいれて、
仏の方より行われ、是に従い行くとき ちからも入れずこころも
ついやさずして生死を離れてほとけとなる」とある。
要は仏のいえ、大自然の運行、自然法爾のままに、
一切を御仏にお任せするその心そのままが平常心なのである。
無理に力を入れずに御仏を信じていれば、
常に落ち着いた心でいられるという事です。
過去に新人の審査員を頼まれることが多くありました。
応募者は人生の行き先を決めるオーディションで
緊張のあまり落ち着かないのは当たり前です。
たった一曲で命運が決まる。練習量に関わらずたった4~5分で終わる。
平常心が奪われて普段通りの演奏ができないのは仕方のないことですが、
頑張ってきた人たちは、その姿に現れるので私は採点で困ったことは無い。
アスリートも大観衆の前でスタート時には緊張する。
大切なことは平常心がなくなっても、
練習量が結果を作り出してくれるので心配はない。
そしてスタープレイヤーは緊張時にも「見せ方」を知っているのです。
無理に心配や緊張を遠ざけようとしてイメージトレーニング
をすると逆効果である。
普通通りに緊張を楽しめるようになると「平常心」になる。
今でこそ、私はどのような会合でも講演会でも挨拶の時に
動じなくなったのですが、昔、一度だけ大失敗をしたことがある。
普段、準備をせずに簡単な流れだけを書いたメモを見てお話をするのですが、
ある大事な会合の最初の挨拶を頼まれて台本を書いてしまったのです。
有名な成功者の名言を引用して会合を盛り上げようとしたのです。
それを覚えて会場に向かい沢山の来賓の方々と名刺交換をしている間に、
すっかり台本を忘れてしまったのです。
今、思うだけでも穴が合ったら入りたい心境になります。
禅語にこのような言葉があります。
「行亦禅坐亦禅 語黙動静体安然」
(ゆくもまたぜんすわるもまたぜん ごもくどうじょうに たいはあんねんたり)
坐禅をしたり写経をしている時だけが禅ではない。
人と話しているときも、黙っているときも、動いているときも、
休んでいるときも、日常のすべてが禅であると自覚すれば、
心身ともに落ち着いた境地に至る。
気負いのない心が平常心を創り出すのです。
「平常心」は経験豊かで肝の据わった人たちの特権のように言われますが、
誰もが緊張と失敗の経験を積み重ねて身に着くものです。
平常心は鍛えることが出来るのです。
率先して人前で話すことを心がければ、
舞い上がることは無くいつも平常心でいられるのです。
私を認めて欲しいという欲が出れば出るほど「平常心」は奪われるのです。
みなさまも常に平常心でいられますように願うばかりです。
あるがままの心が一番ですね。見栄を張る必要はありません。
平常心の中落ち着いて今日も一日を過ごしましょう。
2月 15th,2024
恩学 |
平常心 はコメントを受け付けていません
10代後半の若い女性が私にこういう質問をしました。
「最近お父さんが感情の起伏が無くなってきた」と言われたのですが、
どうすれば良いでしょうか?という内容です。
高齢になると日常にあまり感動もなく喜怒哀楽の表情も出て来ない。
若い時は音楽を聞いても、絵画を見ても、旅に出ても興奮が沸き起こったのに、
何故か昔の様なワクワク感は出なくなってしまった。
それは感情の起伏の問題ではなく好奇心の減退から
楽しいことを求めなくなってしまったからです。
そのような時には右脳を元気にするために自然の中での遊びを求めるのです。
もともと備わっている五感を有意義に働かせて自然の中を駆け巡り、
頭の中を磨かなければなりません。
海外の人から見ると日本人は喜怒哀楽の表情が無いと思われています。
嬉しいのか、悲しいのか、文句があるのかが分かりにくいと言われています。
酒席の場でも周りに気を遣い遠慮して小声で会話をしてしまいます。
あまりにも周りに気を使いすぎるとストレスが溜まりますよね。
そんな時にはカラオケに行って大声を出すのが一番です。
お年寄り割引がある店も探せば結構ありますよ。
感情の起伏が減退するのは身体的と心理的が原因で起こる場合もあります。
身体的にはこのような要因があります。
「統合失調症」、およそ100人に1人がなる、とても身近な病気です。
「統合失調症という病名は聞いたことがない」という方も多いでしょう。
しかし、実際には、およそ100人に1人がなる、とても身近な病気なのです。
また、若い人が発症しやすい病気です。発症する人の80%は、
15歳から30歳の間に発症すると言われています。
原因ははっきりとはわかっていませんが、
ストレスが関係していると言われています。
誰もが発症する可能性のある病気です。
それにしても「統合失調症」は、
病名を見てもどんな病気かわかりにくいですね。
人間の脳の働きは神経のネットワークによって生まれます。
見たり聞いたりした情報を処理する、考える、感情がわき起こる、
こうしたことはすべて、神経のネットワークの働きです。
そのさまざまな働きをうまくまとめることができなくなっている状態、
つまり「統合」が「失調」している状態が、統合失調症なのです。
精神的にはこのような要因があります。
「やる気がでない・感情の起伏がない」精神的反応
喜怒哀楽の感じ方が弱くなったり、人と会うことを避けたりする
こともあります。
陽性症状と反対に「陰性症状」と呼ばれるものがあります。
こちらは、「あるはずのものが低下する」状態です。
感情の起伏が乏しくなります。健康な人が日々感じる、
喜ぶ、怒る、哀しむ、楽しむ、といった感情が弱くなり、
実際に表情の変化も乏しくなります。そして意欲が減退します。
勉強だけではなく遊ぶことにも、それまで好きだったことにも
関心が弱くなります。
部屋の中をきれいにすることや、身だしなみにも無頓着になります。
家族や友人を含め、ほかの人と会ったりコミュニケーションしたり
するのを避けるようになります。
外出することを避け、自分の部屋にひきこもる人もいます。
陰性症状には、このほかさまざまものがあります。ここで書いた症状が
すべての人に起こるわけではなく、また、その程度も、人それぞれです。
「禅的生活」
行動の切り替えのたびに、いったん息を吐く習慣をつけてください。
禅的生活をおこなううえで大切なことは日常の立ち居振る舞いです。
それはマナーがよい、見た目がいいというだけのことではありません。
所作は、その人のすべてを物語るといっても過言ではないのです。
その人が今どんな精神状態なのか、どんな生活を送っているのか、
何に価値を置いているのか、どんな経験をして生きてきたのか、
そのすべてが所作に表れているのです。
ドアをバタンと閉める、食器をガチャンと置く、
脱いだ服をソファに放り投げる、人に声をかけられても、
ぞんざいな返事をする。そのような行為は、あなたを
「物も人も尊重できない人間だ」と証明することになりかねません。
心を整えるためには、まず立ち居振る舞いを整える必要があります。
そのために大切なことも、呼吸なのです。
感情にまかせた雑な振る舞いをしているとき、
呼吸は必ず浅くなっています。
食器をテーブルに置くときにも、人に物を手渡すときにも、
パッと衝動的に動きそうになったら、一瞬立ち止まって、
ゆっくり息を吐きましょう。
呼吸が整うだけで、動作そのものがおのずから変わっていきます。
不愉快なメールに返事を書くときにも、家族の発言にムッとしたときにも、
ゆっくりと息を吐きましょう。せわしない気持ちがすっと落ち着き、
地に足がついたような心持ちになるはずです。
最近は科学的なデータでも、呼吸の重要性が証明されているようです。
呼吸が整うと、全身の血流が25%アップするというデータがあります。
逆に呼吸が乱れると、血流が悪くなることもわかっています。
脳に酸素を運ぶのも血流ですから、冷静な思考力も呼吸と大きく
かかわってくるはずです。
もちろん健康のためにも深い呼吸は重要な役割を
果たすことは間違いありません。
私たちが生きる社会は、どうしてもストレスフルになりがちです。
自分だけ巻き込まれないでいるのは難しいものです。
私のおすすめは人生プランの立て直しを考えることです。
100年時代の人生プランで言うと60歳〜70歳からだと
まだまだ先のある話です。
いきなり国の再建のために、地域社会の発展のために、
生きろと言われても無理な話です。
しかし家族や友人単位のグループでボランティア活動をすることは可能です。
気の置けない仲間たちを集めて住んでいる街を掃除することぐらいは
可能です。高齢者に親切で子供達が安心して暮らせる世の中を作る
計画を立てるのです。人の感情は他人に役に立つと明るくなりますよ。
「大丈夫ですか?」「気をつけて帰ってね」、「荷物持ちましょうか」の
言葉は小声では伝わりません。大きな声で表情豊かに伝えるところから
相手の感情も豊かになります。
その上に「ありがとう」の言葉をもらうと笑顔も生まれます。
感情の解放は一番の若返りです。
又、昔の仲間とバンドを組んで音楽を楽しもう、
中古のオートバイを買って好きな場所へツーリングに出かけよう、
バックパック一つで海外へ出かけようと計画することが大切です。
それ以上に大切なことは「生きるとは誰のために」と
いうことを考えることです。
生まれて生きて死ぬまでの行いは誰のためにやっているのですか?
家族のためにじゃなく自分自身のために生きているのですよ。
迷うことはありません。
もっと楽しんでください。感情の起伏をつけて元気に過ごしましょう。
これをお父さんへ伝えてくださいと言いました。
2月 14th,2024
恩学 |
感情起伏の出し方 はコメントを受け付けていません
私がレコード会社に入ったばかりの時にはマーケティングの資料もなく、
本屋へ行ってもこの手の本は販売されていませんでした。
その為に私は独自にマーケティングの方法を創り出したのです。
毎月違う分野で働いている友人を集めてヒットの分析と予測を行いました。
代理店、出版社、放送局、映画監督、デザイナーと話し合い、
それぞれの来年の計画を聞けば流行の流れを掴むことが出来るのです。
同時に地方の放送局や新聞社、ライブハウスのオーナーなどへ電話を入れて
今、何が流行っているかを常にリサーチしていました。
その結果地域によって売れる商品に変化があることを知りました。
新人をデビューさせる場合に、歌唱力のある人は北海道から、
アイドルは愛知から、ハードロックは九州から、フォークは関西からと
エリアを分けることによって、ヒットのキッカケづくりをしていたのです。
商品を販売する時にお客様が意識していることを
的確にとらえて関心を引き起こさせなければ購買に繋がりません。
私のヒット作品はお客様が潜在的に望んでいることを分析して、
音楽と映像を目の前に提示していくのです。
併せてメロディーもリズムも時代性を感じるように作ります。
勿論、消費者に伝わるキャッチコピーも必要になります。
最近のテレビのCMを見ていると同じ人が頻繁に登場して
商品の宣伝をするのですが、マーケティングの手法を完全に無視した
大量露出で視聴者の記憶に残す古いやり方です。
これはプロの仕事ではありません。
意識は直観的に捉えることであり、関心は必然的に求めることです。
「意識が行動を決め、無意識が反応を決める。
そして反応は、行動と同じく重要だ」。
これはE. Stanley Jonesの言葉です。
こんなことをご存知でしたか?
私たちの心は2つの異なる小さな意識から成り立っており、
それぞれが違う方法で働き、別の機能を果たしています。
無意識は、人間の自然の本能や習慣の全てを構成し、
意識は己の意思による行動を起こさせているのです。
無意識は人間の脳の99%を占め、行動の大半につながっていますが、
意識は日常の行動のほんの一部を生じさせているに過ぎません。
検索データにより素晴らしい洞察力を手にすることができますが、
それだけでは不十分。
ユーザーの意識を知るためのデータに過ぎないからです。
ユーザーが何を意図していたかを特定するデータだけでは不完全で、
ユーザーの無意識を知ることも必要なのです。
ユーザーが何を好み、何を欲し、何を望んでいるのか、
その全体像を本当に知りたければ、
ユーザーが検索している先にあるものにも目を向け、
ユーザーの喜びの源が何かを深く見つめることが大切なのです。
例えば、ファッション関連のコンテンツに「関心」がある人が、
必ずしもファッションに関する用語を検索したり、
SNSでファッションの話題をシェアするとは限りません。
人の「意識」に関するデータだけでは、こうしたユーザーの
「関心」にまで掘り下げて理解することは難しいのです。
ユーザーのコンテンツの消費状況やエンゲージメントを
理解することができてはじめて、ユーザーの「無意識」に迫り、
ユーザーの真の好みを把握することができるのです。
ある大手CPG (消費財)ブランドの場合、
ベビーケア関連のコンテンツのモバイル機器での読者獲得率が
最も高いのは、午前2時~4時の間であることも分かったのです。
これはなぜなのでしょうか?おそらく多くのママたちが、
赤ちゃんの授乳のためにこの時間帯に起きていて、
まさにその瞬間の自分のニーズにぴったりのコンテンツに対して
素早く反応するからなのでしょう。
このことが事前に分かっていれば、この時間帯に配信するコンテンツを
ターゲットユーザーに特化したものにすることができるのです。
例えばこんなことが考えられますよね。
記事のタイトル例 - 「午前4時の授乳時にすべき5つのこと」
記事のコンテンツ例 - 「つらい咳のせいでなかなか眠れない赤ちゃんを
あやそうと午前2時に頑張っている新米ママ…」
次回、皆さんが包括的なコンテンツ戦略を策定する
際には、入手可能なデータソースを検討し、
ユーザーの「意図」に関するデータだけでなく
「関心」についてのデータも必ず活用するよう、心がけてみてください。
意図と関心に関するデータは相互に補完し合うものであり、
この2つが融合することで、ユーザーに喜びを与える方法を
より広い視野で理解することができます。
これぞ、まさにコンテンツマーケティングと言えるのです。
Outbrainより
私はビジネスプロデューサーとしてこのマーケティングと
同様な手法をスタートアップ企業へ教えてきました。
私が理事として参加しているTFL東京ファッションデジタルラボでも、
何回か講座も受け持ちました。
この手法に興味のある方は、
マーク・ジェフリー「データ・ドリブン・マーケティング」を
参考にして学んでみてください。
2月 13th,2024
恩学 |
意識と関心の結び方 はコメントを受け付けていません