空気を読む

 

場の空気を読む、話の先を読む、間のタイミングを計る。

全体の流れ(場の空気)を判断して自分の表現を抑えたり出したりする。
人の感情の起伏の中に入り込む間のタイミングを計る。
話の展開を予測しながら先手を打つ。
話の先を読む為には想像力を働かさなければならない。

想像力とは物語を作る力である。
前頭葉に溜め込んで置いた情報を使って、空白の中に形を作りこんで行く。

それでは前頭葉の情報はどのようにして作られていくか?

幼児教育の中に「つ」の教育というのがある。
一つから九つまでの「つ」である。

子供は生まれた時に、明るいか暗いかの明暗の判断と、清潔化不潔かの浄化の判断を自然に身につける。
それから暖かいか冷たいかの温もりを覚えるらしい。

母親が幼児教育で大切なのはそれからである。
子供が何を求めているか何をしたいかを察知してやらなければならない。
俗に言う子供の感覚で行動を共にする事である。

春の季節には草花を子供の目線で見る、嗅ぐ、触る、を一緒にしてあげる。
夏には真っ赤に染まった夕焼けを眺めながら色彩のすごさを感じさせてあげる。
秋には木々の緑が紅葉に変わり、はかなく落ちる枯葉に自然界の輪廻転生をおしえる。
冬には冷たい空気、白い雪、川に張った氷などを眺めながら、春の到来の楽しみを一緒に話し合いながら待つ。

「つ」の教育で大切な事は、子供が素直に興味を持つ事に合わせて教育が出来るかという事である。
習い事(読み・書き・そろばん)、芸事、諸事全般の教育は他人と合わせるのでは無く、
その子供の興味を教育に合わせる事が一番番重要である。

職人の家では父親が教えて母親が育てる事を基本とし、それが理想の「教育」とした。

職人の技を一から教えるには根気と長い時間を要する。
我が子だから厳しさが増すのは仕方の無い事である。
父親が叱り母親がなだめる。

子供は学ぶべき事(忠・義・礼)はしっかりと学び、その中で自由を謳歌する事も知って行くのである。

明治時代に日本に訪れた多くの異国人は日本人の子供の笑顔に、
「この国では子供が親切に取り扱われ、そして子供のためにこれほど深い注意が払われる国はない。
ニコニコしている所から判断すると子供達は朝から晩まで幸福であるらしい」事を知ったという。

礼儀と笑顔と自信が備わった子供がいる、この国の未来を明るく受け捉えたと記述にある。

これらの事が遠い過去の話になってしまっている事は非常に残念である。

「空気の研究」という一冊の名著がある。
山本七平氏の著作である。

太平洋戦争末期に、何故勝算の無い戦地に「戦艦大和」を出撃させたのか。
軍部は論理的な根拠をもって判断を行ったのでは無く、「空気」の決定を持って判断を下したのである。

敗戦の弁として連合艦隊司令長官は「戦後、本作戦の無謀を難詰する世論や史家の論評に対しては、
私は当時ああせざるを得なかったと答うる異常に弁疏しようと思わない」と述べている。

ああせざる「空気」いわゆる「空気の」妖怪に恐れをなしたのである。

日本には昔から物事を決定する時に寄り合いがあり、争いが無いように長老が場を仕切る。
理屈より情の「空気」を重んじるのである。
全てにおいて和合優先なのである。「抗空気罪」は村八分の刑になる。

我々の時代には空気が読めない人間は無骨者として嫌われた。
即ち思いやりが無い人間として囚われてしまうからである。

しかし現代の若者達でもこの空気が分からない人間を「KY」と言って馬鹿にする。
「KY」にならない為に自分の意見は極力差し控える。

その為に会話をすると同調語(そうそう、本当、わかるよね)の連発になる。
一般的な人間関係ならば構わないのかも知れないが、深くかかわる人間関係には通用しない。

「空気」はデリケートであり又サベージになる事を知らなければならない。

しかしその「空気」自体が曖昧だから本質は分からないのである。
自分の解釈と相手の発言の読み違いも起こるわけである。
その時にどうするかが重要になってくる。

最終的には空気に振り回される事も無く、自分の意見を言わなければならない。
しかしそのタイミングを見計らう。

それも「空気」を読むことの重要なポイントではないだろうか。