ジェントルマンシップ
二十代後半生まれて初めて高級レストランで食事をしました。
その頃東京でも高級レストランと言われていた店は数十軒しかない時です。
今思えばナイフとフォークが数本ずつ並んでいるだけで、特別に高級では無かった気がします。
仕事相手の評論家の女性と六本木のイタリアンレストランマックローでの出来事です。
私が店を予約して招待したのですから当然仕切らなければなりません。
お店の方々もその辺りはよく心得ていて、すべては私の指示通りに動いてくれました。
私も緊張していたのですだが、彼女もとても緊張していました。
食前酒を飲みゆっくりした所で前菜が運ばれて来ました。
そんな二人に突然襲った出来事があります。
前菜と共にパンとバルサミコとバターが運ばれて来たのです。
悲劇の元はバターでした。洒落たバターケースに二種類のバターが乗っていたのです。
一方は黄色のハニーバターでもう一方は緑色のガーリックバターでした。
ご存じのようにハニーバターはパン用です。ガーリックバターはステーキ用です。(え!知らなかった)。
彼女はこともあろうにガーリックバターをパンに塗り食べ始めたのです。
ボーイさんが慌てて飛んで来たのですが、彼女に気付かれない様に手を指し出して制止をしました。
そして私も緑色のバターを塗って食べたのです。
気付かれずに難を逃れたのですが、さすがにガーリックバターは美味しくありませんでした。
お会計をレジで済ましている時に、店の女主人が私に「ナイスフォロー」と笑顔を掛けてくれたのです。
なんとなく若き紳士として対面がたもてたことに満足した一夜になりました。
勿論、次にそのレストランを利用した時にはガーリックバターはステーキと共に出されていました。
そして数年後にこのような事を知りました。
英国のエリザベス女王がアフリカの小国の王様を晩餐会に接待した時のことです。
特別の広間で各国の大使や貴族や大臣の方々が集まり盛大な会だったそうです。
晩餐会のスタートの合図と共に食事が始まりました。
エリザベス女王の隣は来賓の国王です。
テーブルの上には様々な食器が並べられていて、数多くのグラスも綺麗に配置されていました。
銀製のナイフもフォークも10セット以上あります。そして最初のお料理が運ばれて来ました。
その時に国王がテーブルの上のフィンガーボールに手を伸ばしたのです。
勿論、フィンガーボールは料理等を掴んで汚れた指先を洗う為におかれたものです。
そうすると国王はやおらそのフィンガーボールの中の水を飲み始めたのです。
周りの人達はびっくりしたのですが、女王は給仕たちに眼を配らせながら、女王自身も飲み始めたのです。
そして飲みほした後に国王と眼を合わせて「やはり食事前はおいしい水ですね」とおっしゃったそうです。
ゆうまでもなく周りの来賓の方々も、心ある人は一緒にボールの水を飲んだそうです。
この話を知った時に流石伝統あるジェントルマンシップの国にだと関心致しました。
大切な事は何処で食べたかではなく。誰と食べたかです。
そして何を食べたかではなく、何を話したかです。
美味しい料理には笑顔と楽しい会話があってこそ、はじめて高級になるのではないでしょうか。