古き良き日本(縄文時代)




約一万五千年前に一万年も続いた平和国家縄文時代があった。
海に囲まれ四季折々があり果実も実り動物もいたので食料には困らなかった。
人々は奪い合うよりも分け合う精神が根付いていたので争いは無かった。
勿論、この時代にも陸地と海から渡来人は頻繁に訪れていた形跡がある。
世界の歴史を紐解いても争いがなかった時代が一万年も続いたのは
縄文時代だけである。

戦争と考えるほどの証拠が不十分なのが縄文時代。
縄文時代には、暴力による死亡率は1.8%と極めて低かった。
そんな研究成果を、山口大学と岡山大学の研究グループが発表した。
「戦争は人間の本能である」という国際的な主張の再考を促し、
考古学・人類学の視点から、戦争の原因を探る可能性を示唆している。

約1万年に及ぶ縄文時代の人骨を全国242カ所から2582点収集し、
暴力による死亡率を数量的に算出した。
傷を受けた痕跡があるものは23点で、暴力による死亡率は約1.8%となった。

他国や他時代の暴力死亡率と比べると5分の1以下と極めて低いことが判明した。
「いつから人間は戦争を行っていたのか」という問題は、
これまでもさまざまな観点で研究、議論が進んできた。

ヨーロッパを中心に狩猟採集民時代の大量虐殺を示唆する人骨が発掘されるなど、
先史時代から「戦争は人間の本能である」とする主張も根強い。
同研究グループは、これらの主張はあくまで欧米やアフリカのごく一部で
発掘された人骨のデーターによるものであり、人類全体に一般化できるかを
疑問視してきたという。

研究成果を受け「戦争が人間本能に根ざしたものと簡単に言うことはできず、
他の要因にその原因を求めなければならない」と示唆。
戦争や紛争を回避するには、環境や文化、社会形態など、
外部的な要因の見直しと解明が必要――と結んでいる。
成果は、英科学雑誌「Biology Letters」に掲載された。

我々は近年AIの時代に入り、「デジタルから縄文を見るのではなく、
縄文からデジタルを考える」という言葉を発表した。

メタバースの領域の中に人間としての心を縄文で映し出すのです。
このメタバースの世界は奪うので無く与えることを基本として考えるのです。
仮想空間という近未来的な要素に最も古い文化国家を建設するのです。
デジタルの数値・数量で表示された世界に人間本来の「あこがれ」は無い。
どんなに進化して素晴らしい世界を作ったとしても、
そこに「平和」の概念がなければ意味をなしません。

ロゴス的論理思考で無くレンマ的古代思想で想像してみてください。
ロゴスは論理的思考、レンマは直観的思想です。

何もない空想世界に器用な人間ではなく不器用な人間を作り出すのです。
欲望に捕らわれている人間は奪うことしか知らないのです。
哲学的に考えてはロゴスになってしまいます。
レンマ的思想で分配する楽しみを作るのです。
レンマ思想は自然科学の追求です。レンマはインドの古代思想です。

例えばこのように考えることは出来ないのだろうか?
AIの世界で誰かの役に立つと生命(いのち)ポイントが貯まる。
仮想通貨で資産家になり又そのお金を他人に与えると生命の大資産家になるのです。
与えれば与えるほど生命ポイントが増えていくのです。
そこには人種差別も地位も名誉も財産も必要のない世界が作られるのです。

永遠の命(科学的発展)や自己の快楽(経済的発展))だけを追い求めては
争い事が絶えません。自然の中に存在するあらゆるものとの共存・共有が
未来永劫の平和につながるのです。
そこにワクワクとドキドキを加えてください。躍動感あふれる世界を描くのです。
仮想空間に八百万の神が生まれると世界の人々は手を繋ぐのです。
あらゆる神と繋がり、新しい命の記念日にお祭りをするのです。

太陽はいつも変わらずに東から登り西へと沈むが消える事はない。
川はいつも変わらずに海に流れるが海が満ちあふれる事はない。
人は死んでいくがいつも変わらずに子供達も誕生してくる。

年を取れば知識は増えていくが、それと同時に悩みも増えていく。
この世の中、何も変わらない世界で、人は生き続け無ければならない。
欲に溺れて豊かさを求め日々奔走するが、一切が空(くう)の世界なのである。
空(くう)とは何も無いが、何も無いところに全てがあることを知るべきである。
「一切皆空」とはあらゆる現象や存在には実体がなく空であるという事です。

縄文時代の豊かさは自然と共に暮らして手元にあるものだけで満足していた。
狩猟、採取、漁労と家の周りには栗の木や柿の木や果実の木を植えていたので
食べ物には困らなかった。縄文時代の大敵は寒さである。
温度が2~3度変わるだけで死に至ると言われていた。
そのためにも狩猟で射止めた熊やイノシシの毛皮は貴重であった。

縄文時代には文字や言葉が無かったと言われるが本当だろうか?

縄文土器に代表される火炎土器やお腹の大きな女性の土器、
神事で使われたのではないかと思われる土器などを見ていると、
私には話し声が聞こえて来る。
大湯環状列石や三内丸山遺跡や御所野遺跡などを見ると、
一年一度大掛かりな催事が行われ、同時に唄え踊れの祭りの笑い声も聞こえて来る。

遺跡の中から文字が見つからないので使われていないというが、
文字に変わる何かが存在していたのは確かである。
渡来人との商取引や狩猟・採集の方法や星から見る天候予測など
伝えなければならないことが沢山あった。

縄文時代には謎が多い分、想像の世界が広がり好奇心を掻き立てられる。
どちらにしても日本が世界に誇る平和国家で会ったことは確かである。

古き良き日本(縄文時代)はロマンにあふれています。
この奇跡の歴史は2022年に世界遺産に登録されました。
日本民族の誇りを大切にしましょう。