人生の扉

 

扉の向こうにはいくつもの新しい出会いがある。
夢と希望と輝きと笑顔と喜びに満ち溢れた世界がある。

臆病者はその扉を塞いで奇跡のような出会いに目を閉じる。
小心者は扉の向こうから聞こえる物音に不安を感じて鍵を掛ける。

勇気を持って扉を開け未知の世界に踏みこまなければ変化は訪れない。

扉の向こうにはさまざまな出来事が存在する。
恐れずに飛び込めば真実をそこで発見する事も出来る。

妄想に囚われて恐怖の鎧を身にまとい逃げ惑うのは意味が無い。

人間関係も出会いの入り口と信頼の扉がある。
出会いの入り口で大勢の人と知り合っても変化は訪れない。

その扉を開けて入らなければ相手の心の中など、
決して触れる事は出来ないからである。

出会いの入り口でいくら幸福を想像しても喜びは実感できないのである。
お互いの温もりの届く距離から声を掛けなければ反応は起こらない。

人の扉を開ける鍵は自分の経験や知識から生まれて来る。
自分の経験や知識と自分の好みが加わり初めて扉を開ける鍵となるのである。

経験とは成功の称賛や失敗の侮辱や敗北の孤独である。
しかし、経験少なき人たちは今ある知識に頼るしかない。

相手の学歴・職業・容姿・言動・趣味・人脈などで判断するのである。
そのうえ個人の好みの容姿で良し悪しを決めるしかない。

人のうわさや名刺の片書きだけで扉を開けてしまうと不幸な結末に終わる事が多い。
真実を調べずに見えない人格を片書きだけで判断しては成らないのである。

自分の扉は自分の価値観で責任を持って開けるべきである。
自分の価値観が希薄な場合は先人達の教えに従うしかない。

その為に哲学がある。哲学こそが正しい水先案内をしてくれる。
哲学を知れば扉を開けることに躊躇しなくなる。
哲学とは経験から生まれる人生観・世界観で、思考全体を貫く基本的な考えである。

ニーチェやサルトル、ハイデガーやヤスパース、孔子や孟子を読み、
見識者と言われる丸山真男・小林秀夫・山本七平・松岡正剛にも馴れ親しむのである。

彼等の知識を取りこむことによって扉の鍵となる勇気が湧いて来る。

人生の扉は自動扉では無い。勝手に開いてくれないのである。
自分の力で押し開けなければならない。

扉の向こうにいくつもの新しい出会いがある。
夢と希望と輝きと笑顔と喜びに満ち溢れた世界がある。