春待坂

 

東急田園都市線に鷺沼という駅がある。
人口1万500人程度の小さな新興住宅地である。
鷺沼の駅を出て右に曲がるとなだらかな坂道が続く。

両側一杯に広がった見事なまでの桜並木で有る。

今は季節が違うので開花はしていないが、
きっと春には満開の桜を楽しむ事が出来るのだろうと予測ができる。

坂は西側に面しており近隣の桜よりも開花が遅く、
その為に「春待坂」と命名したと書かれていた。

「春待坂」、何故か辛い人生を物語るような響きが好きである。

徳川家康の言葉に「人生は重荷を背負うて長い坂を上がるようなもの」というのがある。

そんな過酷な人生の坂にも「春待坂」のような一年一度の楽しみがあれば、
笑いながら乗り越えることが出来たのでしょうね。

万葉集の中にも「桜花時は過ぎねど見る人の恋の盛りと今し散るらむ」(作者不詳)がある。

桜は一番美しい満開の時から散り始める。
衰えるのを待つよりも、花見の客が美しさに満たされた時にこそ、
散る時期と知っているかのようである。

この散り際の潔さに日本人の心が揺れ動くのです。

耽美主義の作家、三島由紀夫の「滅亡するからこそ美は成り立つ」に言い表されています。

鷺沼を含む、東急田園都市線と多摩地区を舞台にした、日本で最初のトレンディードラマがあります。

1983年TBSテレビで放映された「金曜日の妻たちへ」です。

オシャレな郊外の住宅地に住んでいる人々の、
核家族間の交流とそこに起きる不倫を題材にした内容だったと思います。

いしだあゆみ、小川知子、篠ひろ子、森山良子等が出演していました。
当時は大変話題になった作品です。

日本全国一億総中流家庭を目指していた時代です。

都心には住めないサラリーマンが、大挙して郊外の住宅地に移り住んだ時代です。
高層マンションよりも一軒家に住む事に憧れを感じた、

団塊の世代の象徴だったような気がします。
同時に隣近所で見栄を張っていた時代です。みんなが不倫をしていた訳ではないのですが、
どこかに、そんな浮かれた気持ちがあったのでしょうか。

競争社会で疲れたサラリーマンの叶うことの無い儚い夢だったのかもしれません。

私の友人がプロデュースした二子玉川の街は、トレンディースポットとして大変人気を博しました。
多くの芸能人やスポーツ選手が集まる最新の場所だったのです。

あの頃はすべてが春を待つのではなく無理やりに春を作っていたような気がします。
国の経済政策に乗せられて壊れやすい豊かさを味わっていた時代です。

その後、一気に坂道を下るようにしてバブル崩壊の時代へと転げ落ちて行きました。

今日も鷺沼の「春待坂」をサラリーマンが、学生が、小さな子供の手を引いた主婦が、
杖を付いた老人が、息せききりながら急な上り坂を歩いています。

来る年の桜吹雪が舞う春を待ちながら!