日本人

 

明治期日本に滞在した英国の言語学者チェンバレンは「日本事物誌」を著した。

そこで日本人をこう語る。「金持ちは高ぶらず、貧乏人は卑下しない。
実に貧乏は存在するが貧困なるものは存在しない。」
そして「ほんものの平等精神が社会の隅々まで浸透している」

「根が親切と真心は、日本の社会の下層階級全体の特徴である」
我々が知る落語や浪曲等の人情話などを思えばそう的外れではない指摘かもしれない。

和菓子職人一幸庵の水上力氏と「誇くらぶ」の対談の中で、
職人に対する一途な思い、伝統を守る気持ち、弟子としての心構え、
それ以上に「恥」を教えられたという言葉が強く印象に残っている。

親方から職人の技術を教わると同時に人としての礼儀も教えられたのである。
常に「職人はみっともない」ことはするなと言われたという。
和菓子職人として味もさることながら、人としての品格を高めることを努めるように要求されたのである。

この国では当たり前のように、人を思う気持、譲り合う心、謙虚さなどが、
貧富上下に関係なく一般庶民まで浸透していた。
しかし、その謙虚で礼儀正しい日本人は何処に消えたのだろうか?

そして此処から「何故」が始まる。

戦後アメリカの占領地政策で日本の教育から「歴史・地理・修身」が削除された。
そのことによって日本人の美徳とされた「忠義・忠節・忠孝」と「愛国精神」と
「恥の心」が、全て奪われてしまったと言えるのだろうか。

例え、アメリカが打ち出した経済システムに合わせ、
品質よりも生産高を増やす事に専念しなければならなかったとしても、
日本人の心を何処かに置き去りにしてしまう必要はなかったのではなかろうか。

アメリカから持ちこまれた幸福観念に惑わされて自分達の価値意識が希薄になった。
その頃から日本人は自分達の意識で良し悪しを判断せずに、
外国からの情報に疑問を持つ事もなく受動的に適応するところが多くなった。
欧米流の豊かな暮らしを知ると、我々もそうすべきだと流されていくパターンである。

これは丸山真男が言う「日本人はキョロキョロとして文化を探す」に当てはまる。
本質は変わらないとしても、外からの「いきほい」に飲まれてしまい、
伝統や文化芸能まで変化を余儀なくされてしまうことである。
丸山は表層部分が変化を遂げても低位に在る音は変わってはいないと主張する。

そのことを「執拗低音」という表現で言いきっている。

多くの進歩が大切な物を消し去り、多くの便利が逆に不便さを生み出した。
その上に借金してまでも物欲を押さえられなくなり、
男女関係も軽薄な感じがして大人としての精神性の欠片もみられない。

日本人は不執拗な物を所有する事を極力避けてきた感覚から、
物を持たなければ不幸だと云う感覚に変えさせられてしまったのである。

日本人が美徳とする感覚の中に「少欲知足」というのがある。

自分の分に応じた量だけで足りると思う心です。余った分は全て他人の分です。
この精神があればこそ貧しい者でも卑下する事もなく堂々と生きていたのです。
昔の日本人は誰もが自然にその謙虚さを身につけていた。礼儀として知っていた。

何故それを失ったのか疑問である。

学生時代に京都にある大谷祖廊の参道で歌っていたところドイツテレビの取材を受けた。
何故日本が戦後一早く復興を遂げる事が出来たのかという質問に「誇りです」と答えた。
復興という目的のために国民全員が力を合わせ、過去(敗戦)に囚われなかった事。
労わりながら、励まし合いながら、誰もが礼儀を重んじて暮らしていた事。

日本人の伝統的な「誇り」の精神が社会全体に浸透していた事。

これら全てが日本ですと答えた。

そしてその頃に流行っていた「清く、貧しく、美しく」という言葉があります。
なんと美しい言葉でしょうか、私はこの言葉が大好きです。

私は音楽を生業として35年ほど過ごしているわけですが、
常に歌言葉を意識している中で日本語はリズムに合わせ難く、
その為により遊び感覚の新語を使わざる得なくなり、
日本人の心(琴線)に触れる言葉づかいが少なくなってしまったのも事実です。

新しいイコール伝統を壊す事ではなく、新しい中にも伝統を残す方法として、
「和魂洋才」という感覚が生まれました。その後「和洋折衷」がうまれました。

日本語は世界に誇れる素晴しい言語です。
その言語があったからこそ日本独自の素晴しい文化が生まれたのです

その日本語を今一度取り戻す為に正しい日本語を使うようにしたいものです。

今日本人が一番忘れているのは日本人です。
「日本人の心」探しに出かけるのも、時代が必要としている事ではないでしょうか。