矜持

 

誇りは自分の長所というべき点に自信を持つ事です。
それを大きく言う事が誇りの字の語源です。

所謂、誇大表現である。

その筆頭に思い出すのが坂本竜馬です。
四国高知の下級武士が日本を変えると大声で叫んだのである。

その当時は、うつけ者か狂人の類と非難を浴びたのは火を見るよりも明らかです。

誇りとは他人との比較でべつだん優劣ではない。
他人の評価など関係のない世界です。
他と比べるもなく自分の意志を吹聴するのです。

坂本竜馬は「俺がこの国を変えるぞ」「開国がなければこの国は終わる」と、
叫びながら日本国中を東奔西走したのです。

強行に圧政を強いる徳川幕府よりも、下田沖に現れた黒船に脅威を感じたことは確かである。

その坂本竜馬の狂人的な思想と行動力に妻のお竜が「一期は夢よただ狂え」とエールをおくったのである。

自分だけの誇りを持ち続ける事は大切な事です。
たとえ偉業を達成する事が出来なくても、誇りだけは失わない様にしたいものです。

現代の政治家が「自分の誇りは日本人として生まれた事です」
「日本人としての意識が大切な誇りです」
「この美しい日本を誇りに思います」と大声で演説をするが、
坂本竜馬とは似て非なるものである。

本音ならこれも誇りには違いないが、あまりに抽象的で具体性がない。

アメリカとイギリスで教鞭をとった数学者藤原正彦先生は、
「海外に出て戦う場合は経済など何の役にも立たない、自国の歴史、伝統とか生み出して来た文学、
芸術、学問などの文化に誇りを持っているかどうかである。」と述べている。

政治家のみなさんも自国の伝統文化を学び、しっかりとした誇りを持って欲しいものです。

それに比べて、矜持は自分の経験や秀でた能力を開示する事であり、
自尊心と誇りを合わせ持った意味を含むのです。
他よりも秀でた部分に自信を持って言い切ることである。

2007年のWBCのイチロー選手は韓国戦に二敗した時に「今まででこれほどの屈辱はない」と言い切った。
一部報道では韓国を侮辱した発言のように捉えているものもあった。

しかし世界的に活躍しているイチローは、侍ジャパンの一員として戦い、
あまりにも不甲斐ない結果に、相手の国に怒っているのではなく、自分自身に怒って発した言葉と言っていた。

自分の誇りはサムライジャパンとして闘う事です。
日本人として絶対的使命をもって勝たなければならない時に勝たなければ何も意味が無いのです。

イチローは、それ程強い自信と誇りを胸にしてWBCの戦いに臨んでいたのである。

勝つという事は勝ち負けの勝つだけでなく、勝負に負けても試合に勝つこともある。
それは責任と誇りを持ち正々堂々と戦うことが試合に勝つ事である。

これこそが矜持なのである。

学校の教師が早期退職をすれば満額の退職金が貰えるからといって職場を放棄する。
子供達に規律を教え、善悪を教え、使命感を教えていた教師が卒業前に退職する。

教師を何十年も努めていた人間が「家のローンを払わないといけないから仕方が無いでしょう」と
インタビューに応えていた。言語道断である。

子供の教育と家のローンを量りにかけて教鞭をとっていたのである。

日本人としても人としても誇りの無い人達である。
ましてや矜持の一かけらも持たない人達なのです。

聖職という意味をもう一度辞書で引いて貰いたいものです。

他の職業よりも不景気に関係なく給料が良い。
規定年数を越えた教員が管理職試験を受けて教頭や校長になる。
没後には位階か勲章が授与される。夏休みや冬休みがあって服装も自由である。

親達が教師を馬鹿にするのは、先生達がサラリーマン化している事が分かるからです。
だから俺達が給料を払っているのだから、言う事を聞きなさいになるのです。

子供達が教師を尊敬できないのは、矜持を持ち正々堂々としていないからです。

日本人の矜持を今一度考える時期ではないのでしょうか。