時節感当(世阿弥)




売り出しのアーティストをステージに出すときに必ずいう言葉があります。
「音程を外してもお客様の心は外すなよ」
暗転のステージにスポットライトがついてイントロが流れます。
いよいよ舞台の袖から出ていくのですが、下手から上手へ上手から下手へ
移動して中央のマイクスタンドで身構えます。

その時に視線は二階席から一階席、一階席の奥から手前に移動します。
これはお客様から見ると会場の広さの確認として効果的があり、
また盛り上がりの声が四方から届くので高揚感へと繋がります。
最高潮にヒートアップしたところで一瞬音を止めて歌入りを待ちます。
ここで一呼吸おくことで緊張感が生まれて最初の一声から立ち上がるのです。

ボーカリストは歌がうまいだけでは一流になれません。
お客様が喜ぶタイミングの取り方が上手な人がスターになるのです。

「時節感当 (じせつかんとう) 」とは?
能役者が、楽屋から舞台に向かい、幕が上がり橋掛かりに出る瞬間を指しています。
幕がぱっと上がり、役者が見え、観客が役者の声を待ち受けている、
その心の高まりをうまく見計らって、絶妙のタイミングで声を出すことを
「時節感当」と言い、これは世阿弥の造語です。

タイミングを逃さないようにこの言葉は、タイミングを掴むことの
重要性を語ったものです。
どんなに正しいことを言っても、タイミングを逃してしまうと、
他の人には受け入れられません。

商談などの交渉事や、案件を上司に図る時など、
「タイミングを逸して失敗した」といった経験は、誰にでもあるものです。
タイミングが人の心の動きのことだとすれば、人の心を掴む瞬間を
逃してしまったということになるでしょう。

世阿弥はこう言っています。「これ、万人の見心を、シテ一人の眼精へ
引き入る際なり。当日一の大事の際なり。」
(万人の目を主役に引きつけることが、何よりも大事だ。
その「時節」に当たることが必要なのだ。)
正しいだけではだめで、その正しさを人々に受け入れてもらう
タイミングを掴むことが重要というわけです。

日頃、自分の都合だけで事を進めると、うまくいかないことが多いです。
急がば回れで、周りの状況や相手の心情なども推し量り、
「ここ!」というタイミングで進めたいものです。

観客と自分(役者)。
両者が一体となれる瞬間、これを世阿弥は「時節」と呼んだのでした。
この時節を読める役者が一流で、また的確に読むことを「感当」と
彼は言いました。

「これ諸人の心を受けて声を出だす」、世阿弥はそんな風にも表現していますが、
彼の場合、それを能や役者の世界だけにとどめず、
世の中の全てのことに当てはめているのが特徴です。

時節とは、タイミングです。物事は内容も大事だが、タイミングや
「間」は同じくらい大事だと言っているのです。

よく使われている「空気を読む」という言葉。これは少々拡大解釈されていて
好きじゃありません。空気にも良い空気と悪い空気があって、
悪い空気に無理に従うのはまずいだろう。そう言いたいわけです。

ただそれも、「空気を読めているけど、無視したり逆らったりする」のと
「空気を読めない」は違うわけでして、やはり「空気を読める力」は必要
なのでしょう。それに、逆らうにしても、タイミングは大事ですね。

これらは当たり前のことではあるのですが、ただ世阿弥という人、
父親の観阿弥と共に、伊賀の忍者の出身です。
そして足利3代将軍の義満に寵愛されたわけですが、
その時諜報活動、いわば隠密の仕事もしていたと思われます。

つまり、能役者としてだけじゃなく、人間として、百戦錬磨だったのです。
そんな人物の言葉だからこそ、重みがあるのです。
彼は義満の死後、佐渡に流されますが、脱走に成功するなど波乱万丈な
人生を送ります。

もしあなたがまだ無名でデビューを望んでいるのなら自分磨きが必要です。
音楽的なテクニックは専門学校でも個人レッスンでもできますが、
パフォーマンスは大勢の人を目の前にして歌いこなさなければなりません。
そこで人引き寄せのタイミングを身に着けるのです。

私は72年にロンドンへ行った時にバイトが見つかるまで地下鉄の構内で
歌って小銭を稼ぎました。楽器のソロの方は数人いたのですが、
ボーカリストはとても少ない頃でした。
ボブディランの歌を数曲しか歌えないしギターも下手だったのですが、
通り過ぎる人たちがギターケースに小銭を投げ込んでくれました。

遠い国から来た外国の若者を応援してくれたのです。
下手な英語の歌でも聞いてくれる人がいて嬉しかったことを思い出します。
私はあいにくプロのミュージシャンにはなれませんでしたが、
その後日本初のプロデューサーとして高く評価されたのです。

いわゆる覚悟の問題です。これしかないという覚悟があれば叶うのです。
なんとなくうまくいけばプロになれるのではないかという甘い考えでは
即刻辞めた方がいいです。お客様からお金を頂いて演奏するわけですから、
お客様が感動しなければ失礼に当たります。

世阿弥はこう言っています。「これ、万人の見心を、シテ一人の眼精へ
引き入る際なり。当日一の大事の際なり。」
(万人の目を主役に引きつけることが、何よりも大事だ。
その「時節」に当たることが必要なのだ。)
正しいだけではだめで、その正しさを人々に受け入れてもらう
タイミングを掴むことが重要というわけです。

歌や演奏がうまいだけでは駄目です。そのうまさを人々に受け入れてもらう
タイミングを掴むことが重要というわけです。

皆様も参考にしてみてください。