来るものと拾うもの




真の学びは時期が来るのを待ち、いたずらにモバイルから拾うものでは無い。
学びは強制されるものではなく必要な時期に応じて追求すれば良い。
周りに合わせて見栄のための学問は百害あって一利なしの結果を招く。
デジタルの発展は歓迎するが、若い世代が待ちの姿勢になってしまうと
情報操作の中で利用されてしまう。

自ら興味のある事象を探し求めて先ずは探し歩くこと。
身体を動かすことによって脳内にドーパミンやセロトニンが発生して
より知識を吸収し易くなる。その都度その場所から学びがやって来る。
私が言う「旅に出ろ」とはこのことである。

僅か200年前〜300年前には噂で聞いた儒学者を、
僧侶を、志の高い武士を、探し求めて故郷を後にした。
ひたすら歩きながら目的地を目指し面会を申し込んだ。
誰もが学びを求めての旅であった。

例えば、
吉田松陰の場合
松陰は子ども時代、父や兄の梅太郎とともに畑仕事に出かけ、
草取りや耕作をしながら四書五経の素読、「文政十年の詔」
「神国由来」、その他頼山陽の詩などを父が音読し、
あとから兄弟が復唱した。
夜も仕事をしながら兄弟に書を授け本を読ませた。

嘉永3年(1850年)9月、九州の平戸藩に遊学し、
葉山左内(1796-1864)のもとで修練した。
山鹿流兵学では西洋兵学を導入すべきだと主張し、
民政・内治に努めるべきだと主張していた。

松陰は老中暗殺計画である間部詮勝要撃策を
自ら進んで告白してしまう。この結果、死刑を宣告され、
安政6年10月27日(1859年11月21日)、
伝馬町牢屋敷で執行された。享年29歳。

佐藤一斎の場合
寛政5年(1793年)江戸に戻って林簡順の門下となる。
間もなく簡順が没し、乗衡が公儀儒官である林家に養子として迎えられ、
当主(大学頭)として林述斎と名乗ると、一斎は述斎の門人として留まった。
文化2年(1805年)には塾長に就き、述斎と共に多くの門弟の指導に当たった。

儒学の大成者として公に認められ、天保12年(1841年)に
述斎が没したため、昌平黌の儒官(総長)を命じられ、
官学の総帥として重きをなした。
朱子学を専門としつつも、中井竹山の指導によって陽明学も修め、
学問仲間から尊敬をこめて「陽朱陰王」と呼ばれた。

中江 藤樹(なかえ とうじゅ、1608年4月21日(慶長13年3月7日) –
1648年10月11日(慶安元年8月25日))は、
近江国(滋賀県)出身の江戸時代初期の陽明学者。
近江聖人と称えられた。諱は原(はじめ)、字は惟命(これなが)、
通称は与右衛門、藤樹と号した。

1637年(寛永14年)伊勢亀山藩士・高橋小平太の娘・久と結婚する。
藤樹の屋敷に藤の巨木があったことから、門下生から「藤樹先生」と
呼ばれるようになる。1648年(慶安元年)41歳で死去。

逸話
ある武士が近江国を旅していたときの話。
大切な金を馬の鞍につけたまま馬を返してしまった
武士は金が戻らずがっかりしていたが、
そのときの馬子が金をそっくり渡すため武士のもとに戻ってきた。
感謝した武士はせめて礼金を渡そうとするが馬子は受け取らない。
仔細をきくと、馬子村に住む中江藤樹の教えに導かれてのことという。
そこで武士は迷わず、藤樹の弟子となった。
この武士こそ、のちに岡山藩の家老となった熊沢蕃山であるという。

二宮尊徳は、江戸時代(えどじだい)後期に道徳と経済の
両立を説いた「報徳思想(ほうとくしそう)」を唱えて、
荒れてしまった農村の復興を指導した農政家(のうせいか)・思想家です。
通称は金次郎といいます。

尊徳は現在の神奈川県(かながわけん)小田原市(おだわらし)に生まれ、
江戸時代後半の困窮(こんきゅう)した農村を救うために、
農村復興の方法を実施して、東北地方(とうほくちほう)から
九州地方(きゅうしゅうちほう)にまで影響与えました。
尊徳の思想の特色は、自分の利益や幸福を追求するだけの生活ではなく、
この世のものすべてに感謝し、これに報いる行動をとることが大切で、
それが社会と自分のためになるというものです。

報徳思想を広める
二宮尊徳が財政や農村の再建に使った報徳仕法は、
報徳思想がもとになっています。
報徳思想とは、人は天と地、人の徳に報いるため、
徳を実践していくという二宮尊徳の根本的な思想です。
報徳仕法のように道徳だけではなく、経済との調和をもって
社会に還元することで、豊に生活していくための知恵が報徳思想です。

二宮尊徳は晩年まで復興や飢餓の救済に尽力し、
報徳仕法の実践を行った地域は600以上といわれています。
みなそれぞれが凄まじい向学心である。

今一度真の学びは時期が来るのを待ちながら、
自ら興味のある事象を探し求めて歩くこと。
正しく身体を動かすことによって、脳内にドーパミンや
セロトニンが発生してより知識を吸収し易くなる。

その都度その場所から学びがやって来る。
このことを肝に銘じてほしい。

全ては愛から始まり恩に終わる精神を忘れないようにしましょう。