三感王

「感動」

いつもと変わらない朝を迎えて感動する。

朝露に濡れた草花に触って感動する。
ふと見上げた空の虹を見て感動する。

子供たちが子犬と戯れている姿に感動する。
心温まる話を聞いて感動する。

何気ない一日、素敵な言葉、素敵な音楽、素敵な映画で感動する。
感動は感動を受け止める心から生まれるのです。

魂のキャッチボールなのです。

感動を受け止めるグラブをいつも磨かなければなりません。
素敵な感動を取りこぼさないようにするのです。

「感激」

誰よりも強く生きようと思うから少しの痛みでも気になってしまう。
誰よりも幸福になろうと思うから身の回りの不足が気になってしまう。

自分の行いを正当化しようと思うから言い訳が多くなってしまう。
自分の行いで満足できないと思うから他人と比べてつい溜め息も出てしまう。

何かにしがみつきたいと思うから弱さが出てしまう。
何かが・何かが・何かがと思うから迷ってしまう。

だから死んでもいいやと思えば痛みなんて気にならない。
だから不幸でも大丈夫と思えば不足なんて気にならない。

だから他人の目はどうでもいいやと思えば気楽に過ごせる。
だから気にかけてくれている人がいると思えば笑顔も出て来る。

だから誰にもしがみつかなくてもいいやと思えば孤独から解放される。
だから必要な事だけを考えればやるべきことが分かって来る。

自分の心のなかの感激を置き去りにしないことである。

「感謝」

この絶望と孤独から逃れる方法は、何も“思わない”ことである。

そして絶望と孤独を乗り越えるには四つの忍耐がある。
それは「四耐」冷・苦・悶・閑である。

冷遇に耐える。苦労に耐える。煩悶に耐える。閑居に耐える。
その中でも特に高いハードルが「閑」である。何もしないで暇でいることである。

何もしないで閑を乗り越えられる精神力こそ本物である。

「小人閑居して不善をなす」ことのないようにしなければならない。

生かされていることに感謝を忘れないことである。