誘い水




今の人には馴染みがないので分からないと思います。
ポンプ式の井戸を掘った時に最初上から水を入れて押さないと
下から水が上がってこないのです。それを誘い水と言います。

また呼び水と言う地域もあります。
映画やアニメなどでポンプ内に水を入れているシーンがあります。
あれって何のためにいれているんだろうか、そんな疑問をもつ方が多いようです。
まず、ポンプを使用する前に水を入れることを呼び水といいます。
呼び水は、水によって隙間を埋めて配管内の気密性を高めるために行います。
これによって、配管内部からの空気を抜き取り、必要な真空状態をつくりだします。
まさに水が水を呼ぶわけですが、魔法のようですね。

話し上手な人は必ず会話の合間に合いの手(誘い水)を入れて
相手の会話を誘導します。最近ではこれを傾聴の上手な人と言いますが、
これは間違いです。聞く以上に難しいのが引き出すテクニックです。
会話を途切れさせずに話題の本質へと誘い出すのです。

大人が子供に接する時に意識せずとも頭ごなしに命令をしてしまいます。
子どもは言っても分からないだろうという前提で話をするからです。
学校でも家庭でも子供が話をしたくなるような状況に誘い、
関心を持って話をさせると思いがけない本音を聞くことができます。

昔の私は一方的に持論を繰り返すアジテート的な話し方でした。
音楽業界の古い体質を批判して、新しい時代へと誘導するために
いつも大声を上げていたのです。
海外へ出かけても「日本人を馬鹿にするな」と
強気の発言ばかりしていました。大きな勘違いでした。

ある時に哲学の先生より頭の悪い奴ほど大声で理屈を言う。
気の弱い奴ほど偉そうな態度になる。自信のない奴ほど他人を気にする。
等と言われて最後に「実るほど首を垂れる稲穂かな」を勉強しろと
怒鳴られました。今お前は注目されているが、そんなもの長くは続かないぞ
もっと謙虚になれと言われたのです。

その直後に友人から詐欺にあい多額の金を奪われたのです。
弁護士から詐欺にあうのは、俺は絶対詐欺にあわないと自信を持っている
人が一番多いと言われました。
家族や社員にも迷惑をかけてしまい反省しきりでした。
どれほど謝罪しても許されない過ちです。

それ以来意識しながら誰にでも「謙虚」の心で接するようになりました。
ここから数年私なりに「下座業」が始まったのです。

ここに北野武さんの言葉があります。
とても参考になる話です。

作法というのは、
突き詰めて考えれば、他人への気遣いだ。
具体的な細かい作法をいくら知っていても、
本当の意味で、他人を気遣う気持ちがなければ、
何の意味もない。

その反対に、作法なんかよく知らなくても、
ちゃんと人を気遣うことができれば、
大きく作法を外すことはない。
駄目な奴は、この気遣いがまったくできていない。
人の気持ちを考えて行動するという発想を、
最初から持っていないのだ。

他人への気遣いで大切なのは、
話を聞いてやることだ。
人間は歳を取ると、
どういうわけかこれが苦手になるらしい。
むしろ、自分の自慢話ばかりしたがるようになる。

だけど、自慢話は一文の得にもならないし、
その場の雰囲気を悪くする。
それよりも、相手の話を聞く方がずっといい。
料理人に会ったら料理のこと、
運転手に会ったらクルマのこと、
坊さんに会ったらあの世のことでも何でも、
知ったかぶりせずに、
素直な気持ちで聞いてみたらいい。

自慢話なんかしているより、ずっと世界が広がるし、
何より場が楽しくなる。
例え知っていたとしても、一応ちゃんと聞くのだ。
そうすれば、専門家というものは、
きっとこちらの知らないことまで話してくれる。

井戸を掘っても、誘い水をしないと水が湧いてこないように、
人との会話にも誘い水が必要なのだ。
北野武より

高齢になると気を付けなければならない基本が書かれています。
頭では理解できても態度に表す人は少なく感じます。
若い人とコミュニケーションが大切だと言う人ほど自慢話が
多い気がします。私も気を付けなければなりません。

私が行儀作法にこだわるのは言葉にしない挨拶の形だからです。
どのような場所にもマナーがあります。
そして相手には個人の歴史があります。
職人さんだけに限らず働く人すべてに敬意を表さなければなりません。
正しいマナーと謙虚さがあれば丁寧に応対していただけます。

海外へ出かけても飛行場の係員に、ホテルの従業員に、カフェの店員に
出来る限り話しかけるようにしています。そうすることによって
私は安全な人間ですよとアピールできるからです。
自然に彼らもサービスの質を上げてくれます。

仕事の上でも通常の人間関係でも、もちろん家族との関係も
すべておいて「誘い水」は必要です。
あなたの一言で会話が弾むことになるでしょう。
毎日良い言葉を使うようにしましょう。
「愛語よく回天の力あり」道元