友情とは




「友」とは語源からお話しましょう。
人間関係の基礎となる「友」という言葉。この漢字一文字には深い意味が
込められており、日本の文化や社会において重要な役割を果たしています。
常用漢字「友」の起源から現代における使われ方までを深掘りし、
その魅力を探ります。

漢字「友」は、古代中国にその起源を持ちます。「右手」と「又」(または)の
組み合わせで、「手を携(たずさ)える」という意味があり、
互いに支え合う関係性を象徴しています。
この漢字は、信頼と協力の精神を表しており、古来より
人々の間の絆を意味する重要な文字として使用されてきました。

「友」という漢字は、「友人」や「友達」として、親しい人との関係を示す
言葉として用いられます。また、「友好」や「友愛」といった言葉にも
見られるように、国家や集団間の良好な関係を指す場合にも使用されます。
心を寄せ合う、信頼し合う、共に時を過ごすといった意味合いを持ち、
日本語における人間関係を表す上で欠かせない漢字です。

小説における「友情」を描いた作品をいくつか紹介します。
太宰治(だざいおさむ)
冒頭の「メロスは激怒した」のフレーズが有名な『走れメロス』は、
太宰治の代表作の一つであり、国語の教科書にも収録されました。
『走れメロス』は、人間の根底にある心理を巧みに描きながら、
信頼とは何かを問う物語です。まずは、あらすじを簡単に解説していきます。

妹の結婚準備のためシラクスの市を訪れたメロスは、人づてに聞いた国王による
残虐な行いに激怒し、城へ乗り込みます。
王に歯向かった罪で、メロスは処刑されることになります。
メロスは処刑を受け入れるものの、妹の結婚式のため3日間の猶予がほしいと述べ、
親友のセリヌンティウスを人質にすることを提案し、認められます。

そして無事に妹の結婚式を見届けたメロスは、親友の待つ城へ向かって走りだします。
肉体的疲労や自身との葛藤、度重なる障害を乗り越えて約束を守ったメロスの姿に、
王は改心します。親友の為に命を投げ出すセリヌンティウスに頭が下がります。

処刑場でセリヌンティウスの縄がほどかれた後、メロスは途中で約束を
諦めそうになったことをセリヌンティウスに伝え、自分を殴ってほしいと頼みます。
うなずき、友の頰を力いっぱい殴ったセリヌンティウスも、メロスを一度
疑ったと告白し、同じく自分を殴ってほしいと彼に頼みます。

お互いを殴り合った後に「ありがとう、友よ」と言って抱きしめ合う
2人の姿を見たディオニスは改心し、自分も仲間に入れてくれるよう
お願いしました。
そしてそれを聞いた群衆は、「王様万歳」と歓声を上げたのでした。

陳寿(ちんじゅ)
桃園の誓い(とうえんのちかい)は、桃園結義(とうえんけつぎ)とも称され、
『三国志演義』などの序盤に登場する劉備・関羽・張飛の3人が、
宴会にて義兄弟(長兄・劉備、次兄・関羽、弟・張飛)となる誓いを結び、
生死を共にする宣言を行ったという逸話のことである。

これは正史の『三国志』にない逸話であって創作上の話であるとされており、
劉備が2人に兄弟のような恩愛をかけ、関羽・張飛は常に劉備の左右に侍して護り、
蜀漢建国に際して大いに功績があった、という史実に基づいて作られた逸話である。

我ら三人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、
心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。上は国家に報い、
下は民を安んずることを誓う。同年同月同日に生まれることを得ずとも、
同年同月同日に死せん事を願わん。皇天后土よ、実にこの心を鑑みよ。

シェイクスピア
『ヴェローナのニ紳士』はイギリスの代表的な劇作家シェイクスピアの作品。
16世紀末に制作された。ヴェローナの二人の紳士は親友だ。
一人がミラノへ旅立つ。もう一人は恋人のためにヴェローナに留まろうとするが、
まもなくミラノへ旅立つ。
二人の紳士はミラノ公爵の娘に恋する。すでに恋人のいる紳士は、彼女への愛と、
親友への友情を犠牲にして、公爵の娘にのめり込んでいく。
その果てに待つものとは・・・。

プロテウスの父は、プロテウスの将来を案じている。
(この時代、旅には人を成長させる教育の役割があると考えられていた。
10代の若い貴族が特に教育の重要な段階として旅にでた)。
プロテウスの父はプロテウスを旅にいかせて、成長させるべきだと考えた。
 
そこで、プロテウスの父はプロテウスをミラノへ旅させることに決めた。
プロテウスはジュリアへの未練があったが、しぶしぶ旅立つことに同意する。
ジュリアとは、変わらぬ愛のしるしとして、指輪を交換する。
(長文のために一部割愛した)
プロテウスは男装したジュリアと会う。「彼」がジュリアだと気づかない。
シルヴィアに贈り物を渡してほしいといって、変装したジュリアに指輪を渡す。
それは、かつてプロテウスがジュリアと愛を誓いあった時に交換した指輪だった。
ジュリアは深く傷つき、そのまま言う通りにしようとして、これを引き受ける。
だが、それでもプロテウスを諦められなかった。
ジュリアは言う通りに指輪をシルヴィアのもとにもっていく。
 
だが、ジュリアはシルヴィアにこの贈り物を断るよう仕向ける。
正体を明かさないまま、これがプロテウスへのジュリアという女性のプレゼント
したものだったことを知らせる。シルヴィアはそれを聞いて、指輪の受け取りを
拒否する。
 
シルヴィアは友人とともに、マントヴァへの移動を開始する。
だが、森を通っている時に、上述の無法者の集団に捕まる。友人は逃げてしまう。
公爵はシルヴィアがいなくなったのに気づき、捜索隊を組織する。
プロテウスとトゥリオ、変装したジュリアがこれに参加する。

そこに、公爵やトゥリオたちがやってくる。トゥリオはシルヴィアを
自分のものだというが、ヴァレンタインの威勢に怖気づく。
公爵はヴァレンタインに頼もしさを感じて、シルヴィアとの結婚を許可する。
ヴァレンタインとシルヴィア、プロテウスとジュリアの結婚式が行われることになる。

友情にまつわる話は古今東西山ほどあります。
思春期から青年期には
同性の友と夢を語り合い、
異性の友には人生を語ります。

手紙しかなかった時代に想いを伝える時に重宝だったのが「詩集」でした。
最近ではどこの本屋でも見かけることがありません。
ゲーテやハイネ・牧水を愛読していた私にとっては寂しい限りです。
音楽が一般に普及していなかったころは「歌声喫茶」へ出向く人と
怪しげな「ジャズ喫茶」へ出向く人と二派にわかれていました。

私は後者で友と連れ立って初めて聞くジャズの魅力に取りつかれました。
飲めないウイスキーと苦手な煙草をくゆらせて
訳の分からないデカルト・ショウペンハウアーを読み、大声上げて学生街を
「デカンショウ、デカンショウで半年暮らせ、あとの半年は寝て暮らせ」と
肩を組みながら練り歩いたものです。


人は3回生き返る




アーティストの伊丹谷良介から紹介されてNetflixでプレスリーの映画を見た。
タイトルは「リターン・オブ・キング・エルビス・プレスリー」
その中で「人は3回生き変える」と言う言葉が気になった。

プレスリーの場合は、
①デビュー(動きが卑猥と禁止された)&入隊(髪型の変化)<断念>
②映画トム・パーカー大佐(歌手よりも俳優で儲けようとした)<無謀>
③復活1968年NBCテレビ特番(歌手として復活)<復活>

世界史上最も売れたソロアーティスト、エルビス・プレスリー
(以下、エルヴィス)。彼がいなければ、ビートルズも、クイーンも
存在しなかった。 そんなキャッチコピーに惹かれて観劇した
映画『エルヴィス』。プレスリーという名前は誰もが知るところだが、
ビートルズやストーンズ以降のロックアーティストに比べると、
それ以前を生きたプレスリーを深く知ろうとすることはあまり
無かったように思う。

エルヴィスは黒人に対する人種差別が当たり前のようにあった時代、
ミシシッピ州の黒人居住区にある貧しい白人専用住宅で育った。
映画の中でも描かれているが、エルヴィスのコンサート会場が
白人エリアと黒人エリアに明確に分けられていたそんな時代だ。
いまとなっては信じられないが、黒人が聴く音楽は「公序良俗に害するもの」
としてオミットもされていた。そんな時代にエルヴィスは、
黒人カルチャーの中でブルースやR&Bを浴びるように聴いて育っていく。

そんなバックグラウンドを持ち、黒人音楽であるブルースやR&Bと
白人音楽であるカントリー&ウエスタンを融合し、それまでになかった
斬新な音楽スタイル・ロックンロールを生み出していく。
エルヴィスの中では肌の色の違いにこだわりなどなかった。あったのは自分の音楽
スタイルで歌うのだという強い意志と、それを表現する圧倒的な才能と情熱だ。

エルヴィスが最初にレコーディングし「サン・レコード」からリリースされた
「That’s All Right」。68年の時を経て最近オフィシャルのミュージックビデオが
公開された。
また、それまで見たこともなかった扇情的な腰の動きをさせながら 
オーディエンスを煽っていく姿に、女性たちは歓喜し熱狂した。
興奮したファンが下着を脱ぎステージに投げ入れる現象も巻き起こした。
そんな熱狂が瞬く間に全米へ広がるにつれ、センセーショナルすぎる
ロックンロールと腰振りダンスは大人社会の大きな反発も生んでいく。

また白人が黒人の音楽を歌っているというだけで、テレビ局や保守的な団体、
政治家などから激しい批判を受けたり、エルヴィスのパフォーマンスが
猥褻であるとしてPTAや警察から公衆の前で歌うことを禁止されたりもした。

しかしエルヴィスは自分の信念を変えず、自分だけにしかできない
ロックンロールを追求していく。エルヴィスは〈キング・オブ・ロックンロール〉
と称されているが、そう言われるようになった背景をこれまで深く知る機会は
なかった。

映画『エルヴィス』では、その経緯が見応えたっぷりに描かれている。
またエルヴィスから莫大な金を搾取したと言われる敏腕プロモーターの
トム・パーカー大佐の暗躍ストーリーや、プレスリーの家族への愛、
そして心身ともに困憊していく姿なども知ることができるドキュメント的な
要素も大きい。2時間39分という大作だが、エルヴィスの名曲とともに
描かれているので時間をまったく感じさせないものだった。

中学生(1964年)の時に不良グループが固まって歌を歌っていた。
それまで歌謡曲と演歌しか聞いていなかった学生達には謎のメロディーだった。
英国出身のビートルズの「A Hard Days Night」を箒の柄をマイク代わりに歌っていた。
それまで不良イコール馬鹿だと思っていたのが180度尊敬に変わった。
まるで稲妻に打たれたような衝撃だった。

ビートルズのリーダーだったポールマッカトニーはプレスリーから受けた
影響は計り知れないと発言している。勿論その当時のアメリカの音楽に感化されて
初期のビートルズの楽曲が作られたと言っても過言ではない。
プレスリーを筆頭とする白人のR&Rロカビリーは瞬く間に一世を風靡した。
ビートルズが影響を受けたと思われるアーティストは、プレスリーをはじめ
バディ・ホリー、ロイ・オービンソン、ジェリー・リー・ルイス、
カール・パーキンス、エディ・コクランなどがあげられる。

それぞれのアーティストが独特のR&R・サウンドを作り上げ、チャック・ベリーを
はじめとする黒人勢と並び、ビートルズに、また60年代のポップ・ロックの
世界に大きな影響を与えました。

ビートルズのスタイルといえばマッシュルーム・カットと襟なしスーツという
イメージの人が多いと思いますが、それはあくまでもデビューした後のこと。
デビュー前の「革ジャン・リーゼント」スタイルのビートルズのメンバーの写真を
見たことのある人なら、ロカビリーからの影響はサウンド面のみならず
そのスタイルまでに及んでいたことは一目瞭然ですね。

その頃日本では歌謡曲に交じってGS(グループサウンズ)が登場した。
スパイダース、ブルーコメッツ、タイガーズなども、プレスリー、
ビートルズ、ローリングストーンズ、などのロックンロールの影響をうけた
グループとブルースロックの影響を受けたゴールデンカップスやテンプターズなどの
二派にわかれた。前者はプロの作曲家が作った作品が多く、
後者は洋楽中心でオリジナルに拘りをもつ本格的なグループの存在である。

60年代当時の日本では、長髪やエレキギターといった要素は不良、
若者の非行に結び付けられ、一般社会からの風当たりは非常に強かった。
そのため、グループサウンズのコンサートを見に行った高校生は停学
もしくは退学処分を下される学校もあった。コンサートに行くこと自体を
禁止する中学・高校が続出した。

事故防止のためグループサウンズのバンドにはコンサート会場を提供しないという
劇場や自治体が現れた。今では笑い話のように聞こえるが、当時の日本では
これが当たり前の社会であったことは確かである。

私はグループサウンズには一切興味が無く、英国のフォークシンガー・ドノバンや
米国のボブディランに憧れてハーモニカーを吹きながらギターをかき鳴らした。
勿論、長髪に口髭、破れたジーパンを履いていたので完全に不良のレッテルを貼られた。
1969年大学へ行けば学生デモが盛んな時代、教室にもバリケードが張られて、
何もかも厭になり日本脱出を計画した。

1972年に一番安い北回りでロンドンに入った。
ビートルズやローリングストーンズ、レッドツェペリンなどが育った国は
活気に満ちていて、何もかもが興奮の連続で人生最高の時期だったと思う。
そして1年半の滞在の後に帰国した。
レコード会社CBSSONYに入社してプロデューサーとして第二の人生が始まった。

私にとっての第一の人生は苦労した学生時代音楽に触れた最初の時代である。
そして第二の人生は音楽プロデューサーとしてデビューした時である。
そして第三の人生は一度音楽の世界から出て海外ビジネスを始めた時だった。

コンピューター関係の会社の繋がりで韓国に映画会社を立ち上げたこともあった。
その後中国から呼ばれて音楽事業や知財関係の仕事もした。
2010年に入りファッションスクールの理事や企業の顧問も引き受けた。
そいうわけで私も三回生き返る経験をした。

2025年今また音楽に軸足を置いた仕事に取り掛かっている。
75歳の大胆なチャレンジである。


英霊とは




友人のジャーナリストが昨年SNSへ投稿した内容です。
このような文章もその内に削除される恐れがある。
その上に当局から目をつけられて仕事ができなくなる。
それでもあえて投稿に踏み切ったと言っていた。
しかしジャーナリストの職業を選んだ人間としては当然の行為である。

この投稿は自民党総裁選真っ盛りの時に投稿されました。

自民党総裁選に立候補している高市早苗経済安全保障相は25日の
BSフジ番組で首相に就任した場合も東京・九段北の靖国神社への参拝を 
続ける意向を示した。「適切な時期にきっちりと普段通り淡々とお参りをしたい」
と述べた。

「靖国神社は戦争を美化する施設でなく、外交問題にされるべきではない。
自分の気持ちに正直でありたい」とも語った。
これまで高市氏は春と秋の例大祭や終戦の日に参拝してきた。
小泉進次郎元環境相は「今まで15年間、8月15日に参拝を続け、
安倍政権、菅政権で環境相を務めたときも参拝している」と触れたうえで、
首相に就いた場合の対応については「適切な判断が必要なことだ」と話した。
石破茂元幹事長は天皇陛下が参拝できる環境整備が必要だと指摘しつつ、
自身の参拝については明言を避けた。

お国のために戦士した兵士の御霊に尊崇の念を示すのは、主権にかかわる
問題であり、「歴史認識」「国家観」とも深くかかわる。そこから政治家は
「国があるべき姿」を描く。さらに国が進むべき道筋をつけるのに、
いわば「戦略」「戦術」の策定が必要だが、戦術は状況によって
柔軟に変化させるが、「戦略」はそう簡単に変更すべきではない。
まして、そこにいたる「歴史観」「国家観」をぐらつかせるような
政治家は、その資格がない。
たとえ海外からどんな批判を浴びようと、毅然とした態度で臨むべきだ。

なにが言いたいかというと、このたび民主党代表に就任された
野田佳彦さん。確か小泉政権で、時の首相の歴史認識を問いただした。
靖国神社には戦犯が祀られているとする小泉首相に対し、
野田さんはサンフランシスコ平和条約や恩赦されたことを理由に、
「靖国神社には戦犯は祀られていない」と主張した。
その主張はただしいと思うし、外国に言われて、
その歴史観を歪めてはいけない。
野田さん、ご自身が靖国神社に参拝されたことは首相在任中にはなかった。
今後、政権をとられたら、ぜひ参拝されたし。

招魂社=靖国神社に祀られる戦死者が英霊と呼ばれるのは何時から?
明治二年(1869年)6月29日は、東京・九段坂上に幕末以来の戦死者を祀る
招魂社が造営された日です。現在の靖国神社となります。
毎年いろいろな意味で話題になる施設ですが、その始まりや経過については、
あまり大きく取り上げられませんよね。

招魂社が作られたのは、上記の通り明治の最初期。
日付からしても、戊辰戦争の最終局面である箱館戦争が終わった直後です。
戊辰戦争の話題では旧幕府軍側の被害がよく知られていますが、
もちろん明治政府側の戦死者も多くいました。
明治政府としては、新たな国の礎になった人々を手厚く葬らないと、
格好がつかないわけです。

会津などで旧幕府軍側の死者の埋葬をしばらく許さなかったのも、
格差をつけるためという面があったでしょうしね。
実際の遺体は家族や軍に任せるにしても、政府として何か特別扱いを
しなければなりません。
そこで、新しく皇居となった、かつての江戸城のすぐ北に、
戦死者を祀る社(やしろ)を作ったわけです。
ですので、現在の靖国神社にも遺骨や棺はありません。
境内の別の場所に遺品などはありますが、それはまた後ほど。

祀られている対象者は、主に「戊辰戦争~第二次世界大戦、そして戦後、
東南アジアなどの独立戦争に参加した人々」です。
軍人の戦死者・戦病死者が一番多いのですが、準軍属とみなされる人々も
多数祀られています。
例えば、戦時徴用されて軍需工場で働いているときに空襲を受けた女性たちや、
満州開拓に携わった人々、沖縄戦に巻き込まれた一般人などです。
真岡郵便電信局事件で自決した女性たちも含まれています。

何故この事実を教科書に乗せて子供たちに教えないのでしょうか?
正しい歴史認識に基づいて靖国神社を語ってほしい。
そうして毅然とした態度で海外の反日活動家に訴えて欲しい。

情報操作によるプロバガンダはどこの国でも取り入れている政治手法である。
それがその国の歴史認識として教科書に取り入れられて子供の時から
刷り込まれていけば当然名指しされた国へ敵対心がわく。
しかし不思議なのは日本の教科書にそのような記述は一切ない。
アメリカ・ロシア・中国・韓国・北朝鮮などへの批判などである。

第二次世界大戦後に日本は敗戦国として一方的にアメリカの言いなりになった。
その為に「歴史」も「地理」も「修身」も削除されて日本精神が奪われた。
その上に憲法迄アメリカが指導して作ってしまった。
憲法第九条は「戦争放棄」が書かれていて戦後80年間航空圏侵害、海上侵犯、
拉致被害、日本人に対する暴力・殺人まで我慢してきた。

しかしもうそんな呑気なことは言っていられない世界情勢になりつつある。
中国が、北朝鮮が、ロシアが攻め込んでくる恐れもある。
我々は戦争放棄した国ですからと大声で叫んでもミサイル一発が
飛んでくれば平和運動なんて空しくなるのである。
目の前で自分の身内が殺されても戦わないと言うのであれば、
守ってくれる人も誰もいないということになる。

学徒出陣で駆り出されて特攻隊や人間魚雷に乗り込まされた若者達、
我々は「彼等が幸福を描いた未来に住んでいる」ということを忘れてはならない。
僅か20歳前後の世の中を何も知らない若者たちの死を「英霊」として
祀ることを他国の顔色をうかがう必要はまったく無い。

これから先、日本に住んで、日本で家族を作り、日本で働く全員の為に
先祖を敬いながら戦争で亡くなった英霊たちに感謝しながら
建国の意識を高めて行って欲しい。

日本では石破茂が首相になり、アメリカではトランプが大統領になった。
日本人が毅然とした態度で臨まなければアメリカの属国になりかねない。


日本文化の核心




以前から日本文化及び日本人の美意識について関心をもっていました。
音楽プロデューサーとしてヒット曲を量産していく中で、日本人の心の動きが
時代によって変化するものと変化しないものがあることに気がつきました。

70年代日本では歌謡曲と演歌と言うジャンルが支流で、一部の洋楽ファンの
間からは、自分たちが聞きたい日本の音楽が無いと不満が出ていました。
私は72年~74年まで英国にいた強みを活かして、レコード会社に入社後
新しいジャンル「ニューミュージック」という枠組みを提案して採用されました。
楽曲の中に今までと違ったリズム・テンポ・ビートを取り入れたのです。

ヒットの大きな要因は、歌詞の世界は日本風で楽曲は洋楽風という混合です。
一言で言えば「和魂洋才」ということになります。
これはどこの国でもヒット商品を創り出すときに自国の文化と他国の
文化を組み合わせることによって売れる商品になると分かっているからです。
違うものを掛け合わせる「異種交配」と言うべきものです。

私は1949年の生まれです。戦争が終わって5年後に誕生したのです。
教科書の中身は変わったとしても先生方の教え方は戦前の意識のままでした。
よく悪戯をしてビンタをくらい、水一杯のバケツを持って廊下に立たされ、
ひどい時には校庭を100周走ってこいと厳しいスパルタ教育の中で育ちました。

私が特に文字から「日本文化」を学んだのは数多くありますが、
哲学書、仏教書、歴史書(茶道・華道・武芸・国学)などです。
愛読書として丸山眞男、山本七平、小林秀雄、堀田善衛もあります。
こちらは日本文化というよりも日本人の精神論が語られていました。

それらの中でも特に印象に残っているのが明治時代英国から来た御用学者の
バジル・ホール・チェンバレンの「日本事物誌」です。海外から来た
人達が見る日本の日常生活が描かれていました。外から見た日本文化です。
それともう一冊上げるとすれば2011年に入り出版された
松岡正剛氏の「連塾方法日本」です。
日本の面影の源流を解くと題された三冊のシリーズ本です。
これは内側から見た日本です。日本文化の特徴が事細かく書かれています。

生前に松岡正剛氏にお会いして話をしたことがあります。
物静かな学者タイプの印象と身体から沸き起こるマグマのような
印象が強く記憶に残っております。まさに「知の巨人」という表現が
ピッタリの人物でした。

ここに松岡正剛氏の書籍の紹介文がありました。
とても分かりやすいことと基本的な日本文化の核心が書かれています。
記事をそのまま掲載させていただきます。

日本人なのに「日本文化」を知らなさすぎる・・・
松岡正剛が最後に伝えたかった「日本とは何か」
「わび・さび」「数寄」「歌舞伎」「まねび」そして「漫画・アニメ」。
日本が誇る文化について、日本人はどれほど深く理解しているのでしょうか?
昨年逝去した「知の巨人」松岡正剛が、最後に日本人にどうしても伝えたかった
「日本文化の核心」とは、2025年を迎えたいま、日本人必読の「日本文化論」
をお届けします。

私は「連塾方法日本」三冊を何度も読み、なるほどと感心するばかりでした。

「分かりにくさこそ」日本文化
日本文化はワビとかサビとかばかり言って、どうもむつかしいというふうに
言われてきました。だからわかりやすく説明してほしいとよく頼まれます。
しかし、この要望に応える気持ちはありません。断言しますが、日本文化は
ハイコンテキストで、一見、わかりにくいと見える文脈や表現にこそ
真骨頂があるのです。
分かりやすさを求めればいいというものではありません。

空海の書、定家の和歌、道元の禅、世阿弥の能、芭蕉の俳諧、
近松の人形浄瑠璃、宣長の国学、鴎外の小説、劉生の少女像に何か感じる
ものがあるというなら、わかりやすくしようなどと思わないことです。
彼らが放った「間架結構」「有心」「時分の花」「面影」「さび」
「もどき」「古意」「簡浄」「美体」などというコンセプトそのままに、
日本文化を会得していくべきです。

「おもかげ」「うつろい」こそ、ジャパンスタイル。
日本文化の正体は必ずや「変化するもの」にあります。
神や仏にあるわけでも、和歌や国学にあるわけでもありません。
神や仏が、和歌や国学が、常磐津や歌舞伎が、日本画や昭和歌謡が、
セーラー服やアニメが「変化するところ」に、
日本文化の正体があらわれるのです。

それはたいてい「おもかげ」や「うつろい」を通してやってくる。
これがジャパンスタイルです。しかし、このことが見えてくるには、
いったんは日本神話や昭和歌謡や劇画などについて目を凝らし、
そこに浸って日本の歴史文化の「変化の境目」に詳しくなる必要があります。

白村江の戦いや承久の乱や日清戦争は、その「変化の境目」がどのような
ものであるかを雄弁に語ります。そこは見逃さない方が良い。
それはアン女王が分からなければピューリタニズムがわからにことや、
スペイン継承戦争が分からなくてはバロックが見えてこないことと同じです。

ところがいつのまにか日本文化というと「わび・さび・フジヤマ・巨人の星・
スーパーマリオ」に寄りかかってしまったのです。それでもかまいませんが、
それなら村田珠光の「心の文」や九鬼周造の「いきの構造」や柳宗悦の
「民芸とは何か」や岡潔の「春宵十話」はどうしても必読です。
せめて山本兼一の「利休にたずねよ」や岩下尚史の「芸者論」や中村昇の
「落語哲学」はちゃんと読んだほうがいい。

日本は一途で多様な文化を作ってきました。しかし、何が一途なのか、
どこが多様なのかを見極める必要があります。
日本人はディープな日本に降りないで日本を語れると思いすぎたのです。
これはムリです。安易な日本論ほど日本をミスリードしていきます。

如何だったでしょうか?
私達は以前に比べて海外の人達と関わることが多くなってきました。
そんな時に必ず聞かれる「日本文化」についての回答に適しています。
難しい海外の言葉も携帯翻訳機を使えば問題ないですよ。
先ずは少しでも日本の文化と歴史を知ってから海外の事に興味を持ってください。

今一度、日本は一途で多様な文化を作ってきました。
しかし、何が一途なのか、どこが多様なのかを見極める必要があります。
日本文化の核心に触れることが大切です。
私にとっての日本文化の核心は読書から体験へと移行していきます。
今後も日本文化への興味は尽きることがありません。


日本の美




美とは何か?
美という漢字は羊が大きいと書きます。
その他、善、義、洋、佯、祥にも多くの羊が書かれています。
いかに羊が大切な動物であったかが分かるかと思います。
漢字の中に秘められた語源を探ることも大切です。
漢字成り立ちの真理が分かります。

日本の美とは?
西洋との大きな違いは、西洋は宗教に基づいた内容で華美で装飾的である。
反対に日本は質素で写実的であり素材や影の部分を大切にしてきた。
それを表す言葉として「ワビ・サビ」と「間と余白」がある。
ワビとサビとは何か?間と余白とは何か?
「ワビ」はわびしいこと。思いわずらうこと、悲しみなげくこと
「サビ」は現象としての渋さと、それにまつわる寂しさとの複合美。

「間」は、構成要素によって作り出されるものではなく、
むしろこれらの要素を経験する人間の想像力の中で認知される。
したがって、「間」は間隔を重視して理解される経験的な場所。
「余白」は、「間」の感覚を背景にして、日本美術とともに発展してきた。
これらは、「引き算の美学」とも言え、余白を美しく感じるために、
草花などが描かれているのではないかと思えるほどです。

北斎の浮世絵に見る「余白」とは色を抜き取り、
見る人の想像力を高めるための技法である。
華美な装飾で飾る西洋人に対して日本人は簡素であり枯れている。
勢いでは無く衰退でも無く物静かなのである。
谷崎潤一郎という作家が書いた「陰翳礼讃」という本がある。
日本家屋は影を取り込みながら、それを活かすことに美を感じる。
床の間にさす朝日が、縁側の日差しが、欄間から漏れるあわい光が
住人の心を癒し、四季の移ろいを家屋の中で楽しむようになっている。

70年代後半から「和魂洋才」という言葉が作られた。
その頃の音楽はこの定義に基づいて作られたものが多い。
街中に日本と西洋をミックスした洋服や雑誌で溢れかえっていた。
今でも若い人たちにはまだまだ西洋文化で作られた衣服装飾に憧れる。
素顔と化粧顔と比べたらもっと美を求めてプチ整形が当たり前になった。
本来の美を求めずに流行りの美を身にまとうことで満足している。

しかし年齢を重ねると一時の流行ものに無頓着になる。
着飾るよりも個人の人間性に重点を置くようになる。
中年になり渋み苦味が少し分かるようになると、
甘味一辺倒の若造が口先青く御託を並べても負けることは無い。
人間関係も派手な人と地味な人ではどちらを好むか?
そう見た目ではなく醸し出す人間性に魅力を感じるようになる。

静かな薄明かりの中でオールドジャズを聴く、出来れば片手にブランディーと
もう片手にハバナ産の葉巻があれば最高です。
イサムノグチの薄明かりが竜安寺の石庭が、嵯峨野野宮神社の白砂が、
上賀茂の太田神社のカキツバタに日本の美の原点を見る。
これこそが侘び寂びの象徴に思えてならないのです。
海外の観光客が一番に訪れる場所が日本の美を感じられる場所です。

更に世界最古の美は何かという質問の答えは、
スペインのアルタミラ洞窟に書かれた壁画ですと答える。
紀元前35,000~前11,000年の後期旧石器時代の
壁画や線刻画が残る洞窟群を登録した世界遺産で、特にアルタミラ洞窟は
その芸術性の高さからバチカン宮殿(世界遺産)の礼拝堂になぞらえて
「先史時代のシスティーナ礼拝堂」と称賛されている。

私見であるが「美」は「空間認識」である。自分と対象物の間にある存在を
空間認識という。その空間で美が漂うのである。美は物ではなく空間にある。
脳は錯覚の臓器です。美しき対象物を情報としてとらえたものを
美しいと感じてしまうから、そこに醜悪が混じり込むと戸惑うのです。

たとえば、
美しい女性が通りの向こうから歩いてくる。それを見惚れていたら
突然噛んでいたガムを道路に吐き出した。美から醜悪へと変わる瞬間。
美しい海辺の朝日に見惚れていたら突然戦闘機が横切った。
これも美から醜悪へと変化した瞬間である。
花壇で育てた美しい薔薇の花の上にカラスの糞が落ちた。
美から憎悪と醜悪が入り混じる瞬間です。

脳は錯覚の臓器である。
美しいと認識しているからモナリザの絵は美しいのであって
チョット表情を変えれば意地悪そうな醜悪の部分が見えて来る。
我々が美を認識するのは小学校の授業からである。
美術の時間、に教師から美術の定義を教えてもらい
脳にその内容が刷り込まれる。
自然は美しい、草花も美しい、朝焼けも夕日も綺麗だ、
子イヌやネコはかわいい、牛や馬もかわいいと覚えてしまうのです。

「道の美」
茶道が、華道が美しいと感じるのは無駄のない美しさがあるからです。
茶道「和敬清寂」
和は調和、茶の道をお互いに分かち合い、楽しむことです。
敬は、自らは謙虚に他者を敬い、自然を敬い、先人達を敬うことです。
静は清ともいい、邪念の無い清らかな心や
清められた道具や茶室のことです。
寂は空や無といった、禅の究極の根本思想です。
この和敬静寂こそ茶道の基本的精神であり、
支柱となる心得なのです。

これを茶道の稽古を通じて求めていく修業が茶道です。
さらに、「一期一会」の精神の元、一度かぎりの茶席の
かけがえのなさを大切にすることも問われます。

華道「引き算の美」
四季折々の樹・枝・草・花などを切って花器に挿して、
その美しさや命の尊さを表現し、観賞するものです。
人と同じ命のあるものとして草花を扱い、
その美しさを花器の上で表現するのです。
花を生ける時に命を感じ、心をみつめ、
理想とする美しさを花で表現することが華道の心得です。

元来、仏へ草花を供える供花から始まったものです。
室町時代の東山文化での書院造りの建築の床の間に、
決められた方法に従って飾られるようになりました。

三流の華人は季節の花を取り揃えても使いきれない。
二流の華人は季節の花を全部いけてしまう。
一流の華人は季節の花を抜き取り空間を意識していける。

美は空間認識です。
正しい知識とそれを捉える自分を意識して楽しんでください。


信頼と期待




SNS上には感動の言葉の羅列が目に付く。
読みやすいように箇条書きにしている。
私も同じ手法を使うが果たしてこれは記憶に残るのだろうか?
多分発信者は思い入れがあっても受信者は無関心な場合が多い。

日々テレビに流されるコマーシャルは15秒から30秒サイズで作られる。
これを何回も繰り返して放映するので先に子供たちがCMを覚えてしまう。
CMは正しい日本語ではなくダジャレに近い造語が多いのが気になる。
そして商品とは無関係なお笑いタレントやアイドルが笑顔で会社名を言う。
消費者が商品選択の場合に「この名前聞いたことがある」で
買ってしまうことが多い。マーケテイングのAISASの法則です。
最近ではテレビよりSNSに流す方が、効果があると判断している。

一番気に入らないのはお酒と公営ギャンブルのCMである。
不特定多数の人達が見る公共の電波を使い悪影響の垂れ流しである。
儲かれば良いとする考えで作られるCMに対する企業の倫理は何処にある。
飲酒もたばこもギャンブルも年端もいかない子供への影響の配慮に欠ける。
何が秩序正しく規律を守る日本人なのか?嘘だらけである。

このようなCMに出演しているタレントや映画俳優は
イメージダウンにつながる心配はしていないのだろうか?
高額な報酬ならなんでもよいと営利主義になっているのだろうか?
お笑いを売り物にしている芸人さんは論外である。
もともと非常識を売り物にしているので一向にかまわない。
観なければ良いだけである。

正しい漢字に秘められた正しい解釈をしていれば正しい人間が育つ。
日本語表記は漢字・カタカナ・ひらがな・アルファベット・数字の5表記があり
右側から・左側から・上から下に自由に書くことが出来る。
最近では絵文字が加えられて6表記になったとも言われています。
世界でも珍しく識字率が高いのは漢字国家であるからである。
しかし我慢強くあれこれ欲しがらず必要な物だけを手に入れる
倫理的教育が完全にこの国から消えた。
規律なき民主主義、悪徳商法自由経済はアメリカから持ち込まれた。

いつの世も時の政治家に全幅の信頼を寄せて国民は思うままに従った。
しかし世界広しといえど政府に頼りすぎる国民は決して幸福にはなれない。
アメリカや中国の奴隷議員ばかりと失望しても抵抗は出来ない。
70年代、心ある若者たちは学生団体を主軸にして安保条約反対の声を上げた。
新宿西口で機動隊に殴られデモ行進を続けたが卒業前に親に泣きつかれて
力尽きた。その頃の若者たちはもうこの国も大人たちも信じないからと
海外へ飛び出して行った人間も多かった。
私も北回りの安いチケットを手に入れて英国へ渡った。

デジタルモバイルで感動の言葉を眼にしても流している場合が多い。
例えばこのような言葉を見た時にあなたはどのように感じるのだろうか?
「自分の幸せ」と「相手の幸せ」は違うこと
「悪い所」より「良い所」を見つけること
「言葉」に「責任」を持つこと
「知る」よりまずは自分を「知る」こと
文字を見る限りでは良い言葉ばかりである。
これをどのように受け取るかが大事です。
そして実践の方法が無ければただの言葉のメモになってしまいます。

人生の最後にスティーブジョブスが語ったこと
人生の最後に悟った紛れもない5つの真実。
金持ちになるために子供達を教育するのではなく
幸せになるために子供を教育するのだ。
そうすれば、彼らは大人になったとき
値段ではなく物の価値を知ることができるだろう。

食べ物を薬として食べなさい。
食事として薬を食べなければならない。
あなたを愛する人たちは決して見捨てることはない。
たとえ諦める理由が100あったとしても。
彼らは耐える理由を一つ見つけるだろう。

ただ早く歩きたいなら一人で行きなさい
でも、遠い道のりを歩くなら、仲間と共に進むべきだ。
世界で最も優れた6人の医師は、
日差し、休息、運動、ダイエット、自分への信頼、そして友人たち。
全てのステージでそれらを保ち、健康的な人生を楽しもう。

信頼は正しい発言をしたから良いのではなく、
正しい行いをしてから生まれるのです。
期待は他人に求めるのではなく自分に求めるのが大切です。
他人に期待すると失望が現れますので期待しないことです。

私の座右の銘は「愛語よく回天の力あり」です。
美しい言葉を使う方が正しいコミュニケーションが取れます。
どのような言葉も気を付けなければならないのは相手の受け止め方です。
自分が正しいと思う言葉でも相手を傷つけることもあります。

最低のマナーとして、
一) 勇気を与える言葉は面と向かって伝える。
二) 戒めの言葉は人のいないところでする。
三) 褒める時には他人から伝わる方が嬉しくなる
この三つを守ってください。

どんなに良い言葉でも伝え方を間違えれば相手に恥をかかせることもあります。
そして心に傷をつけてしまいます。
たった一言でも自殺の誘導になる事があります。
言葉は人生を変えるほどの力があることを忘れないでください。
そして極力「愛の言葉」をお使いください。

信頼するから期待をする、期待をするから絶望が生まれる。
私が最近学んだことは、言葉はほうり投げるのではなく手渡しすること。
それも、その言葉を求めている人、受け止める人の期待度にもよります。

昔TPOという言葉が流行りました。
時間と場所と目的と言う意味です。
話をするときにはまさしくその時の時間(朝・昼・夜)が気になります。
そして市民講座や大学の講義や社会人のフォーラムなどは場所も重要です。
そして最後に目的です。
主催者側とお客様のニーズが何かを知らなければなりません。
年齢も大きなファクトになります。

信頼と期待に応えるために正しい情報を集めるようにしなければなりません。
そして常に発信することも大切です。その時は言葉の手渡しをしてください。


あっさりと見放す




人との縁は良縁と薄縁がある。
長いお付き合いが大切だと言われるが執着する必要は無い。
できれば自分の意に添わない人間との関係は早めに終わった方が良い。
縁とはタイミングなのである。出会うべき時に出会う人が良縁で、
出会う必要がない時に出会う人はなるべく薄縁で終わらせた方が良い。

私のプロデュース法の基本は信頼と可能性である。
アーティストが頼ってくれば必死になって応援するが、
売れて反論が多くなれば担当から外ずれる。

例えばプロデューサーは象使いである。
相手が獰猛な象のままでは一生訓練だけで終わることがあり、
従順な象であればつねに晴れの舞台を用意することもできる。
象が主役でプロデューサーは誘導する人である。
この誘導の仕方で売れるかが決まる。
誘導とは共有の価値観と信頼がなければ務まらない。

アメリカのキング・オブ・ロック、エルビス・プレスリーと
プロモーター、パーカー大佐の関係を見ると分かる。
大佐はプレスリーの人気を商売道具として売り込み大儲けをした。
当初より音楽にはあまり興味が無くプレスリーの注目度に目を付けただけである。
しかし、当時のアメリカ(ロックに対して批判的)では、彼の存在が無ければ
エルビス・プレスリーがあれほどまでの人気は得られなかった。

白人社会では黒人の匂いのするR&B風ロックンロールは、自分たちが信じる
神への冒涜だと世の中に出ていくことを猛烈に反対したのである。
その為にプレスリーの母親は熱心な信者なのに教会への出入りを禁止された。
プレスリーに対して様々な妨害の中でコンサート会場の貸し出しも
禁止にしたのである。

私はヒットを出すためのプロのプロデューサーであったから、
常に売れることを目的として活動した。
新人を売り込むために放送局や雑誌社や有線放送やレコード店に
日参しました。代理店へタイアップの依頼もしてCMを取り付けもしたのです。
そして最後はテレビ局へ行って人気歌番組への出演もブッキングしました。

私の口癖は世の中の音楽には「好きな音楽」「良い音楽」「売れる音楽」の
3通りしかない。
偶然でヒットを出す人もいるがそんなタイプは一発屋で終わる。
ヒットが長く続かないのはプロデューサー不在のアーティストに多い。

必ずアーティストの面接の時に聞く言葉として上記の3点を言い、
「君たちはどの音楽がやりたいのか」決めてください。
そして「売れる音楽」と答えた人とだけ仕事をしたのです。

私のプロデューサー理論。
3流のプロデューサーは業界のルールと礼儀作法を教える、
2流のプロデューサーは現在売れている人の真似をさせる、
1流のプロデューサーはアーティストの才能を引き出す。

アーティストの才能の種を見つけても育てなければ意味がない。
そして良い作物に育てても市場に出さなければならない。
市場に出しても高値で売れなければ意味が無い。
どんなに良品であっても世間の市場価値を知らなければ売れ残ってしまう。

ビートルズのプロデューサー、ブライアン・エプスタインも
彼らの才能を認めつつ、髪形を変えて、服装を変えて、言葉使いを変えさせた。
メジャーになるには才能だけでなく印象にも注意を払わなければならない。
それに見事にこたえたビートルズのメンバーも売れることを望んだのです。
反骨のロックをファッションとして売り出した天才的なプロデューサーである。
私のお手本になった人です。

新人アーティストは売れていない時にはプロデューサーに従順であるが、
売れるとプロデューサーに対して反抗的な態度が現れる。
その為にエンタテインメントの世界では長期契約で縛ることが多い。
私は約3年をめどとして作業に取り掛かることがほとんどでした。

デビュー前は毎日未来の成功話で花が咲いた。
少し売れ出すとお互いの連絡の頻度が少なくなる。
アーティスト側から取材やコンサートや個人的な悩みの相談も無くなる。
どんな時にも夢を語らくなったアーティストは輝きが薄れていった。
そんな空気が伝わるとプロデューサーのスイッチもオフになる。

プロデューサーの仕事は、表向きは華やかで楽な仕事のようにとられる。
しかし、一人のアーティストを売り出すためには苦労の連続である。
代理店や放送局や出版社にどれほど頭を下げたか分からない。
音楽評論家からも悪口を好き放題書かれたこともある。
でも、そんなことよりもアーティストの新曲を心待ちにしている
ファンの事を考えると泥水も平気で浴びることができた。

普通の人に言いたいのはもっと「ドライに生きる」ことです。
その為に、
お人好しにならなくていい
いちいち反応しなくていい
よかれと思って動き過ぎない
やたらと笑顔を振りまかない
むやみに関わらない
必要以上に話さない
やみくもに心を注がない
いたずらに口を挟まない
わざわざご機嫌をとらない
無理に答えを出さない

社会に馴染もうとして無理をする。
会社に馴染もうとして周りに合わせる。
人間関係に馴染もうとして無口になる。
そんなことしなくても良いんだよ。
自分のペースで少しずつ慣れればそれで十分さ。
くだらない仲間や理不尽な社会に合わせる必要はない。
他人から自分らしさを笑われても気にしないこと。

ただ人を思いやる気持ちは失わないようにしなさい。
お金に執着しないようにしなさい。
ささやかな喜びを積み重ねて幸せになりなさい。
人生は自分磨きの連続です。
しっかりと磨いてくださいね。


アメリカの策略




石原慎太郎の書いたある書籍は、すぐさま英語に翻訳され、海賊版が出回った。
アメリカの政治家や実業家などの有力者たちは、この海賊版を手に入れようと、
書店をかけずりまわり、まさにお祭り状態となった。
その問題の書籍に全米が怒りをあらわにしたのだが、
その怒りの理由はむしろ、そこに書かれた意見というよりも、
そこに書かれた事実が真実であったからだった。

その書籍は「NOと言える日本」。
この本は石原慎太郎だけのものではなくソニーの会長盛田昭夫氏との共著である。
なぜアメリカ全土の怒りをかったかというと、
そこには、日本がアメリカを屈服させる方法が書いてあったのだ。
太平洋戦争で完全に負けたアメリカに、いまさら何で勝てるのだろうか?
鍵を握るのは、「半導体」だった。

実は、石原慎太郎のこの著書に書いてあることは、強がりでもなんでもなく、
実際に、当時のアメリカ国防省長官ブラウンが、強い危機感を抱いていた。
「もはや、日本の半導体なしでは、
 アメリカはミサイルを作ることはできない…」
当時、日本の半導体は世界シェア49%を誇り、世界の半分を占めていた。
特に大陸間弾道ミサイルを作るために使うような高性能な半導体は、
日本にしか作れないという状態だった。

日本は、半導体の製造技術でもって、アメリカの軍事的優位に揺さぶりをかけた。
それこそが、石原氏の主張した「日本がアメリカを屈服させる方法だった」
しかし…あなたもご存知の通り、
その後の「半導体戦争」に勝ったのはアメリカでした。

Apple、Google、マイクロソフト、半導体の力を駆使して、
世界のトップ企業に立ったのは全てアメリカ企業です。
そして、今では日本の世界における半導体シェアは、49%から6%まで
下がってしまいました…
では、いったいなぜ、そんなに半導体のシェアが下がってしまったのか?

1980年代に、日本とアメリカの間で何があったのか?
テレビや新聞は報じない、アメリカが日本に仕掛けた罠とは?
金融政策であった。
貿易関税を引き上げ、実質日本製品を買わせないようにした。
日本の半導体会社は幾ら良質の製品を作っても
売れなければ工場を占めなければならない。
その間、韓国と台湾に追い抜かれてしまった。

しかし現在2024年11月1日ワールドシリーズでドジャーズが優勝した。
その中で活躍したのは日本人の大谷翔平である。
ベースボールの記録を数々塗り換えて誰もが認めるスーパー・プレイヤーです。
WASP(ワスプ)と言われる白人たちは、はらわたが煮えかえっているはずです。
車や半導体なら関税を上げて阻止することもできたのだが、さすがに
人間の活躍には関税をかけることは出来ない。
しかしアメリカは怖い国である。ケネディーもキング牧師もジョンレノンも
理由をつけて射殺する事ぐらい平気で行う。そのような悲劇が起こらないように
祈るばかりです。

この原稿は昨年選挙前に書かれたもので古い情報になりますが、
今回敢えて掲載しました。
共和党のトランプ陣営が集まるフォーラムに参加した時に下書きをしました。

大統領選挙が間もなく行われるトランプにしてもハリスにしても
発言内容を聞く限りでは建国のリーダーの資質がまったくない。
逆に亡国の輩と言う言い方の方がふさわしいかも知れない。
アメリカを、移民を、女性を守ると言いながらうわべだけの
荒唐無稽な話を続けている。

政治情報サイト「リアル・クリア・ポリティクス」によると、
全米を対象にした各種世論調査の平均では、10月27日時点で、
支持率は民主党のハリス副大統領が48.4%、共和党のトランプ前大統領が
48.5%とトランプ氏が0.1ポイント上回っています。

選挙の行方を左右する7つの激戦州では、ハリス氏が複数の州でリードした
時期もありましたが、現在はトランプ氏がすべての州でハリス氏を上回っています。

ただ、その差は0.1ポイントから最大で2.3ポイントとわずかで、激しい競り合いが
続いています。ハリス氏は集会で「トランプ氏による分断と怒りの政治から脱却する
必要がある」などと訴えているほか、民主党内で今も人気が高いオバマ元大統領らが
激戦州に入るなどして、党を挙げて支持を呼びかけています。

これに対してトランプ氏は、バイデン・ハリス政権がインフレ対策や
メキシコとの国境管理で十分な対応をとらなかったとして
「ハリス氏は大統領にふさわしくない」などと批判し、支持を訴えています。

ただ、トランプ氏に対しては共和党内でも距離を置く有権者が一定数いて、
トランプ氏がみずからの支持層に加え、支持を広げられるかが焦点です。

大統領選挙の投票日が近づく中、郵便投票のために路上に設置されている
投票箱に火がつけられるなど、放火事件が相次いでいます。

このうち西部ワシントン州バンクーバーでは、28日の朝、日本の
郵便ポストのような形の投票箱から煙が上がっているのが見つかりました。

アメリカABCテレビが直後に撮影した映像では、駆けつけた警察官が
投票箱を開けてかき出した投票用紙が、ほぼ燃え尽きている様子が確認できます。

前日の27日朝以降に投函されたおよそ数百枚の投票用紙のほとんどが、
焼失したとみられるということです。

この少し前には、隣のオレゴン州ポートランドでも投票箱の一部が焼けて
投票用紙3枚が損傷し、警察は防犯カメラの映像などから、火が出る直前に
投票箱の横に車を止めた人物が相次いで火をつけたとみて、放火事件として
調べています。

日本ではありえないことです。
選挙とは政治とは、一部の権力者たちがゲームのように取り扱って
良いものでしょうか?民主主義とはそのようなものなのでしょうか?
しかし歴史を見る限りでは世界を征服したイギリスもフランスも
スペインもバイキングの国でした。
世界の金・銀・香辛料とありとあらゆるものや歴史ある財宝を盗んでいった
バイキングの国だったのです。

世界のありとあらゆる紛争・戦争は「金の流れを見ると分かる」と言われています。
民衆からの声「愛と平和と正直」で世界が変わったためしがない。

2025年1月20日トランプ大統領が大統領公約100の発令をだしました。
あらゆる団体から猛反対の声が上がりアメリカの良識が崩れたと言われています。
パリ協定からの脱退、WHOの援助停止、関税の大幅引き上げに
各国とも納得がいかず容認できるものではありません。

しかし、この混沌とした世の中を変えるのは常識では判断できない
トランプ大統領のような人物なのかもしれません。
裏取引のバイデン元大統領よりも分かりやすいのがトランプ大統領です。

今後ますますアメリカの策略が猛威を振るいます。
トランプがくしゃみをすれば日本も風邪をひくのです。
今は動向を見守るしかありません。


狂気なき天才とは




才能がある一般人と特別な能力を持つ天才との違い。
天才たちが必ずいう言葉は「天才とは努力の積み重ねが結果として
現れたもので、何もしなくて天才という人間は生まれない」
天才とは努力の積み重ねを言う。しかし多くの天才は克服の追求者で
あることには間違いない。自己実現型ではなく自己追求型である。

天才の顔つきは共通点が有る。どこか一点を睨め付けているような顔である。
そして一様に寡黙な顔つきで喜怒哀楽の表情を表さない。
天才は年齢に関係なく頑固者が多い。
何があっても信念は変えない一途な顔をしている。

天才に言葉は必要ない。しかしインタビューに答えるために
いつも目が動きキョロキョロしているのは精神的な不安と、質問者から
愚問を投げかけられた時に答えに窮して戸惑った表情になるからである。

以前、IPS細胞の研究をしている山中伸弥先生にお会いした時に感じた事がある。
山中先生といえば2006年にマウスの皮膚細胞から、2007年にはヒトの
皮膚細胞から人工多能性幹(IPS)細胞の作製成功を発表し、
新しい研究領域を拓く。これらの功績により、2010年に文化功労者として
顕彰されたことに続き、2012年には文化勲章を受章。
2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。

お話上手で人の良い印象を持ったのですが、その眼光は鋭く目標に向かって
曇りない一点を見つめている顔が印象的でした。一度は研究発表を話された時、
また別の機会では支援金を集めるためのコンサート会場でお見かけしました。
ノーベル賞受賞者自ら資金を集めなければならない現実に少し驚きました。
ここに日本政府の文化芸術及び医学の研究者に国の宝として援助する気持ちが
無い事です。

過去と現代を比べてみると天才のスタイルが大幅に変わって来ている。
野球の大谷翔平選手や将棋の藤井聡太八冠といった、常人の想像を超えた
前人未到の道を切りひらいている“天才”の姿に日本中がわいている。
特定の分野に愚直に向き合い、それを楽しんでいる彼らの姿が、
いっそう私たちの好感度を高めている。

一方で、「天才と狂気は紙一重」という
言葉で表現されるような特徴は、かつての天才に欠かせぬものだった。

精神科医で批評家の斎藤環さんは「天才が持っているダークサイドに
今や人々が興味を失っている」と分析する。
天才像の変容について聞いた。
たとえば、19世紀の天才画家・ゴッホの人生はトラウマだらけです。
他にも天才的な詩人・宮沢賢治も妹を早くに失うなど、トラウマ的な
経験のなかで、激烈な創造性を発揮しています。

彼らが経験した厳しい逆境を踏まえるなら、最近の作家や制作者たちは
天才を“キレイ”に描いているなと思いますが、それはすなわち、
今や人々は天才の持つダークサイドに興味がないことの裏返しだと思います。
天才のダークサイドを描いても、人々に響かない時代になりつつある。
トラウマ的な経験のなかで、激烈な創造性を発揮してきたかつての天才たち。

AIの時代に入ると勝手にコンピューターが天才を分析してしまう。
少年時代、青年時代、世の中に登場した時代を理路整然と語る。
大谷翔平のように高校時代の計画表であるマンダラマップが提示されて
天才の凄さを見せることが簡単にできてしまう。
しかし波ならぬ練習方法や肉体改造の苦労までは書かれていない。

その上にSNSの影響で簡単に自宅が紹介されて奥様とのプライベート迄
毎日書き込まれてしまう。下品なのはそれをメディアが取り上げることである。
正式に取材できない部分SNSの情報を大衆に流してしまう。
モラルの低下とプロとしてのプライドの無さにはあきれてしまう。

過去には天才と称された画家山下清がいた。
<山下清(やました・きよし)> 1922〜71年。東京・浅草生まれ。
知的障害児教育施設「八幡学園」で貼り絵と出会い、顧問医らの指導で
才能を開花させた。18歳の時、学園を脱走。放浪生活を繰り返す。
戦後、各地で作品展が開かれ「日本のゴッホ」と評された。
徳川夢声との対談などでの発言「兵隊の位に直せば…」が流行語となる。

山下清に対する美術の専門家たちの評価は今も昔も散々です。
中身がない、深みがない、踊らされているだけ…。
彼を支援するはずの福祉の専門家からも「一人の天才を称賛するのは、
障害者の教育・支援の方向として間違い」と批判されます。
 
共通しているのは、山下への忌避感。専門家、職業人といわれる人たちが、
自分の地位の土台である「芸術は、福祉はこうあるべきだ」という固定観念が
揺らぐ危険を感じ、排除しようとしたとさえ感じます。
 
特に、美術の専門家たちの反応には、「高尚で洗練された」美術制度とは
無縁の山下のほうが大衆的には人気が高かったことへのねたみや怒りが見てとれる。
表面上は見えないように繕ってきた偏り、ゆがみ、傲慢(ごうまん)さが
見えてしまう。山下はまるで魔鏡のようです。
 
それでは山下の作品をどう見るか。正直、今でも正当に評価されているとは言い難い。
構図や色の選択はある意味で「凡庸」。絵はがき的と思えるかもしれません。
しかし、よく見ると常人には不可能な超絶技巧で作られています。
その技術の冴えだけでも一見の価値はある。

加えて、その描かれた時空間の独特さ。一瞬を写したような作品なのですが、
そこには山下が経験した長い時間が凝縮されて閉じ込められています。
それは写実のようで写実でない。克明に描かれた風景なのに、その中に入って
行ける気がしない。ギリギリのところで拒絶されているような、夢の中にいるような、
不思議な非現実感、距離感があります。

かと言って生気がないというわけではなく、山下が体感した現地の空気感も
生き生きと描かれています。
山下とは何だったのか。それが分からないから魅力的なのだと思います。
美術の世界でも福祉の世界でも外側に置かれてきた。
障害がある人たちの独特な美術作品が「アウトサイダーアート」として
注目されていますが、少年期に受けた美術教育の痕跡を色濃く残す山下の作品は、
そこにも居場所がない。

皆様は天才のダークサイドをどのように印象としてとらえたでしょうか?
私にとって天才とは狂気と努力の中から生まれるものと思っています。


AIの分別知




俗にいう「Al対人間」とはどの人間を指して述べているのか分からない。
AIのどのような機能と人間のどのような能力とを戦わせようとするのか。
進化という抽象的で曖昧な表現にもう人間は欺かれない。
全ての人がAIを受け入れているわけではないAIに無縁な人もいる。
便利なツールであることに変わらないのだが、便利ゆえに人間の思考が
退化する恐れがある。指先ひとつで文章からデザインから写真や動画まで
瞬時に操れる時代がすでに目の前に現れた。
頭の中でイメージするだけで理想的な作品が出来上がる。

私が人間として誇れるのは朝日を浴びて森の中を散歩する。
木々の緑の中を鳥たちが飛び回る。川の流れが聞こえてくる。
広がる大空を見ながら絵の具を取り出す。
そして真っ白なキャンバスに最初の一筆を塗りこめる。
黄昏時には真っ赤に染まる山々を眺めながらテントを張る。
漆黒の闇の中では星空が心を洗ってくれる。
流れ星を数えながらフクロウの声を聞く。
それぞれの音を出し合いながらコミュニケーションを取る。
そこに美しい音楽が生まれて来る。
頭の中も身体も指先にも感じる大自然の息吹が心地よい。
人間の想像力はそんなところから生み出されることである。

西洋学の「分別知」は良いか悪いかを分ける二元論的な考えです。
AIはここに力を発揮します。データー情報の収集力と分析力を瞬時に
判断して、天候も経済も様々な人間の感情も見極めるのです。

基本、人は「考えれば分かる」と思っています。
そうやって物事を理解するために考えること(知恵)を、
仏教でも「分別知」と呼んでいます。
「分別知」の特徴は、物事を分けて、分析することです。
しかしAIと違うのは理解力が人間を中心に考えていることです。

「分別知」によって、「無分別智」を理解することは不可能です。
「分別知」は、自と他を区別し、見るものと見られるものを区別する
二元論的な知ですので、どうしても見る自分が残り、
ありのままの世界を見ることができないからです。
「分別知」が理解しているのは、自分中心に見た世界です。
しかも、私たちはそれをありのままの世界と思いこみ、
知っているつもりになっています。
AIは「無分別智」の世界にまで踏み込んでくるのだろうか?

最近お気に入りの生物学者福岡伸一氏がこのように述べている。
「美の起源」が生命にとって必要なもので鮮やかな青が美の最初の
出発点としてあったと考えます。
その後、人の歴史の中で美の基準は変化してきました。

シンメトリーで規則的なものがいいとか、むしろ変調したほうが
美しいとか、ずらしたほうが美しいとか……いろんなバージョンが
出てきたけれど、それらをもう一度噛み砕いて考え、根本に立ち返ると、
生命にとって必要なものや生命の在り方や自然に適ったものが
美しいはずなんです。
だから無理をして創り出されたものは本来美しくない。

個々の個性に美しさを見出すようになったのは、
それが自然な生命の在り方なのだと皆が認識し始めてきたから
ということですよね?そう思います。人間の思考の一つの傾向として、
幾何学的に整ったもの、左右対称や黄金比などある種の理想的な
完成された美というのが、求められた時代もありました。

でもそれは人間が頭の中で創り出したイデアと言えるのではないでしょうか。
人工的で定式化された美は、それに近づくことが美を求めることではないと
思います。“理想の美”を求められていた時代を反省してありのままの姿にこそ
美しさがあると思えるようになってきたのは、
正気を取り戻してきた証拠なのかなと。

人類は今正気を取り戻した!
でもこの現象って最近のことのように思うのですが、なぜ今なのでしょうか?
やはり行きつくところまで行ったからではないでしょうか。
科学技術やテクノロジーを過信して何でもコントロールできたり、
整ったものに改編できたりすると信じて近代化してきたわけです。

確かに建物や乗り物などの工学的な物の場合、テクノロジーはそれをより
完成形に近づけることができるようになったでしょう。
しかし、忘れてはならないのは我々の生命というのは自然であって、
工学的なものからもっとも離れた、偶然によって成り立っている
福岡伸一「エントロピー増大の法則」より

秩序あるものはすべて秩序ない方向にいこうとして逆らうことは出来ない・・・
というのが「エントロピー増大の法則」という宇宙の大原則。
AIを否定するつもりはない。むしろAIの進化に興味を持っている。
人間の代わりに危険な作業をAIが担うわけですから歓迎すべきかもしれない。
しかし、そこに多くの人が取り残されるのはあきらかである。

自然界の美を愛でるという行為が数値的な判断でAIが述べたとしても、
それに従う必要は無いのである。
人間の価値までもがAIの判断に任せることだけは反対である。
科学の進化に必要なのは芸術です。
芸術こそが人間の正気を取り戻すことが出来る唯一の手段です。

私は若い頃からずっと音楽の世界に居ました。
感情を音に乗せる作業と言うのは感性がものをいいます。
昔、録音したCDにノイズが多く入っていると指摘されたことがあります。
コンピューターがそう判断したから取り除きなさいと指示が来た。
ふざけるな!意図したため息をノイズと判断するコンピューターに何が分かるのか?

好きか嫌いか、美味しいかまずいか、心地よいか心地悪いかなどの感覚は
人間の脳が判断するものでAIに任せる必要は無い。