チャップリン

 

「人生は間近で見ると悲劇だが俯瞰で見ると喜劇である」
皆様はこの意味をどのように解釈するのでしょうか。
(俯瞰(ふかん)とは離れた上方から見ることです)

 

人間関係が絡んだ問題は多くの人を悩ます原因になります。
悩みを抱えた当人にとっては最大の悲劇でも、
俯瞰で見ると喜劇に見えるということです。

 

喜劇王チャップリンが言いたかったのは、
人生は悲劇と喜劇を合わせ持つドラマのようなもの、
どのような悲劇も角度を変えれば、
笑える喜劇として捉える事が出来るのではないかと言う事です。

喜劇王チャップリンには、
貧困と束縛と人種差別の中で社会風刺を題材にした多くの作品があります。
彼は悲劇の題材を俯瞰で捉えて喜劇にする天才でした。

 

悲劇自体を不幸と定義するならば、あらゆる不幸は既にあらゆる人達が、
様々な経験をして乗り越えているという事実があるということです。

それらのことを学びもせずに、同じ過ちを何度も繰り返す愚かな人間を見て、
古の哲人はこのように言っています。

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」。

正しく賢者として歴史に学ぶか、愚者として経験に学ぶかはあなた次第なのです。

 

悲劇が抱える問題は、仕事の話、恋愛の話、家庭の話、金銭の問題、
健康の問題など、多岐にわたりそして悩みの深さも人それぞれ違います。

自分の生い立ち・家庭環境・学習環境・友人関係などからも、
問題の受け止め方や解決方法などで違いが出て来るのです。

 

悲劇の妄想に囚われて不幸の連鎖が止めどもなく続く恐れがあるのです。
ちょっとした問題でも妄想から恐怖心に至るとノイローゼになることもあります。

鎌倉時代の最高権力者北条時宗が蒙古軍の襲来に恐れて悩み苦しんでいた時に、
彼の師である無学祖元禅師から一言「莫妄想するなかれ」と言われました。
どうなるかも分からないことをあれこれ悩む必要は無い。心静かに動静を見守れ。
人事を尽くして天命を待てばよいのだということです。

 

悲劇を引き起こす原因があります。それは人にある欲と云う毒です。

 

人よりも多く手に入れたい(貪欲)。人が持っているのが許せない(瞋恚)。
人よりも劣ることに腹立たしい(愚痴)。これ等を「三毒」と言います。

 

他人より良き仕事がしたい。他人より報酬も多く貰いたい。他人より美しい妻が欲しい。
これらの気持ちが悩みの引き金となり苦しむのです。

そして自分が持たなくて他人が持っている事に愚痴がでて嫉妬心が芽生え、
あいて(他人)を追い詰める行為を繰り返すようになるのです。

 

多くの悩みを抱えている人達の特徴は、閉鎖的に悩みを閉じ込めてしまい、
発散する行動(信念に基づく行為と体力消耗)が無いと云う事です。

自己保身が強く被害妄想に陥り易いのは解決の方法を他に求めないからです。
自己の悲劇を他人から喜劇と一時的に笑われても構わないじゃないでしょうか。
相談すべきは相談すべきなのです。

 

行き詰った時に両親や先輩や書物の中に答えがあることを忘れてしまっているのです。
相談する事は恥ずかしい事ではありません。相談しなくて悩む方が恥ずかしいのです。
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」とも言います。

悲劇とは知らないことを聞くのが恥ずかしいから、小さな問題が徐々に大きく膨れ上がり抜き差しならぬ状態になること。
喜劇とは食事も睡眠も取れない最悪の状態から、問題が解決した時にこんなことに悩でいたのだと笑える事です。

 

貴方が抱えている悲劇は他人から喜劇に見えているかも知れません。

自分の姿を俯瞰で見る事もお勧めします。