人を食う・人を飲む
人をやり込めることを「人を食う」と言います。
またあがり症の解決方法として「人を飲む」とも言います。
何故こんな言葉が出来たのでしょうか?
人を食ったは、人をばかにしたような、人を人とも思わない、
という意味の連体修飾句で、「人を食った話」「人を食った態度」などと使う。
「食った」は、「人を食う」の「食う」の連用形に、ある状態が過去から
継続していることを表す助動詞「た」の連体形を加えて連体修飾語としたもの。
「人を食った」は、辞書には「人を食う」という見出しで載っているが、
あまりにハンニバルのレクター博士に寄りすぎているので、
この形で使われることはあまりない。
「人を食った」も、そのままではエイリアンの自白みたいなので、
「話」「態度」のように体言を付けてようやく例えだということがわかる。
もっとも「人を食った話」でも、ラフカディオ・ハーンの怪談のタイトル
かと勘違いされるので(ハーンにはそのようなタイトルの小説はない。
ただし『食人鬼』という小説はある)、取り扱い要注意の慣用句ではある。
「食う」は食べるという意味だが、もとは、噛みつくとかくいつくという
意味の言葉なので、そこから「チャンピオンを食う」のように強い相手に勝つ、
「いっぱい食う」のようにだまされる(食わされる)などの意で使われ、
「人を食う」も攻撃して相手を倒すといったニュアンスを含んだ言葉と
なっている。
人という字を飲み込むとは手のひらに「人」という字を3回書いて
飲み込む動作は、「人を飲み込む」ということで、大勢の人前に出たときに、
その大勢の人に飲まれないようにするというおまじないのような要素が
あると考えられます。
一説によると、手のひらの中心には心を落ち着かせる「労宮」という
ツボがあって、人という文字を書くとその「労宮」というツボを自然と
なぞるらしいため、あがり症防止の効果があるといわれています。
「労宮」は心臓に繋がっていて、そこを軽く触れるだけで交感神経の興奮を
抑制し、ほてりやめまい、緊張をほぐす効果を得られるとのことです。
(労宮の位置は手のひらの中央。指を握ると中指の先端が手のひらに当る所)
手のひらに「人」という字を3回書いて飲み込むとは少し異なりますが、
歌舞伎役者の故・中村勘三郎は、先代の勘三郎の名前を手のひらに書き、
緊張せずに舞台を続けるまじないをかけていたという逸話が残っています。
これらの言葉は落語の世界や舞台役者の世界でよく使われてきた言葉です。
駆け出しの落語家が寄席に上がるときに先輩噺家から緊張しないようにと
掌に「人」と言う文字を3回書いて飲み込めと言われる。
勿論、舞台役者の世界でも途中で台詞を忘れないようにするために
このおまじないをする人もいました。
最近では「人を食った」話がそこかしこにあります。
SNSが普及されるまでは有名人はプライベートを隠し通すことが出来た。
レストランで食事をしてもVIPルームへ通されて個人の秘密が守られた。
たとえ問題が起きても事務所の圧力で各方面にもみ消しが出来たので
世の中に出ることはありませんでした。
そのお陰でテレビや映画の世界の人は我々とは違う別世界に住んでいると
思った人もたくさんいたのではないでしょうか?
ある意味スターが存在したから感情の高ぶりを覚えて夢を描くこともできたのです。
生活の疲れや仕事のストレスも好きな映画俳優や音楽家を見たり聞いたりして
ひと時忘れることも大切なことだったのです。
それがいまや街を歩いても、買い物をしていても、
仲間と居酒屋で騒いでいても身内の誰かがSNS上に投稿してしまうので
秘密を隠し通すことは出来なくなった。
全てのスターは友達感覚が要求されてしまう。
「人を食った」あらゆるものが裸のままで暴露されてしまいます。
タレントのスキャンダラスな話題もメディアが取り上げる前に
SNS上に情報が流れてしまいます。止めることは出来ない。
お笑いのあの人が、アイドルのあの人が、弁護士のあの人が、
政治家のあの人が性加害者と出てくるたびに日本のモラルが低くなったことを
嘆かわしく思います。本当に「人を食った」話です。
人気商売はサラリーマンが10年かけて得る収入を年齢に関係なく
わずか1年ほどで稼ぎ出します。
「私達も普通の人間です」からと言い訳する有名人を見るたび腹が立ちます。
高収入を稼ぎ出す有名人は普通じゃないから、
期待される通りの演技や芸を見せろと言いたくなります。
その反面、日本の伝統芸能を守る人たちは子供のころから厳しい
修行にたえて舞台へ上がります。修行中は無収入が当たり前の世界でした。
家柄や世襲制度で名前を残すためには芝居以外にも支援者との
付き合いで苦労したといいます。
芸を極めるための努力と収入が比例しないのです。
昔は俳優になるために俳優座や新国劇などの舞台を経験した人が
時代劇役者として活躍した人が大半でした。
勿論、現代劇も天井桟敷や赤テントで鍛えられた役者が映画や
テレビに出演してお茶の間を賑わしていました。
下積みの時代は無収入でアルバイト掛け持ちの人が当たり前、
役者は貧乏が当たり前、金持ちになればいい演技が出来ないとも
言われた時代です。
音楽で言えば音大を出てオペラ歌手やソリストとして演奏家になるのが普通でした。
舞台に上がれない人は近所の子供たちに楽器を教える先生になるしか道はありません。
それが70年代の初めからポピュラーミュージックというジャンルが生まれて
音楽の基礎を学ばなくてもデビューすることが可能になり、音楽好きな若者たちが
独自のエンタテイメントのビジネスの世界を作り上げてしまいました。
その後テレビが普及されてから顔が良いだけで映画やドラマに出る
素人の役者も増えました。プロというアマチュアの人達です。
一本当たれば次々に出演が決まり高額所得者の仲間入りを果たします。
事務所の力があればイベントやコマーシャルにも出ることが可能になり
写真集やCDを発売することも出来ました。
人を食ったり、人を飲むこともしないで大舞台へ上がります。
時代は変わりました。日本国中がタレント化しているように見えます。
歌バトルの番組を見ていると素人の人が堂々としている姿を見るたびに驚きます。
ダンスバトルでもコーラスバトルでも
プロ以上のパフォーマンスを繰り広げています。
憧れは夢の話ではなく簡単に現実の話として取り入れる時代です。
インタビューで「プロとアマチュアの違いは?」という質問を受けました。
アマチュアはいつでもやめることが出来るがプロはやめることが出来ない。
プロとして生き残るためには好き嫌いで判断するのではなく
プロを目指したときの動機「一流になる」を忘れないことです。
その為に厳しい練習とライバル同士の戦いに望むのです。
プロが一番大切にしなくてはいけないことは「継続」です。
どんなにつらい状況でもやり続けることがプロです。
私は一生プロの音楽プロデューサーです。