文化・文明




文化・文明について勉強している友人の医師長岡美希がこう述べている。

時代を変えるためには組織化・勢力化が必要であることを
令和哲学の会で5週間集中した勉強の中で思い知った。
そして今、文化文明を勉強している中でたくさんのことを知る。
先の大戦を事象として捉えたならば、アメリカと日本の戦争という図式であるが、
事象の裏にある時代の流れという俯瞰した見方をした時に文明の流れがみえてくる。
文明とはまるで意志を持った精神体のようだ。

文明には物質文明、精神文明、社会文明という三つがあり、
その三つの均衡が取れている状態になろうと蠢いている。
その蠢きの中で人間は、均衡を取るための働きをしているのだろう。

力の概念の発見があってから産業革命が起こり、
世界は物質文明が優勢になっていった近代。そして起こった世界大戦。
精神文明を保つ日本と物質文明の象徴であるアメリカが衝突するのは、
文明の意志だったように思えてくる。
日本の陸軍軍人であり軍事思想家である石原莞爾が言うように、
日本とアメリカの衝突は最終戦争であったのだろう。

しかし精神文明は物質文明に圧倒され、あれから78年間は息を潜めていた
状態となった。文明は今、座り心地の良くない椅子に座っているが
蠢きが始まった気配を感じる。文明の意志が起こす本当の最終戦争は
まだ終わっていないことを囁いているようだ。

今になって世界が日本に注目しているのは、人々がこの文明の意志を
無意識で感じ取っているからなのだろう。これから精神文明の巻き返しが
起こるということを察知しているのかもしれない。

文明の意志は人間に影響を与える。これだけ肥大化してしまった物質文明に対し、
精神文明は均衡を取るために動き始める。
そして精神文明は軍事や経済という暴力は使わず、教育というソフトパワーで
世界を和していく。

人間の持つ物質性はAIが代行し、本来の精神性を発現させていく。
そのための教育は完成されているだから。長岡美紀より

これに恩学が加わるとこうなる。
芸術とは
自分の心を開いて人間の欲求を伝える必要から生れるような
芸術でなければ、私は信じない。
文字でも音楽でも、すべての芸術は、人間の心臓の血によって
生み出されなければならない。芸術とは人の心の血なのだ。

名刀のように
すべては出会いの一瞬できまるだから、
その時のために心を磨いておくのだ!名刀のように。
名刀は鋼を何度もハンマーでたたいて作られる。
文化は何度も入れ替わり徐々に変化していく。
文明は科学と共に自然を利用して自然を破壊していく。

岡潔(数学者)
以前の私もそうであった。このような根本的問題に疑問を感じ、
またその解答を得てこそ、真の生命現象がわかるというものである。
無論これは、既に岡以前に仏教が気づいていたことであるが、
その点では「仏教をなめたらいけない!」と岡に一喝されそうである。

ともあれ自然科学は、目に見えるものを精密に調べ、
その結果を順々に積み上げていったのであるが、岡の思考方法は
それとは逆に人には気づかず、また目には見えない未知なるものを、
人類に先駆けてどんどんと掘り下げていったのである。

だから自然科学という学問は、仏教の唯識論でいう第9識、
つまり宇宙に知的法則の中心があるという宗教を仮定しなければ、
本当は成立し得ないのである。だが、自然科学者は少数の例外を除いて、
それに目をふさいでいるのである。

老子の自然学では、無生物であるはずの物質のことを「生」と表現しています。
我々日本人が古来、大自然に対して手を合わせてきた見方と全く同じです。
それがよく現れているのが、日本では万葉の歌であり、芭蕉の俳句なのです。
日本人の人間観や自然観は、21世紀以後の世界をリードする人類にとって
大変貴重なものなのです。

先日岐阜県下呂市金山にある「金山巨石群」にいった。
その時に同行したアーティストが「石は生きていますか」と質問があった。
私は生きていますと即答した。
石の外側を眺めるのではなく石の内側を感じることが大切です。
老子の自然学では、無生物であるはずの物質のことを「生」と表現しています。
だから畏敬の念を持って人々は石にお参りして石に抱きつくのです。

これは東洋人にしか分からない真理で特に日本人は縄文時代から
万物には神が宿っていることを知っていたのです。
文化は自然を壊さずにしてきたが、文明は自然を壊して発展を遂げたのです。

長岡医師が言うように
文明の意志は人間に影響を与える。これだけ肥大化してしまった物質文明に対し、
精神文明は均衡を取るために動き始める。
そして精神文明は軍事や経済という暴力は使わず、教育というソフトパワーで
世界を和していく。

私も同感です。
ここに尽きるかと思います。