分別知




「隻手の音」
片手の音を聞く?禅とは何か?
凡人には何のことかがわからない。
片手からは音の鳴りようがないからである。
禅の世界はありえのないことを追求して真理を見つけるのである。
自分も含めた常識で問題解決を図るから解決の答えは見つからないのである。

さて瞑想知について、少しく補説しておこう。
はっきり申し上げれば禅は、前頭前野での自己認知をはじめ、
大脳皮質のはたらき全般をあまり信用していない。

外界の認識さえ自己というフィルターで歪めるし、それは世界と
直に向き合うのを妨げてさえいる。
むしろ辺縁系や脳幹部などが管理する命そのものこそ大切で、
それを妨げる脳機能には時に休んでもらうほうが天真も養える
というものだ。換言すれば坐禅とは、ああでもないこうでもないと
常に過熱する「分別知」を鎮静化させ、薄靄のなかに稲妻が走るように、
直観がはたらきやすい状態になる稽古、とも言えるだろう。

分別知とはわかることを分けることなのです。
子どもは母親を、ただ「この人」と理屈抜きで諒解している。
パーマをかけた、色白で、小太りの、などの形容詞は一切要らない。
命が命を直接把捉するためには、是非とも片手の音を聞く、いや、
憶いだす必要がある。円覚寺館長横田南嶺

あらためて考えてみますと、人命は平等に尊いものですが、
人生とは決して平等ではありません。
たとえ兄弟姉妹であったとしても、一人一人顔も違えば性格も異なります。
それぞれの命が平等だからといって、同じ様な人生になる筈はありません。
むしろ十人いれば十通りの人生がある筈です。 

ところが日本人は横並び意識が強く、
「他人が持っているものを持っていない自分は不幸である」と考えがちです。
また格差が拡大している昨今では、無関係な人に不満をぶつける
無差別殺傷事件も後を絶ちません。

法務総合研究所が平成二十五年に発表した
「無差別殺傷事犯に関する研究」によれば
「事例数としては、自己の境遇に対する不満によるものが最も多く、
次いで特定の者に対する不満であった」 とあります。

一部では「親ガチャ」という言葉が流行し、
人生の価値が出自で決まるというような風潮さえあります。

しかし人生というのは誰かから与えられるものではありません。
自分自身で切り拓いていくものです。有意義な人生をおくるのも、
そうでないのも、それを決定するのは自分自身の行動です。
それはけして生まれ落ちた境遇で全て決まるものではありません。

大谷翔平選手が、高校三年生の時に書いた
人生のマンダラ・マップ表を見ると、真ん中に大きく
「人生が夢をつくるんじゃ無い!夢が人生をつくるんだ!!」
と書かれています。
「恵まれている人生だから夢を持つことができる訳ではない。
夢に向かって努力することが素晴らしい人生を作るのだ」という意味でしょう。
弱冠十八歳にして流石だと言わざるを得ません。
そうした心構えで生きてきたからこそ現在の大活躍もあるのでしょう。 

勿論、育った環境など、私たちは周囲の影響を受けずに生きて
行くことはできません。恵まれた家庭に生まれた人もいれば、
そうでない人もいます。
健康な身体で生まれた人もいれば、生まれつき病気がちな人もいます。
それらは授かりものですので選り好みはできません。
有り難く頂くしかありません。 

しかしどんな境遇にあったとしても、どう生きるかは自分次第です。
だからこそ大切なのは人生に正しい目標を持つことです。
そして目標を達成する為の具体的行動を継続することです。
今、幸いに私たちは、大谷翔平選手の姿から、そのことを自分の目で
学ぶことができるのですから。

私も音楽業界に入りたての頃に友人からプレゼントされた
ナポレオンヒルズの書いた「思考は現実化する」を読み
壁いっぱいに目標を書いて努力に励みました。
他人と同じことをしていても頂点には立てない、
誰もやらないことを一番にトライすることが実績として残る。
その結果多くのアーティストの成功に役立つことが出来たのです。

人は見たもので全てを判断しがちです。
しかし、それは分かったことに決して繋がりません。
私がすこしマーケティングの勉強をしたからといって
全部を把握したことにはなりません。
結果が成功したので正しいと思っているだけかもしれません。

「隻手の音」
片手の音を聞く?禅とは何か?
凡人には何のことかがわからない。
片手からは音の鳴りようがないからである。
若い時には宗教関係の本は暇な人たちが読む本だと思っていました。
様々な経験を積み重ねてから「禅」に惹かれるものがあります。
すべての現象には裏が存在するという事を体系的に知ったからです。
これからも奥深い学びを続けなければならないと思う次第です。

「分別知」を理解したうえで自分の「直観」に頼ることも大切です。
止まる学問ではなく動く学問です。「感即動」です。