叱る時節




私の座右の銘は「愛語よく廻天の力あり」です。道元禅師の言葉です

面(むかい)いて愛語を聞くは面(おもて)を喜ばしめ、心を楽しくす。面わずして
愛語を聞くは、肝に銘じ、魂に銘ず。愛語よく回天の力あることを学すべきなり。」
道元禅師

面と向かって優しい言葉をかけられれば、自然と顔に喜びがあふれ、心が楽しくなる。
また、人づてに優しい言葉を聞いたら、その言葉が心に刻まれ、魂がふるえる。
それは、愛語が人を愛する心から生まれ、人を愛する心が、他人をたいせつに思う
心の中から、芽生えてくるものだからです。
本当に、優しい言葉というのは、世界を変える力があるのだということを、
私たちはよくよく学ばなければいけません。

勇気を与える言葉は直接相手に伝えた方が、心に響きます。
褒める言葉は直接よりも第三者を通じて伝えた方が、心に残ります。
戒めの言葉は誰も居ない所で教える方が、心に刻まれます。
伝え方を間違えれば相手に恥をかかせることにもなります。
そして心に傷をつけてしまう事もあります。

たった一言の心無い言葉で自殺する子がいます。
気付いてやれば良かったと、泣きながら話す友人や両親がテレビに登場します。
ストーカー被害の人が追い詰められて殺されてしまう事件があります。
その時に対応した教師や相談員や警察官は被害者の言葉や表情から、
ことの重大さに気付かなかったのでしょうか。
心配は何も無ければ安心につながります。
もっと言葉に敏感になってみてはどうでしょうか。
「恩学」より

社長が社員を「褒める」「叱る」タイミング。
「褒める」「叱る」は「誰に叱られるか、誰に褒められるか」という点が大切です。
尊敬する経営者に叱られれば、社員はその原因や失敗をしないよう肝に銘じます。
褒められるときも一緒、尊敬する経営者に褒められれば、社員は褒められたことを
魂に銘じます。社員は、尊敬する経営者には認められたいと思っていますから、
社員を認めた上での「褒め」や「叱り」は、どちらであっても社員に響くのです。

今から2600年前のインドで、自ら悟りを開き、また多くの弟子たちを悟りに
導いた人物がいます。それは、お釈迦(しゃか)さまです。
お釈迦さまには、その備わった多くの徳を形容するための別名がついています。
10個の別名で、「如来の十号(にょらいのじゅうごう)」と呼ばれています。

【如来の十号】
1.如来(にょらい)…真理に従って完全な状態を得た人
2.応供(おうぐ)…供養を受けるにふさわしい人
3.正遍知(しょうへんち)…正しく悟った人
4.明行足(みょうぎょうそく)…知恵と行為を備えた人
5.善逝(ぜんぜい)…完全なる安心を得た人
6.世間解(せけんげ)…世の中のことをよく理解している人
7.無上士(むじょうし)…最高の人
8.調御丈夫(じょうごじょうぶ)…人を指導することに巧みな人
9.天人師(てんにんし)…神様と人間の師
10.仏世尊(ぶつせそん)…目覚めた福徳ある人
 
これら10個の人徳が、お釈迦さまを尊敬される人たらしめているわけですが、
注目していただきたいのは8番目の「調御丈夫」という呼称。
この調御丈夫とは、「人を指導することに巧みな人」という意味です。
そう、お釈迦さまは、教育の達人でもあったのです。

あるとき、お釈迦さまが祇園精舎で大勢の人を前に説法をしておられると、
弟子のアヌルッダがウトウトと居眠りを始めました。
それを見たお釈迦さまは、「みなさんここに来るまでの道中で疲れている人も
いるでしょう。けれども、仏の説法を聞くということは並大抵のことではないし、
祇園精舎に参詣することも、非常に難しい。
たとえ法話中、居眠りをしていても大変な仏縁になる」とおっしゃいました。
 
ところが説法の後、お釈迦さまはアヌルッダを呼び出して「あなたは何が目的で、
仏道修行をしているのか」と尋ねます。
アヌルッダは「四苦八苦を思い知り、苦しみを解決するためです」と答えます。
お釈迦さまはさらに問います。「あなたは良家の出身でありながら、
道を求めようとするしっかりとした意思がある。
それなのにどうして居眠りなどしたのか」と。
 
アヌルッダはお釈迦さまの前に平身低頭し「申し訳ありませんでした。
今後、二度と居眠りはいたしません」と深く懺悔(ざんげ)したのでした。
その日を境にアヌルッダは、猛烈な修行に打ち込み、眠ることをしませんでした。
そしてそれがたたって、ついに視力を失ってしまうのです。
 
そのことを知ったお釈迦さまは、「琴の糸のように張るべきときは張り、
緩むべきときは緩めなければならない。精進も行き過ぎれば後悔となり、
怠ければ煩悩が起きる。中道を歩むがよい」と諭されたのでした。
 
お釈迦さまの勧めによって医師にかかり、休眠を指導されたアヌルッダですが、
自らの誓いを破ることなく完全に失明してしまいます。
しかし、同時に心眼を開いて悟りに至ったのでした。

お釈迦さまは、解脱を妨げる心の作用として、五蓋(ごがい)を挙げておられます。

【五蓋(ごがい)】
1.貪(むさぼ)り
2.怒り
3.眠気や怠け
4.心のうわつき、高揚(たかぶり)
5.悔恨・疑惑
お釈迦さまは、五蓋の1つ、眠気を叱られたのです。

たった一度のお師匠さまの叱咤(しった)を肝に銘じ、徹底して教えを守り通すことで
本来の目的(悟り)を得たアヌルッダもすごい人です。
それだけでなく、このエピソードには、お釈迦さまの巧みな叱り方のポイントが
3つ秘められています。

1.弟子の失態を大衆面前では叱らず、個別に呼び出して諭したこと。
2.感情的に叱らずに、冷静に修行の目的を問い、本人の口から語らせたこと。
(再認識させたこと)
3.もともと素直で真面目なアヌルッダの性格に配慮し、叱った後も優しく
フォローしていること。
 
お釈迦さまは「話を聞いていなかった」とか、「私に恥をかかせた」とか、
アヌルッダを「責める」ために叱ったのではありません。
「なぜ修行しているのか」という、アヌルッダ自身の本来の目的に
「気づかせる」ために叱ったのでした。

この話には、後日談があります。視力を失ったアヌルッダが、
ほつれた衣を縫うため針に糸を通そうとして苦心しているのを見て、
お釈迦さまが直々にアヌルッダの針に糸を通されたというのです。
どこまでも弟子たちの成長を願うお釈迦さまの、慈悲深く、熱く、冷静な姿勢が
垣間見られる話です。
大愚和尚の仏教を学ぶより(一部抜粋)

私は見て聞いて学んだことを「恩学」を通じて皆様にご紹介する役目です。
仏門とは多少縁がありましたが修行はしたことがありません。
それに何度もお伝えしていますように、私は学者でも研究者でも無いので、
聞きかじり、読みかじりがほとんどです。

音楽プロデューサーとして生きてきた中で、常に人の心を見つめながら、
感情の発露を気に留めてきました。
私のブログ「恩学」が少しでも皆様のお役に立つようであれば嬉しいです。

皆様も良い言葉を少しでも発言するようにしましょう。