口は災いの元




私の失敗の原因があるとすれば思ったことをすぐに口に出したことである。
誰に対しても怖いもの知らずでは無く軽率だっただけである。
同僚に対しても上司に対してもマスコミに対しても思いついたことをすぐに口に出して
しまう。若いが故に自分の思ったことを口に出すのは当たり前だと勘違いをしていた。
本音は良き人間になろうとしてその反動で歯に衣着せぬ言葉を口に出していたのです。
それは、たとえ若い時には許されても大の大人には許されないことである。

もし人生の「徳の貯金残高」があるとすれば自らその徳を減らしていることになる。
言葉の剣が誤解を招き罪なき人を傷つけていたことになる。
自分の思いは人生の善行に比例して勝手に良き言葉になると勘違いをしていた。
人生経験の無きものは言葉に重きが無く、人生経験を積み徳を重ねることにより
言葉に出さずとしても「態度」で表現できるようになると思っていた。

中国五代十国の時代、いくつかの王朝に宰相として仕えた馮道(ふうどう)
(882年~954年)が作ったとされる舌詩(ぜつし)という詩があります。

「舌詩」馮道
口是禍之門(くちはこれわざわいのもん)
舌是斬身刀(したはこれみをきるかたな)
閉口深蔵舌(くちをとざしてふかくしたをぞうすれば)
安身處處牢(みをやすんじてしょしょにろうなり)

意訳:口は禍を招く門であり、舌は自分の身を斬る刀になる。口を閉ざして、
舌を奥深く収めておけば、どこにいようとも固く身の安全を保つことができる。

この詩のとおり、馮道という人はそれなりに世渡り上手でした。
コロコロと主君を変える変節漢と非難されてもいますが、
実際はよい政治を行い、民衆に敬愛されていたと言われています。

しかし、どうでしょう。浮世を生きる者にとって、口が禍を招くのが、
いかに多いことか! 思えば「口は禍の元」「病は口より入り禍は口より出ず」
「雉も鳴かずば撃たれまい」等々、わざわざ馮道を持ち出すまでもなく、
同様の戒めは世の中に満ちています。『不用意な発言は自分の身にわざわいが
降りかかってくるから慎みなさいヨ』 とは、誰しもが分かっていることです。

「人の短(たん)をいふ事なかれ 己が長(ちょう)をとく事なかれ
 物言へば唇寒し秋の風」(芭蕉)

何故分かり切った詐欺行為に多くの人々は引っかかるのでしょうか。
最初からあれこれ甘言を言う人は必ず金銭の要求をしてきます。
たとえ身なりや車が高級品であっても騙すための小道具にすぎません。
自分の「分」を知っていれば簡単に良い話が舞い込んできたときに、必ず私に
「こんなうまい話はくるはずは無い」と疑ってかかって距離を置くのがいちばんです。

都会は嘘と欺瞞と虚飾に彩られています。何を信じて良いのか分からなくなります。
そして人間不信に陥り世間から離れて山奥へ逃げ出したくなります。

こんな時こそ「百年の愁いを忘却す」の心境を味わい培いたいものである。

この語は「寒山詩」の「一餐霞子あり」の五言八句の後半の
四句の一節を禅の境涯にあてたものである。

幽澗(ゆうかん) 
常に瀝々(れきれき)
高松風は(こうしゅうかぜ)は
颼颼たり(しゅうしゅう)
其の中に半日坐すれば
百年の愁いを忘却す

一餐霞子とは霞を食って生きている一人の仙人という意味で、
俗生活を離れた山深く水音たえぬ谷川のほとり、飄々と風渡る
老松の下はもう脱塵の別世界である。ここに半日ほどものんびり
座っていると、百年のつのる人生の愁いのどはもうすっかり
忘れてしまうものだという趣旨の詩である。

この詩の寒山というのは寒山という山に住みついて、その寒山を名のった詩人の
名であるが、其の元の山の寒山というところは、他の詩にも見られるように
本当に寒くて、寂しく、人も簡単には訪ねて来られないような人跡未踏の場所の
ようである。しかしその寒山という人物は、そのような自然を心から愛し、
ついにはその自然と感応(一体化)した人物であったようで、この不便な所こそ、
「貴ぶべし」として其の境を好んだようだ。

彼は街に住む我々が、余りにも便利さを
求める余り、自然の素晴らしさや、自然の価値を理解していない
ことを愁へてさえいるようだ。

だが、禅語としてのこの語の味わいは単に幽山渓谷の仙境で優雅な生活を享受し、
何の愁いもない生き方を賛美するだけのものではない。
誰もが仙人の住む環境にあって悠々自適を楽しむことは物質的にも現実的にも
困難である。しかし、禅者はここに心の持ち方、生き方においてこの
「百年の愁いの忘却」を奨め、たとえ、いかなる環境、十字街頭の雑踏、
喧騒の中にいても境地にあっては仙境にいる如く松風を聞き、
百年の愁いを忘却の思いの境地たるところにこの語の本旨がある。

京都・大徳寺の開山大灯国師は修行を終え、悟後の修行としての聖体長養において
京都・五条の橋の下で乞食の人に紛れておられたという。そのときの
「坐禅せば四条五条の橋の上往き来の人を深山木に見て」と歌われたと伝え
られているが、国師にとっては既に百年の愁いの忘却どころか、乞食の群れに
ありながらもその愁いさえ初めから存在しなかったかも知れない。

禅の心境を我々凡人がすべて理解することは出来ませんが、禅の言葉を知ることにより、
心の静寂を知り、知孝の整理が付き、慌てることが無くなります。

言葉が先か文字が先か分かりませんが、これら二つは人間が開発した最高の発見だと
思います。人の話を聞くときにも、自分の口から発せられる言葉も、感情の思いのままに
発信すると「口は災いの元」となります。

「物言えば唇寂し秋の風」有名な芭蕉の句です。
人の短所を言ったあとは、後味が悪く、寂しい気持ちがする。
転じて、何事につけても余計なことを言うと、災いを招くということです。