好奇心と猜疑心




好奇心とは、新しい情報や知識を求める強い欲求や興味のことを指します。
好奇心のある人は、世界や周囲のことに対して積極的に問いを投げかけ、
探究し、理解しようとする傾向があります。
この欲求は、新しい発見や学習を通じて満足感や喜びを得ることがあります。
好奇心は創造性を刺激し、成長や発展の機会を提供する
重要な要素とされています。

猜疑心とは、他人や状況に対して疑念や不信感を抱く心の状態を指します。
猜疑心のある人は、他人の意図や行動に対して常に疑念を抱いたり、
信頼しにくいと感じたりする傾向があります。
これは時に過度の不信感や疑心暗鬼によって人間関係のコミュニケーションが
影響を受けることがあります。
適度な猜疑心は自己保護や慎重さの側面を持つことがありますが、
過剰な猜疑心は人間関係や健康に悪影響を及ぼすことがあります。

好奇心と猜疑心は一般的な感情や心理的な側面です。
好奇心は新しいことを学びたいという健康的な欲求を表しており、
知識を深めたり新しい経験を積むのに役立ちます。
一方、猜疑心は状況を慎重に評価し、自己保護や冷静な判断を支援する
役割を果たします。ただし、これらの感情が過度に強い場合や、
日常生活に支障をきたす場合は、専門家と話をすることを検討することが
大切です。バランスの取れた感情の経験が良好な心理的健康の一環と言えます。

皆様お分かりになりましたでしょうか?
ここまでの文章はCHATGPTが作成したものです。

CHATGPTで「好奇心」と「猜疑心」を検索して、その後に「好奇心と猜疑心」
の組み合わせで検索すると以上のような文章が出てきます。

何度も使っていると自分用にカスタマイズされてどんどん進化するのです。

今までは知りたい事は教師に尋ねたり、辞書で調べたり、専門家に聞いたりしていた
ことが、その努力も必要が無くなり一瞬にして文章が手に入ってしまうのです。

難しい宗教の本や哲学の本、芸術や科学に関する専門書なども
徹夜して覚える必要がなくなるのです。

そしてその内容を精査することも無く、実体験することも無く、反芻することも無く、
そのまま自分の知識として使うと大きな危険を招く恐れがあります。

それは真実を知らないのに真実のように使うと人間性が失われるということです。
卒業論文や研究論文、企画書や提案書までもCHATGPTで作成すると、
種明かしをしたマジシャンのようになるということです。

人間としての本質や特質が表現されずに、言葉だけが先行する恐れがあります。
多少、理論的には理解されても説得力や人間性まで伝わるわけではありません。

ゴルフ場へ行きラウンドせずにゴルフゲームで勝敗を決めたらどうなるのでしょうか?
AI相手にチェスや将棋をしても勝っても負けても観客は喜ぶのでしょうか?

科学の進化は丸呑みするだけではなく程よい距離を置くことが重要です。

好奇心も猜疑心もバランスよく取り入れれば正しい判断が出来ます。
未だ本格的に学ぶことを知らない人がCHATGPTで手に入れた文章を使うと、
物知りだと誤解されて質問があった時にどうするのだろうかと心配します。

将来は電子翻訳機と同じようにCHATGPTも瞬時に声となり
プロとしての会話を始めるようになると思います。

自分の人格を飛び越えて無機質な意思伝達のみになるのではないかと危惧します。

未来の人類の仕事はマニュアルを覚えて機材を使いこなすだけになります。
品質管理も生産性も在庫管理も作業員は必要なくなります。
スイッチ操作の速いものは優秀で操作の遅いものは無能とされます。
果たしてそれで良いのでしょうか?

人は恩から始まり、恩で終わります。
優しさや気遣いなどの思いやりはどこに行ってしまうのでしょうか?
無能と言われても不器用な人間として「心」を失わないようにしましょう。