人生の舞台
ステージの中央で一人の役者がリア王を演じている。
彼は一心不乱に役を演じている。
傲慢なリア王から落ちぶれたリア王まで迫真の演技で見事に役をこなす。
彼が手を上げれば照明が付き、足踏みすれば音楽が流れ、振りかえれば場面展開が始まる。
まるで本物のリア王のように振る舞う姿に客席では万雷の拍手が鳴り響いている。
憎まれ、騙され、罵られ、蔑まれて絶望の淵をさまよう演技は感動の渦を巻き起こす。
彼は公演回数と共に徹底的にリア王に成りきって行った。
そこから人生の過酷な試練に引き寄せられて不幸が始まる。
彼はステージ以外の場所でもリア王を演じてしまったのである。
傲慢な言動、横柄な態度、命令口調、凶暴性と最悪な人間性を剥き出しにしたのである。
そして人間不信となり金と力だけしか信じない非情な人間となってしまった。
その為に、仲間の役者が一人二人と辞めて行き、スタッフも十人二十人と出て行ってしまった。
もう、彼の周りには誰も彼をサポートする人間がいなくなったのである。
まるで身内から追放されて嵐の中をさ迷うリア王そのものに成ってしまった。
芝居の筋書きが現実の筋書きに書き換えられてしまったのである。
それから月日が流れ歳を取り収入も無くなり、彼は路頭にさ迷う人生を送っていた。
ある日街の小さな劇場で張り紙を目にした。
そこには年齢問わずスタッフ募集と書かれていた。彼は面接を受け採用されて裏方として働き始めた。
そして彼は働き始めてすぐに気付いた事がある。
今迄は、劇場の中心は舞台の中央だと思っていたのが、そうでは無い事である。
脇役には脇役の中心があり、照明には照明の中心があり、音響には音響の中心がある。
オーケストラはオーケストラの中心があり、裏方には裏方の中心があることを知った。
劇場があるから、舞台があるから、観客がいたから、
全て揃って一編の芝居が成立したことを初めて思い知らされたのである。
あの頃は自分が舞台の中央で最高の演技をしたから大成功したのだと勘違いしていた。
血の滲むような努力の結果主役が取れたことに有頂天に成っていたのである。
公演が成功するごとにライバルも頭を下げるようになり傲慢になってしまった。
「傲慢で無ければ一流の役者になれぬ、しかし傲慢になると人を駄目にする。」
舞台の中央の位置を守る為に、いつしか周りが見えなくなっていた。
彼は照明の落ちた劇場の、残された薄明かりの中で舞台の中央に歩み出た。
涙を流しながら膝まずいて「我はリア王なり」と叫んでみた。
見えない役者やスタッフや観客に向かって何度も頭を下げた。ごめんなさい・ありがとう。
聞こえない拍手と歓声に手を振りながら、大切なことに気付くのが遅かったことを心から詫びながら舞台を降りた。
そして次の日から二度と劇場に彼が顔を出す事は無かった。
人は努力している時には感謝の気持ちがあっても、何故か成功すると傲慢になり感謝の気持ちが失われます。
頭を下げる方から頭を下げられる方に成ると人間性が変わってしまうのです。
そこに人生最大の落とし穴があるのです。
試練は神様から成功する為に与えられるテストです。
しかし成功した後の人格テストもあることを忘れないで欲しいのです。
この二つのテストに合格してはじめて完成された人間となるのです。
自分を中心に考えている人は、一度舞台を降りて客席から自分の位置を確かめるべきです。
自分の舞台が自分だけで成り立っていないことに気付く筈です。
「人生は一冊の書物に似ている。馬鹿者たちはそれをペラペラめくっていくが、
賢い人間は念入りにそれを読む。
なぜなら、彼はただ一度しかそれを読むことができないことを知っているから。」
ジャン・ポール