老醜のライオン

 

潅木の木陰で昔を思い出しながらサバンナを眺めているライオンがいる。

若い頃は誰よりも力が強く、サバンナの雄ライオンには一目置かれた伝説のライオンである。
立て髪を揺らしながらサバンナを歩く姿は、他を寄せ付けない威厳をそなえていた。

正にライオン中に尊敬される百獣の王ライオンだった。

それが今では年老いて、数多くいた家族とも離れ、一匹で暮らしている。

時折、目の前で若い雌ライオンの群れが狩りをしている。
年老いたライオンは狩りを眺めながら何も言わない。

若い雌ライオン達は、いつも木陰に居るライオンが、伝説の百獣の王ライオンだった事は知らない。

いつものように獲物を捕獲した後に「爺さんお前も食べろ」と、残り物を放り出されて馬鹿にされた。
少し前なら年老いた誇り高きライオンは、絶対におこぼれ等には口にしなかった。

しかし、近頃では猟も出来ずに腹をすかしているので、みじめな思いをしておこぼれにあずかった。

プライド(領域)にいる若い雄ライオンは、必ず年老いたライオンが獲物を食べ終わった後に説教をするのであった。
ライオンというのはと云う「ライオン論」から、雌を従わせ幼獣を育てる紀律から、
狩りと云うのはどの時間にどの場所にいて、獲物をどのように捉えるかを、長々と話すのであった。

それはその昔、百獣の王ライオンが作った王の教えばかりである。

年老いた百獣の王ライオンは、狩りが出来ないのである。
それは優秀な狩人である、雌ライオンを従わすことが出来なくなったからである。

それなのに、その若い雄ライオンは百獣の王ライオンに向かって、
お前はいつも大物ばかり狙っているけれど、それじゃ駄目なのだ。
小さな弱い動物ならすぐに捕まえられるのに何故それを獲らないのか。

生きる為には目の前の昆虫でも食べるべきだろう。

百獣の王ライオンにとっては、小さな動物や、弱い昆虫は、守るべき対象であって、食べる対象ではなかった。
いくらサバンナが、日照り続きで獲物が少なくなっても、それは王としての誇りがゆるされなかったのである。

潅木の木陰で休んでいる時に若い雄ライオンが来て、その場所を俺に譲れと噛みついてくる。

そして獲物をくわえている若い雌ライオンに、「少し譲ってくれ」と頼んだら、非常識なライオンだと笑われた。

百獣の王ライオンはその時初めて死を覚悟した。
誇りを失ってまでも生きている意味はない。

もう俺の時代は終わった。

老醜のライオンは群れを離れて、遠くのサバンナへ死に場所を探しに出かけたのである。