言葉の歴史

 

「公の言葉の歴史」

韓国の金容雲という方が書かれた「日本語の正体」という本があります。
ここに書かれている内容を日本語の研究家はどう思われるか興味のあるところです。

縄文時代には、今の日本語とは別の日本語があったようですが、
弥生時代に朝鮮半島から百済人が来て百済語になってしまったそうです。

つまり、弥生人は、縄文人と百済人の混血で文化的に優れていた百済人が使用していた百済語が
今の日本語に変化していったようです。

一方、朝鮮半島では、百済人が白村江(はくすきのえ)の戦いで、
新羅(しらぎ)と唐(中国)の連合軍によって滅亡してしまい。

よって朝鮮半島では、新羅語と古い中国語が、今の韓国語に変化していった。
そして、百済語と新羅語は、実は、ほぼ同じものとのことでした。

日本語は、百済語の読みを漢字に当てはめ、つまり万葉仮名のようにして漢字の訓読みを取り入れていきました。

つまり、日本語は、漢字を受け入れるときに、漢字の意味の百済語の言葉をその漢字の読みに当てはめたのです。

ということで、現在の日本語と韓国語の元は、ほぼ同じものなのです。
みなさまお分かりになったでしょうか。韓国語のドラマを見ていると、
ときたま日本語が聞こえるのに驚かれたことがあるかと思います。

同じ漢字の意味で同じ発音なのは韓国語と同じルーツだということですね。

「私的な言葉の歴史」

自分の吐いた言葉には歴史がある。
人には言えない深く長い歴史がある。

自分の意思を第三者に伝えるときに平易な言葉を使うと通じた気がする。
しかし、本来伝えたい言葉の意味は言葉にならない言葉の裏側(歴史)の部分である。

自分の言葉の情報は自分なりの感情が入り過ぎ、伝えたい真意からずれる恐れがある。

ずれたままからは誤解が生じて不信感や疑惑が芽生える。
そのうえにやっかいなのは自分の知識に経験が加わったときである。

曖昧であった知識が、少しの成功で強い語調に変わるのである。
自己過信から生まれた言葉は思うほど説得力を持たない。

またその逆もある。

確信を持った知識でも不安と羞恥の気持ちがあれば弱い語調になってしまうのである。
折角の知識も弱い語調の為に曖昧な情報として受け止められる。

同じ言葉でも不安から発するときと、自信から発するときには、大幅に第三者には違って聞こえる。
大切な言葉を発する時には、言葉に抑揚をつけて、歴史を感じさせる話し方をしなければならない。

言葉が少ない時代は一つ一つの言葉に重みがあった。
現在のように通信機器が発達していない時代である。

瞬間すれ違った知人に、「ご機嫌いかがですか」「それでは」、
たったこれだけの会話でも意思は十分通じあえたのである。

情報化社会になり雑多な文字が氾濫するようになって、気持ちのこもった言葉を発する機会が失われた。
ありきたりの情景でありきたりの会話ありきたりのあいさつであれば、
そこに特別な言葉が生まれる必要は無いからである。

家族でも友人でも同僚でも、それぞれの言葉の歴史を意識して話をするようにしなければならない。
ひとつの言葉の重みは一人の言葉の歴史でも有る。

「私は、僕は」を強調して責任を持った発言をしない限り言の葉は枯れていくのである。

「人の言葉を洞察し顔色を見抜く」(孔子)とは交際の要訣である。

貴方の言葉は大切な人から見られているのです。

「演出的な言葉の歴史」

悪質な言葉の一言で闇夜に放り込まれた気分になる。
その激しい恐怖までは言葉に表せない。

心の解放を願っても一番捨て去りたい言葉がいつまでも身体から離れない。
心の奥に刺さったまま何かをした瞬間にチクリと痛み出す。
決して他人には分からない痛みである。

良質な言葉の一言で勝手に楽しい気分になる。
人生が変わった錯覚までしてくる。
昨日までの苦しみが嘘のように晴れ渡る。
耳元に残る甘美なささやきの虜になる。

しかし、良質な言葉は羽根が生えたようにすぐに飛んでいき消えてなくなる。

「リアもグロスターも、男はいつでも他者の言葉で自分を確認しようとしているんだけれども、見誤っている。
そこが可愛そうなんです。娘や息子の言葉のなかから自分を褒めて欲しいという小さなうぬぼれから始まった
転落なのです。」

荒野をさ迷い狂人となったリア、両目をくりぬかれて息子エドガーに手を引かれていても気付かないグロスター。

演出家蜷川幸雄はこのように「リア王」について語り「目の物語」として表現するという。

一流の演出家による言葉の表現を学ぶのも大切な事ではないでしょうか。