愛の資格




貴方は自分を愛することができますか?
自分を愛さなければ他人を愛する資格はありません。
親から間違った一方的な愛を学んだ子は依存心が強くなり、
他人頼りになる恐れがあります。
結論から言うと騙されやすい人間になると言うことです。

自分を愛せない人はモノに頼り買い物好きになる傾向もあります。
好きな商品に囲まれた生活を幸福と勘違いするからです。
そして美しさにあこがれて美容やファッションで変えようとします。
それでも満足しない場合は整形に走ってしまいます。

私からのアドバイスは先ずアイデエンテティーを明確にすることです。
私は何者で、何に興味があって、どんな資格を持っているかが
提示できるようにしなければなりません。
性別はアイデエンテティーに含まれません。
人間としてのスタンスが無ければ「あなたは誰」と言われてしまいます。

明確な使命感とそれを叶えるための準備と社会的価値です。
企業で言うところのミッション、ビジョン、バリューです。
夢を語るのではなく人生の計画を語ることが重要です。
チャンスは突然起こります。チャンスの神様は毛が三本しかありません。
その時に準備がないと他人にそのチャンスが行ってしまいます。

毅然とした態度で愛を語らなければ、愛を語る資格はありません。
死ぬ覚悟を持って愛に望まなければなりません。
私が90年代にのめり込んだ映画があります。「ゴッドファーザー」です。
主演はマーロンブランド、準主演はアルパシーノです。
マフィヤの世界の話ですが強い家族愛を描いた作品です。

コルレオーネ(マーロン・ブランド)の屋敷では、彼の娘コニーの結婚式が
行なわれていた。一族の者を始め、友人やファミリーの部下たち数百名が集まった。
ボスのドン・ビトー・コルレオーネは、書斎で友人たちの訴えを聞いている。
彼は、相手が貧しく微力でも、助けを求めてくれば親身になってどんな困難な
問題でも解決してやった。彼への報酬といえば、友情の証と“ドン”あるいは
“ゴッドファーザー”という愛情のこもった尊称だけだった。

そして彼の呼び出しにいつなりとも応じればよいのだ。
これが彼らの世界であり、その掟だった。ドンのお気に入りの名付け子で、
歌手として成功したが今は落ち目になっているジョニー・フォンテーンも
カムバックできるに違いないのだが、ハリウッドで絶大な権力を持つ
プロデューサー、ウォルツからその主役をもらえずにいた。

フォンテーンの窮地を知ったドンは静かにうなずいた。
ある朝、目を覚ましたウォルツはあまりの光景に嘔吐した。
そして、その後その新作の大役がフォンテーンにあたえられた。

ある日、麻薬を商売にしている危険な男ソロッツォ仕事を持ちかけてきた。
政界や警察に顔のきくドンのコネに期待したのだが、彼は断った。
だがソロッツォは、ドンさえ殺せば取引は成立すると思い、彼を狙った。
早い冬の夕暮れ、ドンは街頭でソロッツォの部下に数発の銃弾を
浴びせられたが一命はとりとめた。

こうして1947年の戦いが始まった。末の息子マイケル(アル・パシーノ)は、
一族の仕事には加わらず正業につくことを望んでいたが、父の狙撃が
伝えられるや、病院に駈けつけ、咄嗟の策で2度目の襲撃からドンの命を
救った。ドンの家では長男のソニーが部下を指揮し、ドンの復讐を誓ったが、
一家の養子で顧問役のトム・ハーゲンは、五大ファミリーとの全面戦争を
避けようと工作していた。やがてソロッツォが一時的な停戦を申し入れてきた。

だがソロッツォを殺さなければドンの命はあやうい。マイケルがその役目を
買ってでた。ソロッツォ殺しは危険だが失敗は許されない。
シシリーでもマイケルが危うく暗殺から逃れた。そんななかでドンの傷もいえ、
和解が成立した。ドンにとっては大きな譲歩だが、マイケルを呼び戻し、
一家を建て直すためだった。

2年後、アメリカに帰ったマイケルは、ドンのあとを継ぎ、ボスの位置についた。
ファミリーは縄張りを荒らされ、ゴッドファーザーの過去の栄光が
かろうじて崩壊をくいとめているという状態だったが、マイケルの才能は
少しずつ伸び始め、勢力を拡大しつつあった。
ある日曜日の朝、孫と遊んでいたドンが急に倒れた。
偉大なるゴッドファーザー、ドン・ビトー・コルレオーネは
穏やかな死を迎えたのだった。

父の死を受け、マイケルは遂に動き出す。その天才的な頭脳で練られた
計画によってライバルのボスたちは次々に殺され、コルレオーネ・ファミリーの
勢力復活が為された。マイケルの横顔は冷たく尊大な力強さにあふれ、
部下たちの礼をうけていた。“ドン・コルネオーレ”と。

世界的大ヒットになったのは男の生き様と家族愛に男性達が痺れたからである。
私もその一員だが人生の横道を外れることは無かった

大好きだった名優マーロンブランドはいくつもの映画に出て沢山の受賞をした。
しかしアメリカの犯罪、ネイティブインディアンを大量に虐殺した映画で
主演を演じたのだが言いようのない怒りを覚えた。

その為にマーロンブランドは自分の主張を伝えるために映画授賞式で受賞を
ボイコットをします。その一部始終がこの内容で語られています。
マーロンブランドは1973年3月に開催された第45回アカデミー賞授賞式において、
主演男優賞を受賞するもボイコットします。
それは、映画におけるネイティブ・アメリカンの描かれ方に対しての抗議であり、
同年2月にアメリカン・インディアン運動(AIM)のメンバーおよそ300人が
サウスダコタ州の(1890年、アメリカ軍の騎兵隊が民族浄化としてネイティブ・
アメリカンを虐殺した事件)町ウーンデッド・ニーで数千人の連邦保安官や他の
連邦捜査官と対峙した「ウーンデッド・ニーの占領」に敬意を表してのこととでした。

マーロンブランドは受賞代理人の彼女(リトルフェザー)にオスカー像に手を
触れないよう伝え、彼女に8ページにわたるスピーチ原稿を授けていました。
ですが、放送プロデューサーはリトルフェザー氏に、「持ち時間は60秒しかない」
と言ったのです。そこで彼女は、「原稿があるけれど時間の都合で読み上げることが
できない」とした上で、スピーチを敢行。

「今回の受賞拒否理由は、現在の映画業界でのアメリカン・インディアンの扱い方、
及び最近のウーンデッド・ニーでの出来事によるもの」であることを語りました。
その後、「ニューヨーク・タイムズ」紙は彼女が読み上げるはずだったブランドが
用意したスピーチ全文を3日間にわたって紙面で公表しています。

アカデミー賞会場でのリトルフェザーの発言は、ブーイングと喝采両方を受けました。
いくつかのメディアは、彼女のネイティブ・アメリカンとしての血筋の正当さを
問いながら、「衣裳も授賞式用に借りたものだろう」とデマまで流しました。
ジョン・ウェイン、クリント・イーストウッド、チャールトン・ヘストンなど、
西部劇に数多く出演した保守派の俳優はブランドとリトルフェザーの行動を
批判したとされています。

そして彼女の死2週間前、彼女の名誉を称えるアカデミー映画博物館のイベント
「アン・イブニング・ウィズ・サチーン・リトルフェザー」が開催され、
リトルフェダーはこう話しています。
「私はここで、謝罪を受け入れます。私ばかりでなく、今夜この謝罪を聞く
必要があり、それに値する全ての部族の人々への言葉として…
この会場にいるすべてのインディアンの方々に立っていただきたいと思います。
仲間を見て、お互いを見て、私たち全員が生存者として立っていることを
誇りに思ってください」

「私がいなくなっても、あなたが真実のためにどこに立ち向かおうとも、
私の声、そして私たちの国と民族の声を守り続けるのだということを、
いつも心に留めていてほしいのです…私はサチーン・リトルフェザーのままであり
続けます。ありがとうございました」
生涯2度目となるアカデミーの舞台に立った彼女は、「自分の身に死が間近に迫っていることを知っていた」と、「ワシントンポスト」同記事は伝えています。

長文になりましたが如何だったでしょうか?
愛の資格は命と引き換えにする覚悟が必要です。