盲目の少年ドラマー




音楽は国籍も人も選びません。たとえ盲目の少年であっても
音楽は見放しません。暗闇の世界だからこそ見える景色と音が存在するはずです。
それは憧れと感謝の気持ちが入り混じった素晴らしいサウンドだと思います。
障害を持ってかわいそうと思う心が間違った感情なのです。

禅の世界では「無分別」や「分別知」と言われるものがあります。
見えるから邪念が生まれ考えるから誤解が生まれると言われるものです。
また分別するから好き嫌いも生まれ、それがまた物事の真実から遠ざける
要因となります。主観で物事を捉えるのではなく客観も取り入れて考えましょう。
心の意のままに音楽を奏でるとしたら共に演奏する人も、それを聞く人たちも
魂が震えるのでは無いでしょうか。

私の好きな民族音楽は昔からの楽器と地元の有志が演奏している場合が多いのです。
洗練された都会の音楽や最新の電子楽器を加える必要の無い素朴な民族音楽です。
音楽を上手に演奏しようとして大事なことを忘れてしまうアーティストが多いのです。
それは形を整えて気持ちを入れることが疎かになっていることです。
伝えたいことは何か?伝えたい思いは何か?それを表現できる楽器とは何かを考えると、
最後は声(うた)に帰着するのです。
素朴な楽器と歌声、地元民の掛け合う言語が最高の楽器です。

南米の最南端の国アルゼンチンへ行った時に、小さな酒場の小さな舞台で
繰り広げられたアルゼンチンタンゴ。
ギターと歌い手とダンサーの3人が神様に祈りを捧げるかのような雰囲気の中で、
心からの叫びを歌と踊りで表現していたのです。
途中、男性のダンサーも加わり舞台の狭さを一切感じさせない、
大胆な踊りを繰り広げた時には、観客の誰もが立ち上がり手拍子と歓声で
参加したのです。

そこに舞台がある。大きさの問題では無いのです。
そこに灯りがある。照明の数では無いのです。
そこに音がある。大音量を出す必要が無いのです。
そこに楽器がある、ドラムが鳴りギターと歌が交われば素敵な演奏になるのです。
民族音楽の素晴らしさは地上の神々のエネルギーも加わることです。
民衆が生きている場所がすべて会場なのです。

酒井響希くん物語
2歳のときに目の小児がんで両目を失明した、大阪府東大阪市在住の12歳の
酒井響希(さかい・ひびき)くん。全盲でありながら、数回聞けばほぼ
再現できるという天才少年ドラマーの10年を追ったドキュメンタリーが、
読売テレビで放送された。

響希くんが1歳10カ月の頃、母の康子さんが、息子の眼球に異変を感じ、
病院で検査をしたところ、両目に網膜芽細胞腫(もうまくがさいぼうしゅ)
という小児がんが発覚。その日のうちに、医師から「両目を摘出するしかない」
と宣告された。2歳の幼い少年にはあまりにも過酷な現実。
本人も家族も毎日、悲しみの淵にあった。

そんな絶望の日々のなかで、救いとなったのは「音」だった。
家中の壁や柱などが傷だらけになるまで、鉄製のマドラーで叩いていた響希くん。
本人が興味を持つものはできるだけサポートしたいとの思いから、
両親は自宅に電子ドラムを購入し、響希くんの興味を応援した。

響希くんの人生を大きく変えたのは、人気ユニット・Def Techとの
出会いだった。2013年12月20日。メンバーのMicroが彼に伝えた
「4年後、Def Techのステージでドラマーとして共演しよう!」という
言葉を胸に刻み、響希くんはドラムに熱中する。
プロドラマーを目指し、自宅にも防音設備を整えたドラムセットを設置。
プロの指導者にも教わるようになった。

そして響希くんは憧れのDef Techとの共演を果たす。
大歓声に包まれた夢のステージで、「音楽を通して同じような境遇の人に
勇気を与えたい」という熱い想いで演奏を披露した響希くんは、
最後にこう叫んだ。「ママ、もう泣かんといてな!」。

観衆のなかにいた母への感謝の想い。「見えない世界」で前向きに生きる少年と、
それを支える母の10年の軌跡。

私はこの番組を見ました。途中から涙が止まらず困りました。
盲目だから可哀想という気持ちでなく、生きる望みを託してドラムを叩きつける
少年の姿に神々しい阿弥陀如来を見た感じがしたからです。
絶望の淵から甦り自分を支えてくれた、母親に感謝の言葉を伝える場面に
涙が溢れました。「ママもう泣かんといてな!」

音楽を好きになるのは一人の人間です、でもその一人の人間が一千人の観客を
感動させることができるのです。たった7つの音の組み合わせで万人の心を
とらえることが出来るのです。

私の好きな言葉です。「一燈照隅・万燈照国」最澄
一つの小さな灯りは隅を照らすことしか出来ない、
しかし、それが万の光を集めると国を照らすことになる。
響希くんの小さな音が万人の心を照らしたのです。

盲目のアーティストといえばこの人を思い浮かべる人が多いのでは無いでしょうか?
世界的なスーパースター、スティーヴィー・ワンダーです。

スティーヴィー・ワンダー / Stevie Wonder
1950年5月13日、アメリカ・ミシガン州サギノー出身のミュージシャン、
音楽プロデューサー。6人兄妹の3番目として生まれたが、早産が原因で
視力に障害が残る。幼少の頃からハーモニカやピアノの演奏に長け、
友人らとともに路上でパフォーマンスを披露していた。

その後スティーヴィー・ワンダーは11歳で、自身で作曲した「Lonely Boy」を
オーディションで歌い、デトロイト発祥のレコードレーベル、モータウンと
契約。以来、同レーベル一筋で活動している。デビュー後しばらくはヒットに
恵まれなかったが、これまでグラミー賞に計22部門で輝いており、過去最多の
受賞経験を持つ男性ソロ・シンガーとされている。

1963年に、シカゴのリーガル・シアターでの演奏を収めたアルバム
「Recorded Live: The 12 YearOld Genius」がビルボードチャート200のトップに
ランクインする大ヒット。
同月にシングルとして発表した、「Fingertips – Part 1 & 2」もビルボードチャート
100で1位を獲得する快挙を成し遂げた。

スティーヴィー・ワンダーが弱冠13歳で打ち立てたこの記録は現在も破られていない。
チャリティー活動にも取り組んでおり、2009年12月には、国連平和大使に任命された。
私生活ではこれまで、5人の女性との間に9人のこどもが誕生している。

酒井響希くんとスティーヴィー・ワンダーに大きな拍手を送ります。
神様は二人に大きな障害を与えたけれど、
同時に音楽という大きな才能も与えてくれたのです。
スティーヴィー・ワンダー74歳、酒井響希18歳、年の差56歳。

神様は乗り越えられない試練は与えないのです。

頑張れ響希くん。