勝利を我らに
音楽で革命第二弾
大学教授の一言から「音楽で革命は起こらない」をテーマに
今回もブログを書き出しました。
1919年生まれのピート・シーガーは、プロレタリア音楽や前衛音楽を啓蒙する
両親の元、音楽一家で育ち、ハーバード大学で2年間社会学を専攻しました。
1938年に中退後、フォーク・ミュージックを探究し、ハディー・”リード・
ベリー”・レドベッターやウディ・ガスリーなどのミュージシャンと出会い、
1940年にガスリー等とアルマナック・シンガーズ( Almanac Singers)を結成しました。
1949年にはザ・ウィーバーズ(The Weavers)を結成し、
世代を代表するフォーク・ミュージック・グループとなりました。
一方音楽活動以外では、1942年に共産党に入党し、
1950年頃までメンバーとして活動していました。
1940年代後半から始まった激しい政治情勢の中で、ウィーバーズは
ブラックリスト入りし、1955年にはシーガーが下院非米活動委員会で
喚問を受けました。
シーガーとアメリカ政府との対立は加熱し、翌年1956年に
“Where Have All The Flowers Gone “を発表、議会侮辱罪で起訴されるに至ります。
1961年に有罪判決を受け、懲役10年を宣告されましたが、控訴審では
法解釈の違いで懲役を免れることができました。
ピート・シーガーは常に社会派ソングライターでした。
彼の代表曲「We Shall Overcome」は、このような社会運動に触発されてできた曲です。
この曲は、1960年代の公民権運動のアンセムとしても有名です。
その後、1960年代の終わり頃からは環境運動への関心を高めていきます。
Turn! Turn! Turn! (To Everything There Is A Season)は、
1965年にザ・バーズのナンバーワン・ヒットとなりました。
勝利を我らに(歌詞和訳)
私たちは乗り越えなければならない
私たちは乗り越えなければならない
私たちは乗り越えなければならない いつの日にか
おお、こころ深く
私は信じる私たちは乗り越えなければならない いつの日にか
私たちは手を取り合わねばならない
私たちは手を取り合わねばならない
私たちは手を取り合わねばならない いつの日にか
(コーラス)
私たちは恐れない
私たちは恐れない
私たちは恐れない 今日の日
(コーラス)
私たちは独りではない
私たちは独りではない
私たちは独りではない 今日の日
(コーラス)
この広い世界を廻る
この広い世界を廻る
この広い世界を廻る いつの日にか
(コーラス)
私たちは乗り越えなければならない
私たちは乗り越えなければならない
私たちは乗り越えなければならない
いつの日にか
おお、こころ深く
私は信じる
私たちは乗り越えなければならない いつの日にか
「We shall overcome」の意味としては、
「われらは乗り越えなければならない」ですが
アメリカのアフリカ系アメリカ人の公民権運動の象徴となった
歌なのだそうです。この運動の指導者であるキング牧師は、
この歌に支えられたとも言われています。
非暴力主義で戦ったキング牧師でしたが、キング牧師も人間ですから
暴力的な力に怖いと思う気持ちはあったと思います。
でも、この歌を歌いながら、恐怖に負けることなく、
差別と闘ったんでしょうね!
権利を勝ち取るという意味で、この歌は「勝利を我らに」という題名になった
のでしょう。この歌は公民権運動の他でも、社会運動や平和運動などで
歌われていてそのたびに歌詞が増えたり一部が返られたりして
育ってきた歌なのだそうです。
「私は長生きし過ぎたおかげで、幸運にも世の現実が変わっていくのを、
見ることができた。おかげでじっくりものを考えて行動していけば、
なんとかなるという作戦を手に入れた」と話され、歳をとればとるほど前向きに
考える姿勢を見せてくれました。そしてかつて大変な汚染があったハドソン川を差して、
「うしろで泳いでいる子供たちをみるたびに、そう思う」と締めくくられました。
(SNS上に紹介されていたピート・シーガーを引用しました)
音楽で革命を起こらないと言った大学教授にこの原稿を捧げたい。
血で血を争うような戦いでなくても、歌によって革命のリーダーが
生まれること、そして燃え滾る情熱を持って唄えば
音楽も革命に参加したことになるのではないでしょうか。
全ての武器を楽器に変えて歌声を上げれば社会の隅々までに伝わります。
私はそう信じたいのです。
皆様はどう思われたでしょうか?