苦労は身になる




「楽」は記憶にだけ残り「苦労」は身に染み付いて残る。
人柄は行動に現れる。行動を起こした分だけ表情に現れる。
苦労した分人生に自信がつくから見た目ですぐ分かる。
韓国の囲碁用語に未生(ミセン)と完生(ワンセン)がある。
未生は未熟な碁士である完生した碁士との違いは学びと謙虚である。
完生の碁士は余裕の構えがあり百戦錬磨の驕りが勝ちを急ぐ。
未生の打ち手は常に攻撃ばかりで完生の打ち手は鉄壁の守りがある。
すべては負けて身になる勝負の世界である。

囲碁の世界では「捨石」という言葉があります。
「捨石」には様々な意味がありますが、「将来、または大きな目的のために、
その場では無用とも見える物事を行うこと」や「大きな目的を達成するために
見捨ててしまう事柄」と「自分の形成を有利に導くために、あえて相手に
取らせるように打つ石」を言います。

勝利を得るためには小さな犠牲も払わなくてはならないのが囲碁なのです。

日本人は子供の時から足すことばかり教えられてきて、
多くのものを手にした者が偉いとされてきた。
成績を足し、運動を足し、図画工作を足し、クラス委員を足してきた。
社会に出れば昨日より今日と売り上げを足さなければ地位が上がらない。
家族を足して、家を足して、車を足して、旅行を足していかなければならない。
呼吸も吸うばかりでは息苦しくなりたまには吐き出さなければ死んでしまう。
我々は窒息寸前で呼吸困難な現代人です。

武術の世界に「肉を切らせて骨を断つ」という言葉があります。
「肉を切らせて骨を断つ」の意味は以下の通りとなります。

(1)自分も痛手となるが、それ以上に相手に打撃を与える。
(2)自分も肉を切られる(覚悟だ)が、相手の骨を切って(折って)
それ以上のダメージを与える事。
(3)現代的な解釈として、こちらも痛手があるがそれ以上のメリットがある事。
(4)「肉を切らせて骨を切る」も同義。

「肉を切らせて骨を断つ」は大きな勝負事を前にして使われる諺で、
半ば玉砕も厭わない覚悟を決めた上で発する言葉です。
発祥が剣道とされ、強敵との試合を備えた心境や決意として使われていたので、
そこから現在も特に格闘技などで使われる傾向がありますが、
他にも大きな勝負事や試合を前にして次の事は考えていなく、
目の前の勝負に集中しているとして使われます。

柔道の世界では「柔よく剛を制す」という言葉があります。
「柔よく剛を制す(じゅうよくごうをせいす)」とは、
柔軟なものでも強いものを制すことができるという意味のことわざです。
柔道用語としても知られており、体の小さい人が相手の力を利用して
大きい人に勝つことを指して使われます。

日本人の精神を表した「日本の美は引き算の妙義」という言葉があります。
ヨーロッパは足し算の文化、日本は引き算の文化だと言われることがあります。
ヨーロッパの建築や街並み、歴史を見ているとそれは1つずつ構築されてきた
足し算の文化なんだということがなんとなくわかります。
また論理に基づいて、哲学や音楽を構築してきたドイツの歴史を鑑みても
足し算の文化を伺うことができます。ところでこの日本の引き算的思考は
どのようなものに反映されているのでしょうか?

村田珠光は「侘び茶」を広めた茶人です。
村田珠光(1422~1502)は大和国(現・奈良県)に生まれました。
珠光は、成長し浄土宗・称名寺に入寺しますが、出家することを嫌い
京で能阿弥(水墨画家・茶人・連歌師・鑑定家・表具師)に師事します。
そこで茶の湯・和漢連句・能・立花・唐物目利きを習い、能阿弥の推薦で
足利義政の茶道師範となったといわれています。
また、臨済宗の僧・一休宗純とも交流があり、彼から禅を学びました。

禅の影響を受けた珠光は「物を極限まで排することで現れる美」を追究しました。
そして、物の不足を「心の豊かさ」で補うことを目指したのです。
茶の湯の「心・精神」を重視した珠光は、茶の湯の道にとって最も大きな
妨げとなるのは「慢心と自分への執着」であるとし、どんなに上達しても
人には素直に教えを請い、初心者にはその修行を助けることを説いています。

さらに、珠光が弟子に宛てた一節に「心の師とはなれ、心を師とせざれ。」
があります。「移ろいやすい心に振り回されず、自分が心をコントロールする
立場になりなさい」という意味です。
珠光は茶の湯を、心をコントロールし自分自身と対峙する「精神修行の場」
とすることを目指したのです。

能阿弥から学んだことは、茶の湯・和漢連句・能・立花など、
当時の一流の文化です。それらを学ぶことにより審美眼を磨き、
後述の禅の思想が融合することで、珠光の目指す茶の湯が作られました。
なかでも和漢連句には、強く影響を受けたと思われます。

和歌と漢詩の受け答えを繰り返す和漢連句に親しむことにより、
「和漢のさかいをまぎらかす」との考えが生まれたことは容易に想像できます。
和と漢どちらも知った上で融合し、さらに新しいものへ発展させるという
考えがここから生まれました。

珠光は、「一休さん」として有名な禅僧・一休宗純からも
大きな影響を受けています。
禅僧・一休宗純は自由を追い求め、反骨精神にあふれた禅僧でした。
珠光は、「無駄を排する禅の教え」や「何ごとにもこだわらず、
本質を追い求める心」を一休から学んだのです。

侘び茶は珠光により完成された訳ではありません。
しかし、珠光は「佗び茶が目指し、進む道を示す」という
重要な役割を果たしたのです。
その後、珠光の考えは富裕層の支持を得て広まり、
弟子達が研鑚を重ねたことで茶の湯文化の完成につながって
いくこととなります。

昔の人は「苦労は買ってでもしろ」とよく言われました。
平々凡々な暮らしからでは望む意識が低くて常に人の後ろを
歩くことになるからです。
現代のように海外の人とも仕事をしなければならない時代、
咄嗟の問題に直面した時に苦労した分、解決の方法が早く見つかります。
知識だけで解決をするのでは無く、生きた知恵で解決が出来る人に
ならなければなりません。

禅の世界では「小欲知足」といいつねに大きな量を求めるのではなく、
少しの量でも満足することを言います。

日本は、1990年代前半にバブルがはじけて以来、成長は滞ったままであり、
経済的には「失われた十年」などと言われ、日本社会全体が閉塞状況にあると
言われてから久しい。さらに、12年前に東北の大地震や津波、
福島の原発事故に直面した後、私たちは自らの生き方や社会のあり様を
根本的に見直すことを余儀なくされている。

その中で見えてきたのは、19世紀初めのヨーロッパの進歩思想を根とする、
「際限のない成長(特に経済におけるもの)や進歩(特に科学・技術における
もの)」を基礎とした現代社会の根本にある価値観に対する疑問である。

「際限のない成長や進歩」という考え方は、私たち人間を無限の可能性へと
突き動かす原動力ではあるが、実際は欲望の本性とも相俟って止まることの
ない卑近な「もっと、もっと」の欲望を生み続け、いつも現状に満足しない
状況を生み出していたのである。

仏教は、欲望に内在するこの「もっと、もっと」という本性に気づき、
先ずそれを止めるために「少欲・知足」ということをもって、
生きる出発点としてきた。「少欲」とはいまだ得られていないものを
欲しないことであり、「知足(足るを知る)」とはすでに得られたものに
満足し心が穏やかであることである。

唐の時代の代表的な仏教僧である玄奘(げんじょう)は「知足」をさらに
踏み込んで「喜足(足るを喜ぶ)」と訳し、「少欲・喜足」とする。
このほうが内容に適った訳語ではあるが、一般には「知足」が
受け入れられている。

私たちは、物や知識や名誉・地位などの中、すでに得ているものに
対してはもっと良いもの、もっと多くのものを欲しがり、
いまだ得ていないものに対してはそれを得ようと欲する。
したがって、欲望とは現状に満足しないことと表裏の関係にあり、
逆に言えば、満足を知り、喜ぶことによってこそ
欲望が減少するのである。
「少欲知足」と言われる所以である。

「少欲知足」は、これまでは何か高徳でストイックな生き方を示す語として
敬遠される傾向にあった。しかし、成長や進歩を考え直さなければならない
今こそ、自分自身や社会が真剣に受け止めるべき語であろう。

2024年は強欲な心を捨て分かち合うことを大切にする1年に
しなければなりません。
念頭からの大地震と航空機炎上の事故は「大丈夫」という自身の気持ちの安心が
さらに被害を大きくしています。
我々は常に過去から学び成長をしていかなければなりません。

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」を今一度肝に銘じるべきである。